215.再封印、そして墳墓の外へ
静けさが洞窟に戻った。
さきほどまでの激戦が嘘のように静かだ。
「みんな生きてるか……?」
反響した俺の声。
みんなそれぞれ返事があり、無事を知らせてくれる。
「あれは……なんじゃったんじゃ?」
ギュンターが俺に訊ねてくる。
「リヴィエールだ。俺のパーティメンバーで今はリオニアスにいる」
「ギア殿のパーティは遠距離から転移できるのか?」
「いや……どうして、そんなことができたか、わからん」
「まあ、人がアンデッドになったり木になったり、天使が墓から這い上がってくる世の中ゆえな。そんなこともあるか」
少し休んで、俺たちは洞窟を調べることにした。
危機は脱したが、原因を調べ再発を止めることができなければ安心はできない。
一番怪しげな祭壇を見てみる。
「これは……?」
銅のようにも見えるが、虹のように七色に見える謎の金属でその祭壇はできていた。
その輝きは、なんとなく不吉な色合いをしている。
ぬめりとした油の光沢のような見た目だからだろうか。
「この祭壇そのものが媒介となって、天使の世界とこちらを繋いでいたようやな」
「この祭壇は何でできているんだ?」
タリッサに俺は聞いてみる。
「見たこともあらへん金属や。……けど逆にウチが知らへんいうことは超レアな金属やということやな。緋色金か、オリハルコンか」
「オリハルコンではないな」
オリハルコンという超硬金属は俺の鎧にも使われている。
かつて、大多頭蛇を倒した時のドロップアイテムだが、この祭壇の金属とはまったく違う。
「となると……ナナツアカガネ、かもしへん」
「聞いたことのない名前だ」
オリハルコンやら緋色金、ミスリル銀などは魔界でも産出される。
そのため、それらは見たことはある。
だがそのナナツアカガネなる金属は聞いたことはない。
「湖の国の宝物館に封印されている金属で、暁の主ラスヴェート神が異界の神と戦った時の名残らしいんやけど、伝え聞く姿形がこれによう似ている」
「もし、そうなら……どうなるんだ?」
「別にどうにも……ラスヴェート神に聞くわけにもいかへんし、湖の国の伝承が正しいかもわからへんしな」
「となると壊しておくか?」
「いや、これほどのことをしたんや。下手に壊したら、おかしな影響が出えへんとも限らん」
「放置するしかない、と?」
「私に任せてくれんか」
とギュンターが祭壇の前にやってきた。
「どうするつもりだ?」
「これを起こしたのは、我が兄エッケハルトだ。だが、幸いなことにその起動者と同じ血が私には流れておる。ゆえにルーン剣を介して」
と、ギュンターは祭壇にルーン剣を突き刺した。
「おい!?」
「まさか、直接魔力をコントロールする気やないやろな?」
「私ならできる。ルーン剣と鎧を同時に制御する私ならば」
ギュンターの手にルーン剣をつたって魔力が流れ込む。
ギュンターの顔に滝のように汗が浮かび、表情が引き締まる。
「ギュンター……」
「わかる。わかるぞ、エッケハルトがどうやって次元門を開けたのか。操られていたにしろ……結局は兄上の野望ゆえよな」
ギュンターは何かを掴んだようだ。
「もし、危険な時はすぐ言えよ。斬るから」
「その心配はいらぬ。もう閉じるゆえ」
ギュンターはえいっと気合いをいれ、ルーン剣を抜いた。
その衝撃でルーン剣はボキリと折れた。
「大丈夫か?」
抜けたはずみで腰をうったギュンターの手を引っ張り立たせる。
「異界への門は閉じさせてもらった。まあ、ルーン剣一振りでそれなら剣も本望であったろうな」
「何があった?」
「なぁんも、かのう。向こうの世界には問いかけてもなにも帰ってこなかった。ただ向こうの転移門が開いていたのを閉じただけよ」
「ではもう心配いらないのか?」
「おそらくは、天使は向こうで自然発生したものじゃろう。ストックを使い果たしたようじゃな。それが貯まりきるまで何も手出しできぬであろう」
