204.危険度2、そしてさらに下へ
腹部に開いた穴を信じられぬようにプリンシパリティは見た。
そして何も言わずに、穴の周囲から光となって消えた。
「ふう」
と汗をぬぐったのはホイールだ。
瞬間的な障壁展開、そしてそれの維持をこなした彼が戦闘のキーマンとなったのは間違いない。
そして、もう一人。
「よくやった、バルカー」
バルカーである。
上の階で現れた魔物よりもさらに強いと思われたプリンシパリティを一撃で倒した。
もちろん、俺とギュンターのどちらかなら一撃で倒せるとは思っていたが、バルカーも俺の予測以上だったことは嬉しい誤算だ。
「……うん」
バルカーは拳を握ったり、開いたりしている。
「どうした?」
「勝った実感はある……けど、殴った実感が無いんだよな」
「まあ、魔法生物だからな」
「ええやん、ええやん、バルカー君えらい強くなったね」
タリッサがバルカーの肩を叩く。
確かに、ギリアでタリッサと共に戦った時よりかなり成長しているのは確実だ。
誉められて、バルカーはでれでれしている。
その腕をポーザが引く。
「な、なんだよ?」
「行くよ、バルカー」
とそのままどんどん引っ張っていく。
「お、おい」
「ふうん。ヤキモチ焼いちゃって可愛いわあ」
「タリッサ。棺を調べる。ついてきてくれ」
俺は離れた場所に行ったバルカーとポーザを置いて、棺を見に行く。
タリッサとギュンター、ホイールがついてくる。
棺は大理石というか、オパールのように七色に煌めく素材でできている。
中は成人男性がはまるくらいの大きさにようにくりぬかれている。
しかし、使用した形跡はない。
「骸魔導師やアンデッドがいたわけやないんやな」
「だな。後は棺の表面か」
そこにはびっしりとルーン文字が刻まれている。
「うわあ」
「これは……報告書以上だな」
「誰か読めるか?」
タリッサとホイールは首を横に振る。
「“神の宮。御使い、これを封じるために建てられん。開けるべからず”」
ギュンターが読んだ。
「さすがやね」
「古代のエンチャント技術を調べるために覚えた。まさかこんなところで役立つとはな」
「他には?」
「あとは……御使いとやらの危険度じゃな。危険度1、天使の出現、神の宮内部が発光した場合、封鎖すること」
「さっきまでの状態だな」
上の階にわらわらいた有翼の魔物が天使とやらなのだろう。
「危険度2、大天使もしくは権天使の出現、早急に退避し、二度と封印が解けないようにすること」
「さっきの奴がプリンシパリティ、だったな。相当まずい事態になってるってことか」
「少なくとも、これを刻んだ人物はそう考えていたようじゃな。続きがある。危険度3、能、もしくは力の出現。周辺諸国へ避難勧告。帝国法もしくは休戦協定法に乗っ取り、行うこと」
「もっと強い奴が出てきたら、回りの国ごと逃げろ、というわけか」
「帝国法もしくは休戦協定法ってなんやろな?」
今現在、この周囲に帝政を敷いている国は無い。
最後の帝国と呼ばれ、リオニアの原型となったリオン帝国も滅びて何百年とたっている。
「この遺跡は第二帝国時代のものですよね。確かベルスローン帝国の時代。その時の法律なのでは?」
「なるほど。その時にここがさきほどの羽の生えた魔物の大量発生の現場となり、それを封じたのがこの遺跡だったということか」
ギュンターが納得したように頷いた。
「ルーン文字はそれで終わりか?」
「いや、まだある。危険度4、主天使の出現が確認され次第、大陸から避難。暁の主に終息を祈るのみ」
「……そこまでか」
神頼みしかできることはない、ということだ。
「棺を閉めれば、再び封印できるのでは?」
「……どうやろな。一度、封印とかれて、中身が出とるわけやし」
ホイールの提案を、タリッサは苦い顔で退けた。
「ブランツマーク市軍がここを調べた時にわかっておれば……」
ギュンターは冒険者が失踪したあとに、ここを部下に調べさせていた。
その時は何も無かったようだ。
だが、もしその時に再度封印されていれば。
「結果論や。それにまだ間に合わんと決まったわけやないやろ。まだ危険度2や」
タリッサの励ましに、ギュンターは頷く。
「うむ……そう、じゃな」
その時、ガゴンという音と共に床が抜け、棺の下にさらに階段が現れた。
「どないするんや……?」
「封印する方法がわからん以上、退避するのが安全だが」
「しかし、ここをこのままにしておくのも危険、ですね」
ホイールの言葉に俺は頷く。
「調査を続行する。なに、ヤバそうな奴が来たら逃げるさ」
「うむ。私も同行しよう。ブランツマークの付近にこんな遺跡があるのは危険すぎる。少しでも情報を持って帰らねばなるまい」
「ウチはギュンターさんに雇われてるからな。ついていかへんわけにはいかへんやろ」
バルカーもポーザも同意した。
こうして俺たちは未発見の第三階層に足を踏み入れた。
内装は上の階と変わりはない。
気味悪いドクロの装飾が続いているだけだ。
「御使いってなんなんだろうな」
口を開いたのはバルカーだ。
まあ、それを百体以上ぶちのめしてから言うのもあれだが。
「何かからの使者、という意味ですね」
ホイールが答える。
「何の?」
「さあ」
「古い古い神の伝承があるんやけど」
とタリッサが声に出す。
そういえば、彼女は謎の古い神話の神の名前を道具につける癖がある。
そういうのに詳しいのだろうか。
「古い神の伝承……とな?」
「なんでも、今のラスヴェート教会の神々が世界に現れる前、この世には幾多の神々が存在した、らしい。そんでその古い神の中に世界を滅ぼす神が一柱おったそうや」
「世界を滅ぼす神」
嫌なワードだ。
「よう、わからんけど滅びた後に新たな世界を創るとか言う謎の信仰があったとかなかったとか」
「そんなん、別に壊さなくても前のままでよくね?」
バルカーの素直な感想だ。
「まあ、ウチもそう思うけどな。その神や信徒にはそう信じるだけの理由があるんやろ。たぶん……で、その神には人間界で神の意思を代行する七人の使徒と呼ばれる手下がいたらしいんや」
「ほう」
「その使徒という単語と同じ意味の言葉に御使いってものがある、って話なんやけど」
「それって、別にさっきのプリンなんとかの話ってわけじゃないですよね?」
と、やけにポーザが突っかかるように尋ねる。
「ウチもそんなに詳しく知ってるわけやないんや。似たような神様ってだけやね」
「その神とやらはラスヴェート神の悪神退治神話を参照しているようですね。あるいはそっちが元ネタでしょうか」
ラスヴェート教会に属しているホイールが言った。
悪神退治神話とは、教会の主神であるラスヴェート神がいくつかの敵対する神を倒して、神としての覇権を手に入れる、というものらしい。
若年層向けの神話で、血気盛んな若者を取り込むために流布しているとホイールが語った。
教会の考えはともかく、その神話には悪神として滅びを司るスルトという神が出てくる。
七人の敵対者を送り込んできてラスヴェート神を困らせたが、ラスヴェート十二神をはじめとした眷族の神々の活躍で敵対者は倒され、最終的に悪神も倒される、という話だ。
タリッサの話した神話とよく似ている。
というか、その今では消えた神話をラスヴェート教会が取り込んだのだろう。
まあ、その神話が今の状況にどれだけ関係しているかは不明だ。




