205.ブランツマークの昔話
第三階層は、事前の調査が無い場所だ。
そのため、これまで以上にポーザの呼び出した狩猟狼が活躍した。
嗅覚に優れ、“潜伏”スキルも持っているため気付かれないで索敵できる。
この狼を利用した地図造りをポーザがやっている。
単独での冒険者歴が長い彼女は、こういった冒険に関する知識と経験が豊富だ。
どうしても、冒険者経験の薄いドアーズは彼女に頼りがちになる。
ポーザの負担軽減のためにも、狩人や盗賊といった探索、索敵に長けた職の人材を育てなければならないな。
「リーダー。そろそろ外の日が暮れそうだけど、どうする?」
探索していたポーザが声をかけてくる。
「外の様子がわかるのか?」
発光している壁のせいで暗くはないが、時間感覚がわからない。
「狩猟狼のハウル君を呼んでだいたい十時間くらいたったから」
「呼び出した魔物の召喚している時間がわかるのか?」
「うん。そんなに正確なわけじゃないけど。ハウル君とかシマコブンザみたいな感覚の鋭い魔物だと特にね」
本人の感じている時間感覚に加えて、魔物と感覚を共有していることからくる補正だろうか。
「なるほどな。時間がわかるのはありがたい」
「まあ、迷宮の中で時間の流れが違うのもよくあることだから過信はしないでね」
「わかった。だが、そろそろ休むタイミングなのも確かだしな」
俺はギュンターに声をかけ、休むことにした。
バルカーとポーザ、ホイール、タリッサが寝ている。
俺とギュンターが見張りだ。
「こう明るいと休んだ気もせんな」
かたわらにルーン剣を置き、いつでも立ち上がれる姿勢でギュンターは俺の前に座っている。
「領主だというのに、戦場暮らしの傭兵を見ている気分になるな」
ん?とギュンターは不思議そうにこちらを見た。
「そうかの?まあ、戦場暮らしも長かったゆえな」
「そうなのか?」
「今でこそ、ブランツマークの領主だ、伯爵だなどと言われておるが、私は伯爵家の三男でな。若い時に家を出て士官したのだよ」
「よくある話だ」
貴族の三男、というのは大変だとは聞く。
後継者である長男、その予備である次男と違い、将来がまったく保証されない。
遺産が少しでも遺されればよい方で、成人すると身一つで追い出されるなんてのはよく聞く話だ。
才覚があれば文官を目指すし、腕っぷしに自信があれば軍人を志したりする。
どうしようもなければ冒険者という受け皿もある。
それなりに学もあって、剣を練習してたりする貴族の子弟は冒険者側としても欲しい人材だ。
性格が良ければ、という但し書きがつくが。
ギュンターもそういう条件で軍人を目指したのだ。
「当時は戦も多くてな。剣の腕もそれなりにあった私は仕えた国で出世した」
本人はくわしく語らなかったが、ここより北にある北限地方のどこかの国だろう。
その地方の英雄の鎧を模して、白い鎧を造るくらいだしな。
「そんなに戦は多かったのか」
「当時はな、大きな戦こそ無かったものの、小競り合いは多かった。魔王軍が攻めてくるまではな」
魔王軍が攻めてきてはじめて、大陸の諸国は団結した。
外敵が来て内部が団結するのは、集団として当たり前のことだ。
だが、魔王軍はそういうのは考えてなかったな。
速攻で殴る。
相手が準備する前に殴る、というのが方針だった。
結局は準備を整えた相手に膠着状態にされ、勇者に魔王様を倒され負けた。
もし、それを考えて国家間の分裂を誘ったり、謀略を駆使してたりしたら、もっと粘れたかもしれない。
しかし、そうなったら今ここに俺はいないだろう。
どちらがいいのか……即答はできない。
魔王様に忠誠を誓った俺。
リヴィをはじめとした人間と友好を深めた俺。
どちらも俺だからだ。
「そのころにはもうここを治めていたんだろ?」
「そうじゃな。あれはもう二十年ほど前か。仕えた国で将軍に取り立てられた私に父と兄の訃報が届いた」
「当主と後継者が……同時に、か?」
「なにお家騒動というやつじゃ。次兄が当主になりたくなり、父と兄を殺した、だけよ」
後継者争いというのはどこにでもある話だ。
権力があって、それを得る資格があるなら欲しくなる。
同じ資格を持っているなら、争うしかない。
「それを抑えたのがあんたか」
「訃報と言ったが、実際は状況を憂えた家臣からの連絡であった。それからは大忙しであったよ」
実家が大変なので帰ります、と簡単に言えない仕事だ。
それでもその国の周辺も安定していたため、ギュンターは将軍職を辞し、故郷へと帰還した。
引き抜いた、というよりは勝手についてきた子飼いの部下や兵、それに帰還途中で雇ったり拾ったりした傭兵などでギュンターのもとには二千の兵が集まっていた。
国、といっても伯爵級が治める都市国家の擁する兵など一万やそこら。
まして当時のブランツマークは内乱でガタガタ、兵力は半減していた。
ギュンターはすぐにブランツマークに入らずに周辺諸国と手を組んだ。
都市国家群のまとめ役であるテルエナ、肥沃な穀倉地帯を有するベーラルなどの領主と会談し、次男の後継者としての不当性と自身の有能さをアピールした。
と同時に、父と長兄についた側の家臣を探し味方につけていく。
さらにサンラスヴェーティアにも協力を要請した。
これは前に仕えていた国がラスヴェート教を国教としていたため、そのコネを使い、後継者としての正統性を教会から保証してもらうためだ。
こうして、周辺諸国との協力、兵力の拡充、後継者の正統性を確保したギュンターはブランツマークへ進撃した。
次兄もけして愚かではない。
彼も彼なりに考えがあり、父や兄の行う旧態依然とした政策への反発が凶行につながっただけであった。
やってきた弟の才覚が、己より勝っていることを彼は理解し、無血降服した。
ギュンターは兄を追放した。
捨て扶持を与えて生かすことにしたが、長兄の遺児に襲われ、両者ともに亡くなってしまった。
次兄には子供はなく、ギュンターがブランツマーク領を継ぐことになった。
そのようにとつとつと己の半生を語った老人は最後に携帯食をつまんだ。
そのまま口に放り投げた。
「パサパサじゃの」
「ずいぶんとやり手だったのだな」
「なに、小賢しかっただけよ。それにその時の協力のせいでいまだにサンラスヴェーティアからは色々言われておるしの」
「魔法道具造りが特徴、だったか」
冒険者ギルドのまとめたブランツマークの資料にはそう書いてあった。
「おう、それよ。内乱のせいで都市も周辺も困憊しておってな。名産物もないとなってな。そこで連れてきた魔法使いの一人が地脈の豊かさに目をつけてな」
地脈というのは、土地に流れている魔力のこと、らしい。
そこら辺に魔力が流れていた魔界出身の俺には気にならないが、こちらでは珍しいらしい。
それで、ブランツマークはその上にあったらしい。
魔力を使用して作った簡単な魔法道具が他国に受けたために、ギュンターはそれを国の特産にすることにした。
日常生活に使えるものや、野営で使えるものなどを冒険者などに販売したり、道具造りに長けた魔法使いを呼んだり、育成したり、いろいろやった結果。
ブランツマークは魔法道具造りの国と認知されるようになったのだった。
「一番売れているのは伝声筒じゃ」
「あんたのところで作っているのか」
遠くの相手まで会話できる伝声筒はさまざまな場面で役立つ便利道具だ。
意外なところでブランツマークと関わっていたのだな、と俺はあらためて思った。




