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226.過去の断片。彼と彼の邂逅

 魔王。

 魔界の統治者であり、覇王。

 彼は魔人族の頭領であり、魔界諸種族同盟の盟主である。


 獅子を思わせる黄金の髪、そこから二本の赤い角が生えている。

 黄金の虹彩を持つ瞳は力強く、端正ながら威厳を感じさせる顔を彩っている。

 暗黒魔法の使い手であり、同時に魔王軍最強の剣士だとも言う。


 彼は、魔王軍の訓練などの視察を好んだ。

 朝の庶務が終わると、宰相らの目を盗んで訓練場を訪れるのを楽しんでいたと聞く。


 その日、彼が来たのは少年兵の訓練の現場だった。

 兵卒未満の少年たちが、兵士として使い物になるように鍛えられている。


 純血の魔人にとって、雑種の少年兵など道端の草と同じような存在であり、いくら消費しても徴募すればすぐに集まる。

 その程度だ。


 それでも、それを見に来たのは予感めいたものがあったからだ。

 魔界の命運を握るような、しかし根拠もなにもない予感。

 一代で竜族から魔界の覇権を奪った傑物は、その予感を信頼していた。


 黒髪の何の変哲もない少年。


 シフォス・ガルダイアに聞くまでもなく、その少年の名はすぐに知れた。


 ギア。


 ギア・サラマンディア。


 名を知った時、どうして彼がここにいるのかがわからなくなった。

 だって、そうだろう?

