210.最下層の洞窟にて
ザドキ大墳墓の五階層目はもはや遺跡ではなかった。
広大な洞窟だ。
天井は高く、鉱石か何かがきらきらと輝いている。
その中心に祭壇があり、その上の空間が青白く、穴のようにひろがり、そして渦巻いていた。
祭壇の前に立っていたのはポメラニアだ。
いや、エッケハルトか。
ここが天使発生の現場だ。
階段はなくなり、坂道になっている。
そこをゆっくりと降りていく。
俺、ギュンター、タリッサ、ポーザ、ホイール、バルカーの順だ。
おそらく後ろには幽霊のマルチがついてきているし、苗木のようになったプレーリーの分体もいるようだ。
「私が生前起こしたことの是非はどうでもいい。結果としてギュンターがブランツマークを発展させたことも間違いない」
幽霊のような囁く声ではなく、しっかりとした声でエッケハルトは喋っていた。
まあ、ポメラニアの声だが。
「だが、私は殺された。甥のリクダックと共に」
ん?
ギュンターの話では長兄の息子がエッケハルトを恨んで殺したと聞いたような。
ギュンターの顔を見ると、老人の顔は青ざめていた。
それがどういう答えを示しているのかは、俺にはわからない。
「恨みは澱み、積もり、吸い寄せられた。この封じられた遺跡に」
ザドキ大墳墓の第一階層にはスケルトンなどのアンデッドがいた。
それはつまり、不死者が発生する土壌があったということだ。
エッケハルトの魂というか憎悪の念は、ここで不死者になったのだ。
「とはいえ、数十年の間、私はかそけき下級のアンデッドだった。だがたまたま、私のいた玄室に彼女らが来た。本能的なものだろうか、私は彼女に取りつき棺を開けさせたのだ」
ポメラニアにも色々鬱屈が溜まっていたようだ。
それをエッケハルトに利用されたのだろう。
「棺を開けた時、そこから流れてきた力を今でも覚えている。それは力だ。蕩けるほどに甘く、焼けつくように熱い力だ。その力をもって、私は、私は追放した世界を滅ぼすことにした」
「それは天使の奴らに利用されているようにも思えるがな」
人間だったころの是非を問わないと言いつつ、世界を滅ぼすとまで言い放つ。
その論理の飛躍は、天使たちの世界を滅ぼそうとする目的に利用されていると俺は思う。
ポメラニアを利用しているようで、エッケハルトもまた利用されているのだ。
「なんとでも言うがいい。神の世界より物質界に干渉できる中で最強の存在“有翼聖魔人”が降臨するまであとわずか、彼が降りてくればそんな些末なことは一緒に消え失せる」
「俺たちが止める」
俺は大太刀を抜いた。
「君の力は知っている。だから本気で行かせてもらおう。この身に宿りし天使の力をもって『我こそは第五位階力天使ヴァーチャー。輝きし者』だ!」
ポメラニアの背から翼が生える。
それは一対二枚だが、黄金のように輝いている。
彼女の冒険者らしい革鎧も材質が変化したように輝き、折れた剣には光輝く刃が伸びていた。
「接敵!ヴァーチャー!行くぞ!」
「了解!」
「ギュンター!お前が何をしたかなど、俺は知らん。テメェのやったことはテメェでケリをつけろ」
「しっかりしろ、ということか……」
エッケハルトに過去のことを指摘され、気落ちしていたギュンターだったが、俺の言葉で生気を取り戻した。
「行けるか?」
「無論!私は白銀伯ギュンター・フォン・ブランツマークだ!」
バルカー、俺、ギュンターが攻撃を開始する。
相手が人間を超えたと言っても、もともと人間以上の俺と剣と鎧によって限界を超えているギュンターから攻撃を受けて、ヴァーチャーは防ぐので精一杯になった。
さらに高速でバルカーが後ろを取り、殴る。
それでもヴァーチャーは光の剣を振り回し、タコ殴り状態を脱する。
そのダメージはホイールが障壁と治癒魔法でほぼ無効化できている。
翼で飛ぼうにも、上にはポーザの呼び出した大フクロウのシマコブンザと遠距離からタリッサが銃撃してくるので飛び上がれない。
「は、は、は、なかなかやる人間共!だが私とて簡単に『やられるわけにはいかない』」
ヴァーチャーは左手をかかげた。
