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208.凶犬たちの顛末

『みなさん……大丈夫、でしたか……』


 下へ降りてきた俺たちに幽霊が話しかけてきた。

 ビクッとしたのはバルカーだけだ。


 亡くなった凶犬ドッグ所属の魔法使いマルチの霊だ。

 亡くなった後も、この遺跡につなぎ止められて昇天できないらしい。

 俺たちの魔力に触発されて、姿を現した。


「おう、いきなり姿を消したから心配したぜ」


『……強い魔力でとばされました……』


「この先になにがあるか、わかるか?」


『……いえ、ですがここにはプレーリーさんがいましたので案内をたのみました……』


 プレーリーとは、凶犬のメンバーの一人で森術士ドルイドの男性だ。

 魔法使いなどの術士は精神的な鍛練をしているため、死後に幽霊になった時も意識というか思考を残しやすいようだ。

 はたしてそれが幸せかどうかはわからないが。


「そうか。……で、そいつは来ているのか?幽霊の気配はないが」


『彼は……死んでますけど……霊じゃないんです……』


「は?」


『あ、来ました』


 マルチはそちらを向いた。


 ずりずり。

 と、ひきずるような音。


 やってきたのは木だった。


「師匠……木って歩くのか?」


「木のような魔物は見たことあるが……」


 魔界に生息する樹人トレントのように半植物半動物のようなものはいる。

 しかし、目の前にいるのは根っこをうねうねと動かして頑張って歩いている(ひきずっている、ともいう)木だった。


『……木になったプレーリーさんです』


 枝をわさわさと動かして、プレーリー(木)は返事をした。


「……あれやな。生前は森術士ドルイドやったんやろ?確か、葉っぱや種を触媒にして魔法を使う人たちやろ。その種が……」


「え?その持ち物の種が死後に魂を吸いとって発芽して、成長したらこうなった……ってこと?」


 プレーリー(木)は枝をわさわさと揺らす。

 その通りだ、と言っているらしい。


「執念深いというか、なんというか」


森術士ドルイドにとって森との一体化が教義らしいゆえな。彼にとってもある意味本望じゃろう」


 ギュンターが言った。


「まあ、案内してくれるなら木だろうが霊だろうが構わん。頼むぞ、プレーリー」


 俺の言葉にプレーリーはわさわさと答え、そしてずりずりと移動し始めた。



 この遺跡は二階層目の玄室を除くと、どうやら下へ向かうほど広くなっているようだ。

 狩猟狼ハウンドウルフやプレーリー(木)が索敵、案内してくれるおかげで下の階まで比較的早く到達できているが、まともに探索していたら一月かかっても攻略できていないだろう。