 サラマンディアは名家だ。

 魔王が信頼している四天王の一人、豪華業火アシャ・ワヒシュタの腹心、アグネリード・サラマンディア。

 その実子というのだから。


 内情を調べれば、彼が私生児扱いの、それも人間との混血であることはわかった。

 ただ、アグネリードがそれで放逐するほど情の無い者だとは魔王は思わない。


「どういうことなのだろうね」


「それぞれの家にはそれぞれの目的と考え方がある、だけの話でしょう」


 と、涼やかに答えたのは魔王の側近中の側近、宰相を務めるルシフェゴだ。

 長い黒髪、美女に間違われそうな顔、間違われることに嫌気がさしている憂い顔。

 魔王が魔人族の継承者として立った時からの最古参の支持者だ。


 同郷の友人で魔法使いだったルシフェゴ、お守り役の剣士シフォス、業火の使い手アシャ、狩人ヨンギャ、水魔の神官レトレス。

 魔王を含めて六人で始めた覇業は、魔王が魔王である今、完遂されつつある。

 数百年を経た今、魔王の周囲にも大きな変化が起きている。

 例えば、狩人であり暗殺者でもあったヨンギャのかかった病が重くなり、四天王からの除籍を求めていること。

 同じく四天王になったが、考え方の違いから疎遠になっている神官レトレスとの関係。

 魔人族内の抗争で争ったものたちが家臣となり、さらなる功績をあげて重臣になりつつあること。

 そして、他種族の勇者英傑を魔将として、魔王軍の幕下に加えたこと。


 なんとか魔界の争いは収まっている。

 しかし、このままではいられないことを魔王は理解していた。


「余の目が確かなことは君も知っているだろう?引き上げたほうが良いだろうか?」


 一度、ルシフェゴは魔王を見た。

 そして、確認してる書類に目を戻す。


「止めた方がいいでしょう」


「そうかな」


「本当に才ある者なら放っておいても登ってきます。相応しい地位に登ってきたなら、相応しい対応をすればいいでしょう」


「そうか」


「それに、シフォス翁の弟子に勝手なことをすると後が怖い、とは思いませんか?」


「確かに」


 多少落ち着いたとはいえ、剣魔とまで呼ばれた男だ。

 怒らせるのは得策ではない。


 魔王は朝方に見た少年のことを思い出していた。


 必死。

 がむしゃら。

 そんな言葉が似合う訓練だった。

 はっきり言って剣の才は無い。

 剣魔シフォス・ガルダイアを100としたらせいぜい20だ。

 となると剣魔は彼を才能で選んだわけではない、ということになる。

 身体能力は低い。

 純血の魔人が無意識で、魔力を身体強化魔法として発動できるのに対し、ギア少年はそんなことはやらず、いやできずに素の体力だけで食らいついていく。

 全然ダメなのに。

 なぜか、魅かれるものがあった。

 それは何かと、魔王は思い起こす。


「目、かな」


「どうしました?」


 ルシフェゴが呟きに返事をする。


「サラマンディアの彼の話だ」


「頑張ってはいるみたいですが、評価は甲乙丙の丙ですよ」


「目がな。どうにも諦めが悪そうな、そんな色をしていた」


「……それならなおさら放っておいたほうが良いのでは?」


「意見の筋が通っているのがお前の良いところだが。それはなぜだ?」


「諦めが悪いのは魔王様も一緒ですから。同じ性質なら放っておいても這い上がってきますよ」


「ほう、余と同じか」


「嫌ですか?」


「不思議と嫌な気はせんな」


「衣鉢を継ぐ者を見つけた、と?」


「そこまでは言わんさ。それに余はまだ死ぬつもりはない」


「ええ。魔王様には大仕事が残っていますからね」


「魔界一統よりも、か?」


「ええ」


 ルシフェゴは計画とも言えない草案を魔王に見せる。


「これは?」


「次元渡界計画及び人間界侵攻計画・・・・・・・案、です」


「おい。魔王軍のほぼ全力を投入しての計画か?」


「はい」


「酔狂にしては細部まで練られている……しかし、いまだ魔界の諸種族が完全に服属していない現状では夢物語と同じだぞ?」


「いえ、今のうちに方針として決めておかなければならないと具申します」


「説明しろ」


「魔界が完全に統一され、諸種族が反抗する気がなくなった時、どうなるとお思いですか?」


「平穏な毎日を過ごし、平和な時代が訪れる……などと世迷いごとを言うつもりはないが」


「ええ。力こそ至上、強さこそルール、それが魔界です。であるならば魔界を統一するほどの大戦力は向けるべき敵を失ったらどうなるか」


「その煮詰まった戦力の中で、強者を決めんと動き出す、か」


「竜王メリジェーヌのように極少数の強者による暴力と恐怖の支配でなら、魔王軍内部での抗争など起こらずに済むやも知れませんが」


「我々は、それが嫌で立ち上がったのだろう」


「その通りです。結局のところ、制御不能になった軍部など災害と同じです。力の向く先を決めておかなければなりません」


 遠からず、魔界は完全に魔王軍の支配下に置かれる。

 その時に、魔王軍は用済みになる。

 今までの功績がどうこうではない。

 強すぎる力は不要なのだ。

 まして、放置しておけば勝手に暴れて、分裂して、瓦解する力など。

 抑えるのにもまた力が必要。


 異世界の話など魔王は知るよしもないが、例えば漢の皇帝のように忠臣功臣といえど容赦なく粛清するとか、江戸の将軍のように時間をかけて武官を文官に移行していくなどの方法はある。

 しかし、粛清は不満を抱いた種族ごと反乱を起こしかねない不安はあるし、武を文に移行しようにも長命の魔人には世代交代もないために厳しいものがある。


「なればこそ、新たな世界へ、か」


「はい。人間界侵攻を行えば諸種族の不満も解消され、若い将校らに領地を下賜するも可能になります。それに人間の抵抗が強ければ不要な軍備を削減することにもつながり……」


「ルシフェゴ。それは同朋に死ねと言うことか?」


 魔王の射殺すような視線と声に、ルシフェゴはやり過ぎたと悟る。


「いえ、口が過ぎました」


「良かろう。将来のために、計画を進めておけ」


「御意」


 いつの間にか、夜は更けていた。

 外には、銀の月が照らす草原がうっすらと見える。


「なあ、ルシフェゴ」


「なんでしょう」


「あの頃は天下の外にまた別の天下があるとは思いもしなかったのだ」


「陛下……」


「余たちはどこまで行くのだろうな?」


 それは語られることのない物語の断片である。

 魔王の呟きは誰にも届かずに消えた。

 聞いた宰相も、呟いた魔王も命を落としたゆえに。


 ただ、彼の運命にわずかばかり絡まる要因の一つ、であるだけの物語である。


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