201.遺跡突破、そして白との遭遇
「一体一体はそれほどでもない」
「問題は数、というわけですか」
あの有翼の魔物がどれだけ出現するのか。
それが判明していない今、ドアーズは疲れをとるための休息もままならない状態だ。
そして、その思考するための時間すら奪われてしまう。
「リーダー!壁が!」
ポーザの報告の声に、俺は壁を見る。
すぐ側まで、青白く発光しているのがわかる。
そう。
有翼の魔物の出現範囲が拡大している。
バサバサと羽ばたく音も聞こえてきた。
「どうする師匠!?」
「あの量の魔物を外に出したら、ギルドの面子とかいっている場合じゃなくなるな」
「ボクもそう思うよ」
「接敵!有翼の魔物。蹴散らすぞ」
「応よ!」
バルカーの応じる声と同時に有翼の魔物五体が現れる。
どれもこれも微笑みの表情が張り付いた顔をしていやがる。
俺は一気に間合いを詰めて、大太刀を横に薙いだ。
その刃に三体が切り裂かれ、光となって消える。
バルカーが一体、ポーザの使役するフクロウの魔物シマコブンザがもう一体を倒す。
「増援、さらに五体」
ホイールの声が俺たちの気を引き締める。
まだまだ油断はできない。
俺は弾かれたように、現れた有翼魔物の真ん中に突入し、グルリと回転しながら剣を振った。
わずかな抵抗を感じながら一回転。
今現れたばかりの五体が光となって消えていく。
「さらに五体!」
ポーザの声に、今度はバルカーが前に出る。
「バルカー君、援護します」
「頼む」
ホイールは詠唱を始めた。
「光なるもの、我が声に答えて手を貸したまえ。かの者に輝ける守りを“防御上昇”、かの者に栄光の力を“攻撃上昇”、消え去らず続く祈りの癒しを“持続治癒”」
守りを固め、筋力を増やし、継続治癒魔法を高速で唱えるホイール。
呪文の共通部分を省略して詠唱することで、契約した魔法に迫る発動速度を実現している。
回復役、強化役として最適な人物だ。
その援護を受けたバルカーもまた有翼の魔物相手に力戦していた。
強化されてなくても二体程度なら相手にできる彼が、ホイールの強化を受けたことで五体同時に戦闘をこなしていた。
というか、強すぎだ。
常人の成長レベルをはるかに超えて、三級冒険者とは思えないほどの強さ、だ。
バルカーは一度死んだ。
おかしな成長促進をしていた奴と、タリッサの仕掛けた妙な道具の相乗効果で蘇生したが、その後から成長に拍車がかかった。
俺も魔界に行ったり、サンラスヴェーティアに行ったりしてなかなか成長を見る機会はなかったが、独自に依頼を受けて戦闘を重ねていたのは確かだ。
今まで俺が前衛にいて、バルカーには敵を引き付ける役目をやらせていたが、次からはバルカーがメインの攻撃をやらせてもいいかもしれない。
よし、そうしよう。
そんな考えをしているうちに、バルカーは五体を倒していた。
「ふう」
「バルカー、よくやったな」
「おう、師匠」
「今後は、俺とバルカーがツートップで攻撃を担う。敵の引き付けは今回必要ないだろうしな」
「バルカー君に?」
ポーザが心配そうに俺とバルカーを見比べる。
「うん。私もそれがいいと思いますね。彼の武道家としての実力は三級の枠を超えてますから」
「ええ?ボクはそこまでだと思わないけど」
「いや、俺もバルカーの力はかなりのものだと思うぞ」
ポーザは長い間、バルカーと組んで戦っていたからその成長がわかりにくいのかもしれない。
「うーん。そうなのかな。……でも、よかったじゃん。認められたよ、実力」
バルカーに向けて言ったポーザの言葉に、言われた本人は頬をかいた。
照れているらしい。
「よし。それじゃ、そろそろ次のお客さんが来るぞ」
羽ばたきとクスクス笑いの声が通路の向こうから聞こえてくる。
