222.夏休みは海か山へ行く
リオニアスの今年の夏はひどく暑かった。
ギラギラと照りつける太陽が大通りを熱するために、人通りは少ない。
ニコズキッチンでは、スパイスを多用して汗をかかせることで体温調整する料理や氷菓子を提供しているため、連日満員である。
俺たちドアーズもなるべく外出したくないのだが、生活費を稼ぐために依頼を受けなければならない。
同じような冒険者は多く、外に行く依頼の中でも洞窟や森、湖周辺の魔物退治などが人気だそうだ。
「溶けそうです」
冒険者ギルドの建物内でテーブルにのびているのはリヴィだ。
夏期休暇のため、学園から戻ってきている彼女は久しぶりにドアーズのメンバーとして冒険に出ている。
超攻撃型魔法使いとして学園でも活躍していたらしい彼女は、冒険者としてのカンも無くしてないようでドアーズでも大活躍だった。
ナギも戻ってきているが、リヴィと比べるとやや自信を失っているようだ。
こっそりリヴィに事情を聞いてみたが、実地研修の時にナギのクラスが不甲斐ない成績だったらしく、それを引きずっているのでは?という答えだった。
アドバイスをするのは簡単だが、自分で考えた方が結果的にはいいことが多い。
そう考えて俺は過度に干渉しないことにした。
もう一人のドアーズメンバーのメリジェーヌは、学園に残って仕事をしているらしい。
仕事熱心なのはいいことだ。
「屋内系の依頼はもうほとんど受けられてしまっているな」
掲示板に貼られた依頼用紙は屋外のものしかない。
やはりみんな暑すぎるのは苦手なのだ。
しかし仕事はやらねばならぬ。
ん?
本当にそうか?
ニコからの長期依頼の達成、ブランツマークからの報酬によってドアーズは潤っている。
もちろん、年単位で休めるほどではないが一月、酷暑が過ぎるまでは暮らしていけるだろう。
休むか。
「という訳なんだが」
「わたしはギアさんと一緒ならどこでもいいですよー」
一番にリヴィは賛成する。
他のメンバーも同意してくれた。
「辛いときに無理に働いても能率は上がりませんからね」
ホイールが汗を拭きながら言った。
「兄さまに賛成です」
ホイールの妹でナギと同じクラスのフォルトナも臨時でドアーズに参加している。
妨害系魔法の使い手で非常に役立ってくれている。
「みんなで避暑地にでも行くか」
漏らした本音にみんなが反応する。
「師匠、それ賛成!」
「ボクも暑くないところにいきたい!」
とメンバーがやいのやいの言ってくるので、ドアーズも夏休みをとることになった。
「で、どこに行く?」
「海!」
「山!」
「涼しいところ!」
様々な意見が出るがまとまらない。
だが共通するのは暑くないところだ。
海で山で涼しいところか。
すぐに行けるところでそんなのがあったかな。
「私心当たりがありますわ」
ナギが口を開いた。
「近場にか?」
リオニアスは海に面した街だが、それは交易の船が停泊する港だ。
泳いだり、観光したりするところではない。
マルツフェル近海の無人島なんかは泳げる浜もあるだろうが、去年訪れたヤマタ島のように怪物が生息している可能性が高い。
そんなところでゆっくりなどできないと思う。
ベストなところで言うと、ナギの故郷であるギリアなどは丁度いい。
青い海、青い空、白い砂浜、海産物は美味しい。
のだが、遠い。
そのうえ、昨年復活したばかりなので再建、復興に忙しいようだ。
脱線するが、ギリア王国の復活が大陸諸国で認められたらしい。
若き王ダヴィドの治めるギリア王国が大陸では注目の的、だそうだ。
「近場って言えば近場ですけど」
「そんなところあったか?」
「私の友人なんですが」
「友人?」
「アペシュちゃんです」
「アペシュ……あれに、乗るのか?」
