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218.料理人ニコが行く その2

「モモチさん。タリッサ・メルキドーレという人物について教えて下さい」


 春夏冬亭に帰って来たニコは、待っていた護衛役の忍者モモチに聞いた。

 この忍者に聞けばなんでも知ってるというふうに認知している。


「人を苛めるのが好きなように見えて、実は苛められたい嗜好を持っている」


「ええ……エムの方か……じゃなくて、食べ物の話ですよ」


 パリパリとせんべいを食べ、緑茶を飲みながらモモチは口を開く。


「好き嫌いはないようだけどね。そういえばテルエナで食べた肉料理がおいしかったって言ってたなー」


「テルエナ……あの辺でよく食べられている料理は」


 祭祀と伝統の国であるテルエナでは、豪華な食事は忌避される傾向がある。

 また、狩猟で取られた肉、それも何かお祝い事があった時に獲られた肉は珍重され、供されるともいう。

 そして、テルエナで最近起きた大きなお祝い事といえば。


 魔王軍を撃退し、テルエナを奪回したことだ。


 豪華ではなく、そして丁寧に調理される肉料理。

 それがタリッサ・メルキドーレが好んだ料理。


「ニコさん?」


「ジビエ的なあれで行こう。あ、でもターボーンさんは肉料理がいかんって言ってたな。あまり脂が無い方がいい……なら、鶏肉。となるとキジとか野鳥の料理を応用して」


「ニコさんもやっぱり、あれの関係者なんだなあ。集中がすごい」


「市場に行ってきます!」


 ニコがバタバタと飛び出していく。

 モモチはせんべいを食べ終わると、スッと後を追った。


 そして。

 タリッサ・メルキドーレがドアーズと帰って来た日。

 ニコはターボーンに呼び出された。


「では約束の食事会を今夜行うことにした」


「わかりました」


 食材は揃えてある。


「私と娘、それから娘の友人四人の計六人だ。大丈夫かね?」


「はい。問題ありません」


「自信のほどは?」


「必ずやご満足いただけると思います」


 メルキドーレ家の厨房を借りて調理することになった。

 食材はニコが用意し、器具はメルキドーレ家のものを使う。

 料理を運ぶのは給仕が行う。

 ニコがメルキドーレ商会と取引できるかは、ターボーンとその娘タリッサ、その友人たちの評価で決まる。


 食事会、という名の料理勝負が始まった。


 事前にヨーグルトをベースにした鳥胸肉。

 それがメインの料理だ。

 スパイスをまぜたヨーグルトのつけダレによって、胸肉とは思えないほど柔らかくなった肉を温めておいたオーブンに並べて焼く。

 その間に前菜を作る。

 メインがヨーグルトを使っている料理なので、味の統一をはかりチーズとトマト(ここではトマーの実というらしい)をきれいに並べたカプレーゼ風のものを出す。

 次はスープだ。

 あらかじめ、使用しなかった鶏肉の部位と骨を使ってコンソメ風のダシをとってある。

 それを牛乳とあわせてあたためたミルクスープだ。


 前菜が食べ終わったのを見計らって、スープを運んでもらう。

 下がってきた皿はみな完食している。

 ちょっと食べるペースが早いかもしれない。

 タリッサ・メルキドーレの友人なら若者だろう。

 彼女の経歴を考えれば、あるいは冒険者なのかもしれない。

 ならば提供スピードをあげる必要がある。


 スープが出終わったころにパンが焼き上がる。

 生地にミルクを練り込んであり、柔らかさと香りが特徴的だ。


 食事会はどうなったのか。

 様子をうかがいたいが料理にかかりっきりになるとそれもできない。


「場は盛り上がっている。タリッサも父親と少しずつ会話をしている」


「うわ。モモチさん。びっくりさせないでくださいよお」


 急に現れる忍者に、危機察知能力は一般人並みのニコは驚いた。


「忙しそうだから」


「忙しいですよ。けど、自分でやりたいと思ったことなので」


「ふうん。なら一つ情報」


「情報?」


「ターボーン・メルキドーレが魚介類が苦手になったのは敵対していた商人に毒料理を食べさせられたから」


「料理に毒って。さすが中世ファンタジーだわ。……その料理、何が出たかわかる?」


「ブロウフィッシュの肝ソース、とかなんとか」


「ブロウフィッシュ……それってまさか……でも身には無いはず……!?……そうか、肝ソースか」


「タリッサ?」