そこから半径二メートルほどの障壁が発生し、近接していた俺たちを吹っ飛ばす。
距離をとったヴァーチャーは一気にギュンターに詰めより、剣を振るう。
その勢いにギュンターは防ぐ、が反撃できない。
「ッオラ!」
バルカーが殴りかかるが、振り返りもせずにヴァーチャーは回避する。
そこへ俺も切りかかるが、障壁によって阻まれる。
「動きが違うな」
「それは当たり前だ『我は一人』ではないからだ。体のコントロールはポメラニア、『魔力と天使の力はヴァーチャー』、そして頭脳はエッケハルトが担っている。三位一体の我らに勝てると思うな!」
ギュンターもバルカーも攻撃しては回避され、防御される。
前衛の圧力が無くなれば、ヴァーチャーは空を飛べる。
シマコブンザは単体ではヴァーチャーに劣る。
タリッサの銃撃も、自在に動き回る相手には命中率が下がる。
「当たらへんわ」
弾丸を補充しながらタリッサは銃撃を続ける。
それはヴァーチャーには当たらないが、その回避に少しだけ苛立ったようだ。
「うるさい」
ヴァーチャーは光の剣を振った。
そこから光線が発生し、タリッサを襲う。
「うわ、こらあかん」
タリッサは回避するが、銃撃の優位性が失われるため違うアイテムを用意し始める。
ほぼ同時にポーザの呼んだシマコブンザが左手から放たれた光線によって打ち抜かれた。
「シマコさん!」
「ふふ、ふはは。これで宙は私のものだ。地を這う貴様らには私に攻撃を当てることはできん!」
遺跡の中はなんだかんだいって天井が低かったので、天使たちが空を飛んでもジャンプすれば届いた。
しかし、この天井の高い洞窟で飛ぶ相手には攻撃する手段が限られる。
タリッサの銃撃とポーザの空が飛べる魔物が使えなければ、手が封じられたも同然だ。
『ギアさん……あれを倒せればポメラニアは助けられますか?』
手詰まりになっていた俺たちに幽霊魔法使いのマルチが話しかけてきた。
「おそらくな」
『なら、私たちも手伝います』
「手伝う?」
突然、宙を舞うヴァーチャーの翼に穴が開いた。
「!?」
空中から黒い影が現れ、ヴァーチャーにしがみついている。
「ぽめらにあヲカエセ」
深く重い声が響く。
「あれは!?」
『あれは動く乾燥死体になったブルドクです』
凶犬の盗賊であったブルドクも、また死後にアンデッドになっていたらしい。
幽霊のマルチ、木のプレーリー、そしてマミーのブルドクか。
それぞれ別のアンデッドになっているのが興味深い。
ブルドクは投げナイフでヴァーチャーの翼を攻撃したようだ。
こっちの攻撃が当たらないと油断していたヴァーチャーに、不意打ちになってダメージが通ったらしい。
動揺したヴァーチャーに空中でしがみつき、下ろそうとしている。
生前の意思がまだ残っているようだ。
空中で動きを止めたヴァーチャーの手足に木の枝が絡み付いた。
「今度はなんだ!?」
「あれはプレーリー!」
『はい。急成長したプレーリーが拘束しているのです』
生前、森術士だったプレーリーは死後に森や木々と一体になるという思想のもと、木になった。
それが今の状況で役立つとは本人も思ってなかったようだ。
「というか、これ行き当たりばったりの連携なのか?」
『そうですね。相談する時間があればよかったんですが』
いや。
凶犬のメンバーの息のあった連携、いやそれぞれの仲間を信じる行動が今の状況を生み出したのだ。
マルチが三階層で俺たちに話しかけた。
それが今、勝機となっている。
「このチャンスを無駄にするな!行くぞッ」
「応!」
と駆け寄り殴り付けるバルカー。
ヴァーチャーは動けないながらも剣で防ごうとするが、そこに隙ができる。
「ハウル君!」
ポーザの呼び出した狩猟狼は索敵に、攻撃に大活躍だ。
光線を放とうとしていたヴァーチャーの左手に噛みつく。
『一度、ポメラニアを殺してください』
「いいのか!?」
マルチは悲しげに笑う。
『器となったポメラニアを再生させようと天使の力が使われます。そこに私が行きます』
「わかった。遅れるな」
動きをブルドク、プレーリーに拘束され、攻撃手段をバルカーとハウルに封じられたヴァーチャーに俺は突撃した。