有翼の魔物が接近してきたようだ。
「よっしゃ、行くぜ」
バルカーは突っ込んでいった。
「あ、まだ、強化かけてませんよ!?」
ホイールがあわてて詠唱を始める。
「もう、バカなんだから!」
ポーザの呆れたような声。
うむ。
いつものドアーズだ。
その後も有翼の魔物との戦闘は続き、さらに百体以上倒すことになった。
そして、俺たちはわずかずつ進み、ついに下への階段へたどり着いた。
有翼の魔物たちは下の階、棺の置かれた玄室から出現していたらしく、階段を塞ぐことでそれ以上の出現を阻止することができた。
「ラゴニアで戦ったのは、斥候かなんかだったのかな?」
ようやく一息つけた俺たちは、携帯食をつまみながら休憩していた。
瓦礫を突っ込んだ階下からはごとごと音をたてている。
有翼の魔物が階段を突破しようとしているのだろう。
長い間はもたないだろうが、今は少しの休息もありがたい。
「時期的にも、この遺跡に凶犬が調査に来たあたりだしね」
凶犬。
マルツフェル冒険者ギルドに所属していた三級冒険者パーティ、だった。
リーダーはポメラニアという女性の戦士。
彼女の幼なじみの盗賊の男性ブルドク、魔法使いのマルチ、森術士のプレーリーの四人で構成されたパーティだ。
魔物との戦闘や荒事にあまり積極的に参加しなかった彼女らは、かわりに遺跡の探索を主にしていた。
ガルトーリア遺跡の調査や三階層までしかないと思われていたベレール地下要塞の四層目を発見するなど、遺跡探索にかけてはマルツフェルでも一目置かれていた。
だが、四年前そんな彼女らは一転して仕事が減ってしまった。
そう、魔王軍の侵攻である。
大陸中に魔物が押し寄せているなか、遺跡の探索に金を出す奇特な依頼人は無く、兵が前線に行く間の魔物討伐などが主な依頼になっていった。
遺跡の中などの限定された状況ならともかく、勝手のわからない開けた場所での戦闘は彼女らに不利に働き満足に依頼をこなせない日々が続いたのだ。
そして、去年。
魔王は討たれ、魔王軍は去っていった。
まだまだ魔物は大陸中にあふれているが、目の前の危機は去った。
徐々に、遺跡探索の依頼は増え始めていった。
中にある宝物や過去の遺産は大きな利益になる。
財宝を望む者、遺産を手にしたい者、過去の知識を得たい者、そんな者らは再び依頼を出していったのだ。
ブランツマーク伯の出した依頼は、過去の実績から信頼のおけるパーティが引き受けることになった。
そう、マルツフェルで一番の探索専門パーティ“凶犬”へと。
喜びいさんでブランツマーク、そしてザドキへ向かった彼女らは遺跡に潜り。
「しかし帰ってこなかった……か」
マルツフェル冒険者ギルドのギルド長ガンヴォルトからもらった資料の中身を思い出す。
彼女らはこの遺跡で、何を見て、何を思ったのか。
この下の階にあるという棺の中から、何を目覚めさせてしまったのか。
束の間の平穏は、しかし破られた。
しかもそれは、下からではない。
「おや、こんなところに人がおる……いや、人か?」
遺跡の入口からここまではなかなかの迷路だ。
それを突破してきた人物。
俺は腰の大太刀の柄に手をかけ、ゆっくりと立ち上がった。
考えられるのは、ブランツマーク市の手の者、もしくは遺跡の関係者、あるいは凶犬の生き残り。
だが、ブランツマークの人間が普通はわざわざこんな遺跡に入らないだろう。
そして、資料に残っていた凶犬の奴らの特徴とも違う。
ならば遺跡の関係者。
そう思って見れば、白い鎧の老人はこの青白く照らされた遺跡に住んでいてもおかしくないように見える。
「何者だ?」
「それはこちらのセリフじゃな」
俺と老人はほぼ同時に踏み出した。