「予定変更、魚料理を作ります」


 ニコは予備に用意してあった白身魚を取り出し、捌きはじめる。

 腹をさき、エラと内臓を取り出し、中を洗う。

 頭を落とし、三枚におろす。

 その流れるような包丁捌きにモモチは見とれた。


「まるで一流の剣士……」


「本当は刺身で美味しい魚ですけど、まだ海産物が苦手な人には出せない。ならば」


 小麦粉をまぶした魚の切り身をフライパンで焼く。

 あっという間に次の皿ができた。


「この料理は?」


「白身のムニエル。そして次の味の繋がりのためにあえて、スパイシーソース」


 ピリ辛のソースがほどよく火の通った魚にかけられ、香りも素晴らしい料理に仕上がった。


「でもさあ。ターボーンさんって魚介類が嫌いなんでしょ。食べてくれると思う?」


 確かに事前に、ターボーンは魚介類が嫌だと聞いている。


「マルツフェルはフェアリア湖とマルツ河の合流地点の上にある港街。そんな港に面した街に住んでて、魚介類が食べられないはずがない」


「まあ、それはそうだけど」


「ではなぜ、ターボーンさんは魚介類を食べられないのか?色々理由は考えられるけど、答えはたぶん、あたったからだと思う」


「当たった?」


「ブロウフィッシュって、毒があるんだよ」


「聞いたことあるかも」


 忍者であり、毒物にも詳しいモモチはそれを知っている。

 言わないのは、ニコがモモチと違ってマトモな人間だからだ。

 そんなのには関わらせたくないと思ってしまっていた。


「身にはほとんど無くて、皮や血に含まれる。最も多いのが肝にあると言われている」


「あ。ブロウフィッシュの肝ソース……」


「そういうこと。敵対商人さんが命を狙ったのか、料理人の知識が無かったのか」


 モモチがそれくらいしか調べられなかった事件だ。

 それなりの真相しかないのだろう。

 あるいはターボーンがもう処理している、とか。


「でも、それがわかったからといって、今魚料理を出しても大丈夫な理由にはならない」


「ターボーンさんが魚介類を食べたくないのは、命を脅かされた恐怖が魚料理とセットになっているから、だと思うんだ。だったら、それを美味しい料理を家族や友人と囲むっていう幸せな体験で上書きできればなあって」


「逆に不快感を与えてしまうかも」


「うん。でもね。私はそういう幸せを造るために料理人になったの。それは例え死んでも、生まれ変わっても、変わらない」


 スープとパンが食べ終わった、という給仕の知らせにニコはムニエルを運ぶよう指示する。


「いいの?」


 モモチにニコは頷く。


「私にとって、料理は真剣勝負。命にかかわらない真剣勝負など、ない」


 それは、ニコがまだニコになる前に感銘を受けた言葉だ。

 それくらいの覚悟で、料理に臨むのだ、と。

 ニコになってからも、それは消えることはない。


 料理が運ばれていく。

 もし、ターボーンが魚料理が出てきたことに激怒したら、次の料理を出すことなく、追い出されるかもしれない。


 しかし、ニコは手を止めることなくオーブンを開く。


 鶏肉にほどよく火が通り、厨房の中に肉の焼けた匂いが拡がる。

 それは嗅いだことのない匂いだが、ひどく食欲を刺激した。

 忍耐力の強いモモチでさえ、そうなのだ。

 給仕たちも、よだれを我慢するのに必死のようだった。


 皿を並べ、肉を盛り付け、付け合わせを並べ、最後に香草を飾る。


 料理の完成と同時に、魚料理の皿が下げられてきた。

 残っているものは、無い。


「次の料理を出す前に、これを出してください」


 といって、ニコは小さなグラスに氷菓子を盛り付けた。


「デザート?」


「いえ、お口直しですね。脂の少ない魚料理といえどそれなりに脂はあります。それをこの氷菓子でぬぐい、舌を新たにして肉料理を食べていただきます」


「肉料理を控えさせたままの理由は?」


「この料理の特徴はなんといっても香りです。食欲をそそるスパイスの香りを漂わせることで、次の料理への期待を高めさせます」


「いろいろ考えてるんだ」


「何も考えずできる仕事なんて多くないですよ。忍者だってそうでしょう?」


「まあ、確かに」


 肉料理が空っぽになって帰って来た時には、ニコはデザートのフルーツ盛り合わせを完成させており、ベストタイミングでコース料理を終らせることができたのだった。

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