「すごく居心地が良かったように覚えております」
アペシュは魔界出身の魔界大王亀である。
島ほどもある巨体だが、人間の姿を取ることも可能だ。
重力魔法を操り、使い魔の亀魔獣なども使役している。
ギリアの事件や、サンラスヴェーティアでの一件で協力してもらっていた。
現在は人間界の海を悠々と移動しているらしい。
「連絡取れるのか?」
「ええ、まあ」
なんでも、いつでもアペシュを呼べる貝殻のネックレスをもらったらしい。
人間の使う伝声筒のようなものらしく、遠距離にいても話が通じるとのことだ。
「わかった。もし、アペシュが了承してくれたら、その案で行こう」
早速、ナギは貝殻ネックレスを取り出し、語りかけた。
「アペシュさん、聞こえますか?」
「はい!どうしましたナギさん」
秒で返事が来た。
ナギには言ってないが、アペシュはナギのことを好いている。
それも人間のような色恋レベルではなく、番になりたいと言うほどだ。
ナギの気持ちを尊重するとのことだが、強引にぐいぐいと行くようなことも言っていた。
文にするとアレだが、絵面を想像すると幼女の姿のアペシュ(オス)がナギと押しくらまんじゅうしている絵しか思い浮かばなかった。
人間側からすると魔物と結婚するというと複雑で、色々な問題があるのかもしれない。
俺はまあ、魔人と人間の子供なのでそういうものの気持ちはわかる方だと思う。
二人が好きあって一緒になるのなら文句は言わん。
ともあれ、そういう事情があるためアペシュの返事は早い、ということだ。
「~というわけで、みんなでアペシュさんと~という訳なんです」
「確かに地上は暑いですもんね。いいですよ、みんなで海に行きましょう」
ここまで聞こえる了承の声。
みなの顔に笑顔が溢れだした。
詳細は後で詰めるとして、一旦解散となった。
俺とリヴィは学園に向かった。
ドアーズメンバーで休みで避暑地に行くのに、もう一人誘わなければいけない人物がいる。
「わらわを誘ってくれるのは嬉しいが」
メリジェーヌである。
夏期休暇明けに学園の学習体制を変更することが決まっているらしく、その調整などで講師は休んでいる暇はないらしい。
「そうか。それは残念だな」
「行きたいのはやまやまなのじゃがのう」
「仕事は楽しいか?」
「なんじゃ急に。……まあ楽しいぞ。生徒の成長を見るのは新鮮じゃしな。……昔は力ある者しか登用しなかったゆえな」
昔、というのは魔王時代のことだろう。
「今の時代にやりがいを見つけられたのならよかった」
「やりがいはあるぞ。一夜で小鬼千体と鷲獅子と飛竜の大群を全滅させるような生徒にどう対処するかと考えるのとかのう」
とメリジェーヌはこちらを見る。
リヴィが顔を反らす。
何かあったのか?
「まあ、お前がいいならいいか」
「土産を楽しみにしておるぞ。……ああ、そうじゃ。わらわの送ったドラゴンを倒したのはそなたじゃろ?」
「あの夜中にびかびかと眩しかったやつか?」
「奴が聞いたら泣くかもしれんのう」
それはリヴィが俺を呼んだ時に戦ったドラゴンだろう。
全力で先制攻撃したおかげで一撃で倒せたが、手を抜いて戦ったとしたら長期戦になる程度の相手ではあった。
「そいつがどうした?」
「あれはわらわの昔の配下だったのじゃが、今の竜族の中でも実力者の方でのう」
「それが?」
「それが倒されたことが竜族に知れたようで、ちょっと騒がしくなるかもしれん」
「竜族か」
竜は最強の種族である。
それを敵に回すことは誰もしない。
先代の魔王様も、先先代である竜王メリジェーヌが死んでから動き出したくらいだ。
俺がそれをやったとなると、面倒だな。
ちょっと、いやかなり嫌な予感が頭をよぎった。