「それは……どのくらいだ?」
「ラスヴェート神降臨から今までと同じくらいかのう。まあ千年ほど見ておれば間違いないじゃろう」
それはつまり安全宣言だった。
俺たちは荷物をまとめ地上へと歩き始めたのだった。
遺跡の第四階層にはプレーリー(木(本体))が待っていた。
「なるほど、下に行ったのは苗木の分体か」
わさわさと枝を揺らし、プレーリーは返事をした。
元気そうだ。
彼の案内とポーザの記入していた地図をあわせることで、行きより早く二日間ほどで俺たちは遺跡の外へ出ることができた。
行きは四日ほどかかったことを思えば半分しかかからないのは快速だ。
二階層の玄室ではしっかりとルーンの棺を再封印し、盗掘者などが入れないようにされた。
さらに、棺を隠すようにプレーリーが根をはり、大樹となって部屋を覆った。
「そうか。ここで再び何かが起きないように守るか」
わさわさと枝を揺らしたプレーリー。
異変を起こしてしまったことへの償い、だろうか。
彼の遺志はわからないが、その覚悟に甘えることにした。
一階層から外に出ると大変なことになっていた。
久しぶりの外の空気と陽光を味わう間もなく、俺たちは大軍に囲まれた。
「こやつらが首魁か!?」
「先に捕らえた女の仲間かもしれん」
「冒険者め、死の手先となるとは!」
兵士らは口々に俺たちにそう言う。
誰も彼も恐れと怒りを見せている。
兵士の格好は揃いの白い鎧と剣。
見たことのあるデザインのそれは。
「何やっとるんじゃ、お前らは?」
最後に遺跡から出てきたギュンターを見て、その兵士たちは両手をあげて喜んだ。
「ブランツマーク市軍じゃ」
揃いの鎧と武器を身につけた兵士らはブランツマークの兵士だとギュンターは言った。
なかなか帰ってこない領主を探しにザドキ村に来たところ、危ないと警告を発するポメラニアと遭遇。
領主の名を騙る不届きものとして捕縛、遺跡を囲んで突入しようとしていた時に俺たちが出てきたらしい。
「話を聞かない、血の気が多い。部下の教育がなってねえんじゃねえの?」
「耳が痛いわい」
その騒動のあと、俺たちはブランツマークまで運ばれていた。
長期間、遺跡に潜っていたせいもあり、疲れきっていたのでギュンターの用意してくれた客室がありがたかった。
ポメラニアも解放されたようで、タリッサとポーザの部屋にいる。
「とまれ、一件落着じゃな」
「ああ、ずいぶん長いこと潜ってた気がするぜ」
「……私は引退することにした」
「いいんじゃねえの。無理することはねえし、十日やそこらなら政務を預けても問題なかったんだろ」
「まあの。息子の成長が知れたことも望外の喜びじゃ」
「悠々自適の隠居生活か、羨ましいな」
「いや。まずは体を鍛える」
「は?」
「ルーン剣や鎧に頼らずとも強くなれるようにの」
「何がしたいんだ?」
「私は冒険者になろうと思う」
「領主が?」
「元、領主じゃ」
「なんでまた」
「楽しかったのよなあ。仲間と遺跡を探索し、野営し、そして強敵と戦う。私はそこで生の実感を得ていたのよ」
「別のところで実感したほうがいいんじゃないか?かわいい孫と遊ぶ好好爺も悪くないと思うぞ」
ギュンターの息子には生まれたばかりの子供がいるらしい。
孫に当たる子供だ。
「血生臭い手で孫は抱けぬよ」
兵士から武将となり、内乱を収めるために暗殺も指示した節がギュンターにはある。
領主となってからも色々と黒いこともしたのだろう。
「我欲のためでないなら俺はいいと思うがな」
「私自身がこだわるのよなあ」
「まあ、あんたの好きにすればいいさ。冒険者になるのなら、俺たちは仲間だしな」
「すぐに名を売るゆえ、楽しみにしておるとよいぞ」
「そりゃ、楽しみだ」
こうして、ザドキ大墳墓の調査は終わった。
結局のところ、俺が手に入れたのは、友人が一人だった。