 ポーザの推測した、下にいる者を出さないための迷宮という線は正しいのかもしれない。

 まあ、それが死者という予想は外れたが。


 そう。

 逆なのだ。


 逆に天使たちが迷宮を攻略しつつある最中なのだ。


 下の階から、下位の天使が数に任せて迷宮を突破。

 先に出てきた奴らは付近を偵察していた。

 その一組にラゴニアで俺たちが出会ったわけだ。


 そして天使の本隊が一階層目の半ばで侵攻してきたところに俺たちが遭遇した。

 だから本当に危ないところだったのだ。

 あの数の天使が遺跡から出てきたとしたら、ザドキ村なんか一瞬で壊滅してしまう。

 狭い通路で、手練れの俺たちだったから食い止められたのだ。


 だが、下からは高位の天使が上がってきている。

 それらは地上に出たら、国レベルで避難しなければならないほどの力を持つ。

 実際に戦った印象から考えても、過小評価ではないと思う。


 あのルーンの棺の製作者はかなりの力量を持っていたのだろう。

 問題は、ルーン文字が読めなくなるまで文明が隔絶してしまうのが読めなかったことだけだ。


 さらに言えば、マルチの話から凶犬ドッグのリーダー、ポメラニアは棺を“開けさせられた”可能性がある。

 天使の仕業か、あるいは他の誰かが。


 そう思うと凶犬の全滅した原因に疑問点が残る。

 彼女らは、ポメラニアを除いて即死している。

 だが今まで戦ってきた天使たちの攻撃方法は光の光線もしくは物理だ。

 気付かれないうちに即死させる攻撃はないと見ていい。


 ポメラニアをそそのかした誰か、凶犬を全滅させた誰かがいるのかもしれない。


 面倒なことになった、と俺は呟く。

 だが、今回も面倒なことに先に首を突っ込むことで、天使の大侵攻というさらなる面倒を回避できる機会を得た。

 やはり、経験則は正しいようだ。


「四階層の迷宮もなかなか気合いの入ったものじゃな」


 ギュンターがそう言うように、この遺跡の迷宮は広く複雑で迷いやすい。

 迷路の必勝法として、片方の手を壁につけて壁をたどるというものがあるが、その方法は時間がかかるというデメリットがある。

 あとは壁や通路に目印をつける方法もある。

 そういう方法を使わないと、迷う。


 プレーリー(木)はもともと探索特化パーティにいただけあって、頭に地図が入っているらしい。

 どこが頭かはわからないが。


 わさわさと歩いていくプレーリーについていくことおよそ五時間。

 迷宮の様子が変わりはじめた。

 青白く発光するドクロの装飾がびっしりと刻まれた壁が、だんだんとただの石壁になっていく。


「……まるで、間に合わずに通路だけ作ったような感じだな」


 俺のその感想に、全員が頷く。

 この奥に封じた天使たち、それをなにはともあれ閉じ込めておくために作られた通路、という様子がうかがえる。


「ということは目的地は近いということだな」


 ギュンターはルーン剣の柄に手をかけていた。

 いつでも抜き放てるように、無意識で手が動いているのだ。


 そして、それは俺も同じだった。

 鞘に左手を、柄に右手をかけていた。

 腰をきって、抜けば抜刀できる態勢だ。


 先頭をわさわさと歩いていたプレーリーが止まった。


「ん、階段か?」


「いいえ、死の世界の入口よ」


 ズバンと一太刀でプレーリーは袈裟切りで斬り倒された。


 斬ったのは女だ。

 バルカーに答えたのと同じ人物だ。


 茶色の髪、美人だが年相応の苦労がしみついた顔。

 二十後半の女性冒険者だ。

 金属が一部つかわれた革鎧、プレーリーを斬り倒した剣は数打ちのロングソードのように見えるが、ほのかに光っている。


「ポメラニア、だな」


「うふふ。そうよ。マルツフェルの冒険者、いえ今は天使の剣士ポメラニアとでも言おうかしら」


 俺は“霜踏”で一気に接近、抜刀し“氷柱斬”で斬る。

 神速の抜刀術は、よほどの目を持っているか、早氷咲一刀流を体得していなければ対処はできない。


 ポメラニアも対処できなかった。


 が、両断された女冒険者から一滴も血はでない。

 その断面から光があふれ、光がからみあい、やがて肉体を復活させていく。

 血の気の引いた顔に赤みが戻ると、ポメラニアは目を見開く。


「いきなり切りかかるなんて、野蛮ね」


「死に損ないめ」


「違うわ。死を超越したのよ」


「死は超えられるものではない」


 俺とポメラニアは剣を交える。

 ポメラニアの目は青白く輝き、その輝きが強まると彼女の剣の腕があがったように俺の動きについてくる。


「天使への贄となりなさい、冒険者!」


 数打ちとは思えないほどの強度と切れ味のロングソードを振るいながらポメラニアは微笑みを浮かべていた。

 その顔は、上の階層で戦っていた天使たちと同じものだ。


「人を止めたか」


「人を超えたのよ」


 ロングソードと朧偃月が激突する。


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