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202.最後まで立っていた者が正しい(ケンカ)

 閃いた刀身にはルーン文字が刻まれていて、青白い輝きをまとっていた。

 その魔力に由来する光は、この遺跡の壁を照らす灯りと同じように見える。


 そのほのかな明かりに照らされた老人の顔には、侵入者への敵意がありありと浮かんでいた。

 それにあてられたように、俺も老人へ大太刀を向ける。


 吸い寄せられるようにルーン剣と大太刀がぶつかりあい、青白い火花を起こす。

 老人とは思えぬ力強さ。

 俺の口に自然に笑みが浮かぶ。


 老人の顔にも獰猛な笑みが浮かんでいるが、俺も同じ笑みなのだろう。


 振り下ろした刃が的確に弾かれる。

 後退しつつ、刃を鞘におさめ、抜刀術の構えをとる。


「ぬ」


早氷咲一刀流はやひざきいっとうりゅう氷柱斬つららぎり”」


 神速の抜刀術は、大太刀“朧偃月おぼろえんげつ”によって、その技の早さと威力をいかんなく発揮した。


 見えない斬撃を、しかし老人は防いだ。

 大太刀はルーン剣によって止められていた。


「東方剣術か。リオニアに使い手がいると聞いていたが」


「見えてないと思っていたがな」


 そう。

 確かに老人は俺の剣筋を追えていなかった。


「左様、私には見えぬ剣だった……が」


 と、老人はルーン剣を撫でた。

 それは道具扱いではなく、信頼する友人と接するような、それだ。


「その剣が自分で防いだ、と?」


「認知外攻撃防御エンチャント、というそうだ」


 認知外攻撃防御みえないこうげきをふせぐ

 どういう意図でそんなエンチャントをしたのか。


「己の力量を超えた相手と戦うと、待っているのは死だぞ」


「うむ。それは実感しておる。……だが立場上そうも言ってられぬのでのう」


 目の前の老人は何らかの権力者だとわかる。

 不意をつかれて暗殺など避けたいところだろう。

 それを防ぐのが、あの剣にかけられたエンチャントということか。


「ならば、見えるようにやってやろう」


 俺は抜刀したまま、襲いかかる。

 早さは威力につながるが、それが防がれてしまうのなら仕方ない。

 抜刀術が早さと切れ味で、気づかれぬまま斬る技ならば、これは力任せに見えて正確な太刀筋で相手をぶった斬る“喧嘩剣術”だ。

 師匠にみっちりと仕込まれた戦場剣術でもある。

 ガンガンと老人に叩き込む。

 一撃一撃がさきほどよりも重く、老人は防ぐことはできるが少しずつ後退していく。


「ぐ、ぬう。先の剣より重いぞ」


「重くなるよう斬っている」


 そして、それだけではなく防御の隙間をぬって攻撃している。

 これによって防御こそできるが充分に防げるわけではなく、少しずつダメージが蓄積していくのだ。


 魔物などには通用しないが、対人で使える小技である。


「昔の戦場のような剣術を使うな。懐かしいぞ」


「こういうのもあるぞ」


 振り下ろした刃を老人に防がせる。

 注意が防御にいった瞬間、俺は老人の胴を踏みつけるように蹴った。

 いわゆるケンカキックだ。

 老人はまともに受けて、大きく後退した。


「ぐぬ。まさに戦場の野蛮な技よな。だが使い方が小賢しいぞ」


「戦場ならば、立っている方が正しい。そうだろう?」


「しかり。それもまた真理」


 まともに食らったはずなのに、老人はペラペラとしゃべっている。

 ということは、ダメージはそれほどでもないということだ。


「ずいぶんと硬い鎧だな」


 ダメージを軽減したのは、あの白い鎧だ。


「おう。グランドレンから招聘した鍛治師がつくった鎧に、うちの道具アイテム製造ギルドとお抱え魔法使いがエンチャントした逸品よ。数百年前にオークの大群と激戦を繰り広げた北の英雄王の鎧を模して造ったのだ」


 鎧の話題となると堰を切ったように老人は喋りだした。

 よほど、思い入れがあるらしい。


「オークの大群ねえ」


 魔王軍の中にはオーク族はいない。

 二足歩行する屈強な豚という容姿の魔物だが、ダークエルフの一部族とともに去っていったという伝承だけが残っている。

 その去っていったオークが、どうやら人間の国を襲ったことがあったらしい。


 まあ、今はそれほど関係ない。


「さてさて、やられてばかりでは名がすたる。今度はこちらから行こうか」


 老人はダンっと駆け、距離を詰めてきた。

 全身鎧プレートメイルをまとっているとは思えない速さだ。


軽量化ライトウェイトエンチャントか!」


「英雄の鎧に匹敵する逸品といったであろう?その程度当たり前にかけておるわ」


 老人はルーン剣を振った。

 その動きが二重三重にぶれる。


 残像か?


