209.天使の力を得た。けれども私は届かないのか
人を超える。
どこからどこまでが人で、どこからが人を超えるのかは俺にはわからない。
魔界に住む魔人は、そもそもの基礎値が人間よりはるかに上だ。
魔人と人間の混血である俺は、生まれた時点の力は人間並だと思っている。
魔界という魔力にあふれた環境と百年以上の鍛錬が、今の俺の強さを形作っている。
人間の規格外の鍛錬の結果、で言えば俺も人を超えていると言ってもいいかもしれない。
そして、その俺についてきているポメラニアは人を超えたと言っているが、俺のような鍛錬を積んだとは思えない。
答えは彼女自身が喋っていた。
「天使、か」
「ははッ、よくわかったね!」
鋭い突きを連続で繰り出してくるポメラニアの動きは、俺の知っている英雄や戦士で言えば“黄金”ティオリール並み、リオニア王国騎士団団長レインディアにわずかに勝るくらいだ。
冒険者のランクで言うと一級程度。
三級冒険者が一級冒険者にまで強化される。
それはとんでもないことだとはわかる。
ポメラニアの突きは全て回避、返す刀で下から切り上げる。
下からの攻撃にポメラニアは大きく間合いを取って避ける。
避けた彼女へ、突きを放つ。
先ほどの突きのお返しではないが、突きが一番攻撃速度が速いのだから仕方ない。
ポメラニアはその突きを避ける。
「ふうむ」
「最初の剣こそ早かったけど、そのあとは見えているよ。そんな腕でよくここまで来れたねえ」
俺は攻撃を続ける。
右からの袈裟切りから上段から切りかかり、右に左に斬撃を繰り出す。
その全ての攻撃をポメラニアは防ぐか、回避してまったくダメージを受けなかった。
「惜しいな」
「ははは。何も惜しくなんかなかったよ。ぜぇんぶ、効かない」
俺は距離を取って、納刀する。
「勘違いするな。惜しいと言ったのは、それほどの身体能力がありながら、まったく技術が追い付いてないってことだ」
「はあ?」
「強さとは身体能力だけではなく、技術、思考などの総合的なものだ。天使とやらの力で強くなっても、お前自身は戦闘の苦手な三級冒険者のままだ」
「な……んだと?」
「例えば右からの袈裟切り」
さきほどよりも早めに大太刀を振る。
ポメラニアは剣をあげて防ぐ。
「何を!」
「これはなんとか防げる。しかし、下からの切り上げ」
先に教えているのにもかかわらず、ポメラニアは動けなかった。
切るつもりは無かったので彼女の目の前を切っ先が通りすぎていく。
「な!?」
「技術、戦闘の経験が足りないから、この攻撃には対応できない」
「な、なぶるか!?」
「いや……なんだろうな。惜しいから教導している、のか?」
自分でもわからなくなってきた。
才能のある部下を育ててきた、と言えるほど思い上がってはいないが、やはり才能というのは育ててみたいのだ。
「いつも……そうだ」
「ん?」
ポメラニアは呟き、キッと俺を睨み付けた。
その顔に浮かんでいるのは怒り。
「いつもそうだ。お前らは上から見下して、探索専門だからと馬鹿にして!私だってこんな剣を振るう生活なんて嫌だったさ。けど他にどうすれば良かったって言うんだッ!」
ポメラニアは激昂し、その感情のままに俺に切りかかってきた。
その身体能力は凄まじい。
一級冒険者、いや英雄に匹敵する。
だが。
「人間を超えた奴らとは何人か戦ったことはある。だが、お前はそこに届いていない」
ポメラニアの攻撃を受け流すように大太刀で受け、腹へ蹴り、かかとを叩き込む。
苦悶の表情を浮かべるポメラニア。
あれは痛い、と呟くギュンター。
その一撃で気絶し、ポメラニアは剣を手放した。
くるくると回転し、壁に激突したロングソードはその衝撃で折れた。
天使の力とやらを注ぎ込むのは、金属の劣化を早めたようだ。
しかし、ポメラニア自身は気絶したまま立っていた。
顔は虚ろだが、ゆっくりと口角があがり微笑みの表情を造っていく。
人間味の無いそれは不気味だ。
『人間の体を利用して、違和感なく神の教えを広めるための器だったが……存外もろい』
「誰だ、お前は」
ポメラニアではない。
しかし、天使共のような無機質さも感じない。
どろりとした人間の感情が吊りあがった口角に現れている。
『エッケハルト・フォン・ブランツマーク』
「兄上!?」
ギュンターが普段見せない驚きの顔を見せた。
ギュンターの兄。
確か二人いて、後継者だったが内乱で殺された兄と、内乱を起こした方の兄。
どちらだ?
『老いたな、ギュンター。まあ私は不死者となったゆえ、年はとらなくなったが』
「なんということだ」
『私はな、ギュンター。天使の力とこの器を使って、世界を滅ぼすつもりだ。止めるつもりなら追ってこい。もうすぐに有翼聖魔人は目覚めるぞ』
ポメラニアの体を奪ったエッケハルトは跳ねるように階段に飛び込み、下へ降っていった。
人間を超えたというか人間離れした動きだ。
「まさか、兄上……」
呆然としたままのギュンター。
声をかけたいのはやまやまだが、かけづらい。
俺たちは休憩をとることにした。
しばらくして、落ち着いたかギュンターが話しかけてきた。
「すまぬ。無様をさらした」
「あれは、内乱を起こした方の兄、だな?」
「そうだ。ギア殿には話したが……」
と言って、ギュンターはブランツマーク家を継ぐことになった契機である内乱の話を皆に聞かせた。
「そのエッケハルトさんが、さっきの奴言うわけか」
「不死者になったと言っていたな。ポメラニアの体を乗っ取っているわけだから幽霊系ってわけか」
「幽霊!?」
バルカーがまた震え始めた。
リヴィはスケルトンが嫌いだったが、バルカーは幽霊か。
「そういや、幽霊っていえば」
『私のことでしょうか……』
「ぎゃあ!?」
突然姿を見せた魔法使いの幽霊のマルチに、バルカーは悲鳴をあげた。
「……ポーザ」
「うん。後で慣らしとく」
バルカーを何に慣らしておくのか。
まあ、それはポーザに任せよう。
「無事だったか」
『はい……ポメラニア……元気そう……』
あれを元気そうと言っていいのかわからないが、とりあえず生きていることは確かだ。
「ああ、プレーリーのことは悪かった。守りきれなかった」
『……問題ない』
「?」
見ると、真っ二つにされたプレーリー(木)から小さな芽が生えていた。
そこから気持ち悪いほどの早さで、芽は成長していく。
あっという間に、さきほどまでの大きさになったプレーリー(木)。
何か伝えるように枝をわさわさと揺らした。
『あの状態になったプレーリーはほぼ不死』
人類の追い求める不死を達成したプレーリー。
ただその形は木だった。
羨ましがる人は少ないだろうな。
「ま、まあ良かった。無事……ではないだろうが」
『私とプレーリーからのお願い……ポメラニアを助けてほしい』
今のところ凶犬で唯一の生存者であるポメラニアだ。
メンバーとしては生きていてほしいと思うのは当然だ。
「確約はできない……が、努力しよう」
『お願いします……』
「よし、そろそろ行くか。なんでか知らんがどんどん猶予が無くなっているらしいしな」
本当に面倒になってきた。
ただの遺跡の調査だったはずが、ポメラニアやエッケハルトが絡んできて、天使も増えてきて面倒さが増してきた。
これを放置するともっと面倒になる。
だから俺は進むしかない。