 いや、全て実体だ。


 同時三連撃とでもいうべき老人の攻撃を、大太刀と鞘、そしてその二本をクロスさせることで防ぐ。


「このやろ」


 老人の顔に不思議なものを見るような表情が浮かんだ。


「ほう。防ぐかね?」


「残像にも攻撃判定があるってことか?」


「いや、三つの斬撃すべてが実体じゃよ」


「分身か何かか?」


「さてな。魔法使いは量子重ね合わせ効果がなんちゃらと言うておったが。私にはわからん」


「わからないものを使ってんのかよ」


 まあ、残像に攻撃判定があるとだけ覚えておこう。


「最後に立っていた者が正しい。そうであろう?」


「その通りだ」


 謎の連撃と鎧の防御性能で老人はごり押ししてくる。

 それを俺は本能的な喧嘩剣術で押し返す。


 しかし、この大陸にもまだまだ強者がいるのだな、と実感する。

 魔法を使っていないとはいえ、素の俺の身体能力についてきている、というのはかなりの実力者であるという証だ。

 魔王軍の調査にも引っ掛からなかった実力者がどれほどいるというのか。


「考え事か?余裕がある!」


 またも放たれる同時三連撃。


「一度見た技はそうそう食らわん!」


 三連撃といえど同じ動作を三つ並べているだけだ。

 ならその軌道は読める。

 右の斬撃は大太刀で弾き、左の斬撃は左手で受け流す。

 真ん中の斬撃は蹴りあげて剣を弾く。


 ルーン剣はくるくると宙を舞い、遠くへ飛んでいった。


「頼りすぎたか」


 老人はぐっと何かを引くような動作をした。

 すると飛んでいったルーン剣がしゅっと老人の手に戻る。


「便利だな」


「私の血で登録されておるからな」


 使い手が追えない攻撃を自動で防ぎ、使い手から離れると持ち手に戻る。

 そんなに便利な剣があるとは、少しうらやましい。


 ルーン剣と大太刀がしのぎを削る。

 二人の、まるで獣のような戦いはしばらく続いた。



「や、みんな元気そうやな」


 と声をかけてきたのはタリッサだった。


「あれ?タリッサさん、どうしてこんなところに?」


 顔見知りのバルカーとポーザは驚く。


「それはウチのセリフなんやけど。まあ、ブランツマークと冒険者ギルドが同じタイミングでやってしまったってことやろな」


「ブランツマーク?……あの爺さん、ブランツマークの?」


「せや。ブランツマーク伯のギュンター・フォン・ブランツマークさんやな」


「え?領主自ら?」


「せやねん。あの爺さん、アクティブ過ぎてな」


 楽しそうにギアと戦う老人を全員が呆れたように見た。


「ということは、ブランツマークと冒険者ギルド、目的は同じようですね」


「新顔やな」


「ええ。神官のホイールです。よろしくお願いします。タリッサ・メルキドーレさん」


 フルネームで呼ばれたタリッサは眉をひそめた。


「ふうん。さかしいんやな」


「いえいえ、知っていただけですよ」


 タリッサはちょっと不快そうだった。


「バルカー君くらい可愛げがあったほうがええで?」


「処世術の一つとしては考慮しますよ」


 笑顔を浮かべて睨みあうタリッサとホイールを見て、バルカーはポーザに話しかけた。


「なんか怖えな」


「頭がいい人同士でマウントを取り合ってるんでしょ」


殴打体勢マウント?」


「バルカー君の思ってるのは物理的なあれだと思う」


「違うのか?」


「まあ、有利な位置を取り合ってる的な考えでいいと思うよ」


「難しいんだな」


 しばらくそんな状態が続いた。

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