190.ちなみに予約を入れなくてもリヴィなら顔パスで入れる
「夏期休暇明けの二学期は、さらに実践的な魔法教育を進めていきます」
学長のマドスベルは、講師たちにそう告げた。
ほとんどの生徒は学園を出て帰路についている。
残っている生徒もいるがごく少数だ。
講師室の周囲も静かで、学長の声がよく響く。
「しかし、学長。これ以上のカリキュラムの増加をはかるには講師の絶対数が足りませんよ」
二組の担当講師トラッシュが言った。
マドスベルは頷く。
「確かに、私を含めて四名の講師で一学期はやりくりしましたが、皆さんにかなりの負担をかけたことは反省しております」
一番こきつかわれたのはメリジェーヌだが、バーニンもトラッシュもそれなりに走り回ったのだ。
実地研修をしたときなど、研修空間の魔法的構成はメリジェーヌがやったが、バーニンもトラッシュも役所などの関係各所に許可を取りに行ったり、生徒の親なり保護者なりへ事情説明をしに行ったりと大変だった。
「リオニア王の後ろ楯があるとはいえ、危険なことをする場合の法的根拠が乏しい場合がありますからね」
というバーニンの意見にトラッシュが頷く。
少々性格に難があるとはいえ、彼もそれなりに有能なのだ。
「それも含めて、講師なり事務方なりの増員を図っております。休み明けに間に合うように調整中ですので、皆さんには追って伝えます」
講師の増員と聞いて、バーニンはホッとする。
いろいろ、大変だったなあ、とこの数ヶ月を思い返す。
特にあの転校生が来てからが大変だった。
怯まずに立ち向かったおかげで、生徒からはある程度の信頼を得ることはできたが、それがこの先持つかはわからない。
「ところでトラッシュ君。二組は、その、大分割れているようだね?」
「学生身分で派閥争いなんて早いと思うんですがね。まあ、貴族の血に染み付いた本能のようなものなのでしょうな。私も抑えようととはしているんですが」
「抑える必要はありません。むしろ、推進してください」
「失礼、学長。派閥争いを、推進、ですか?」
トラッシュの疑問は、メリジェーヌ、バーニンの二人も覚えた疑問だ。
クラス内の協調がなされなければ色々な不備が起こるだろう。
いまいち学長の真意が読めない。
「ええ。一組はぶつかり合いで派閥が統制されました。これは素晴らしいことです。しかし、誰もがその方法を選べるわけではありません。どうしても割れてしまうのなら、中途半端ではなく思い切り割ってしまうべきです」
「割った結果がどうなるか……」
「競争意識が高まり、個々の成績があがる可能性があるとは思いませんか?」
「それは、確かにそうでしょうが」
「最終的には生徒は卒業します。その時にどれだけの実力を身に付けるかは本人の資質もそうですが、我々講師の手腕にかかっています。ひいては王国の、大陸のパワーバランスまで視野に入れて指導しなくてはならないでしょう。だが優先すべきは生徒の成長です。それは肝に命じていただきたい」
クラスが支えあって成長するもよし、いがみあい競争することで成長してもいい。
一人のリーダーが強烈に皆を引っ張りレベルアップさせるのもいいだろう。
全ては生徒の成長につながるのだから。
子供は子供で大変だが、大人は大人で大変だという話だ。
「ニコズキッチンへ行きましょう!」
とリヴィが元気よく提案した。
帰路である。
もうすでに学園の建物は小さくしか見えない。
逆にリオニアスの街は近付き、そのにぎやかなざわめきも聞こえて来る。
「ニコズキッチン……というと、リオニアスで人気のあるレストランではなかったかしら。超人気で予約は一年待ちと聞いたことがあるわ」
キャロラインは確かにお腹がすいたわ、と思いながら言った。
「確かにお腹すきましたね」
フォルトナも賛同する。
もちろん、ナギも否というはずはない。
久しぶりの学園の外での食事がニコズキッチンなら言うことなし
、だ。
「と、言うと思ってな。席を予約してある」
「さすがギアさん!」
リヴィはギアにとびついた。
普段のリヴィとの差に、キャロラインが驚く。
「驚きましたでしょう、キャロラインさん」
「え、ええ。あの一見優しそうでその実傲岸不遜なリヴィエールが、こんなに甘えん坊になるとは思いもしませんでした」
「聞こえてますよ、キャロライン」
「ところで私もご相伴してもよろしいのかしら。できれば噂のニコズキッチンに行きたいところではあるのだけど」
予約が一年待ちのニコズキッチンに、急に一人増えたと言っても大丈夫なのか?
もし、だめなら先にニューリオニアに帰ってもよい。
もともと、一人で帰るつもりがリヴィエールに捕まって、一緒に帰ることになったのだ。
予定通りでも問題はない。
ちょっとだけ、寂しいだけだ。
「一人くらい問題ないさ」
と、ギアは言ったが。
そのうちに一行は、宿屋街にあるニコズキッチンに到着した。
案の定、外には長蛇の列ができている。
「これは予想以上ですわね」
「ええ」
はじめて、ニコズキッチンを訪れたキャロラインとフォルトナが口を大きく開けながら、この店の人気に呆れていた。
「これに並ぶとなると、ちょっと覚悟がいりますね」
という感想をキャロラインが漏らしている間に、ギアが店に入った。
「おい、さっさと来い」
「はぁーい」
リヴィが続き、ナギもその後ろから店に入る。
キャロラインとフォルトナはこの列に並ばなくてもよいのか迷ったが、顔を出したリヴィが呼んだので店に入った。
店の中は全てのテーブルが埋まっている。
やはり待たねばならないのか、とキャロラインが思いかけた時、声がかけられた。
「これは“大事な友人”の方々ですね。オーナーから仰せつかっております。こちらへ」
王宮の執事として働いても問題ないほど洗練された態度のウェイターだった。
分かる人には分かるレベルだが。
けして街のレストランで働いていていい人材ではない。
そのウェイターは一行を二階に連れていった。
「へぇ、二階席を作ったんですね」
「はい。オーナーがこの店を持ち主から買い取りまして、つい先日改装が終わったばかりでございます」
ニコズキッチンはおそらく宿屋だった建物をレストランにしている。
多くの宿屋がそうであるように一階は酒場であったのだろう。
そこに椅子とテーブルを持ち込んでレストランに仕立てたのだ。
二階は普通の宿なら客室になる。
しかし、ニコズキッチンは二階を大胆に改装した。
おそらくは予約の客用のテーブルになるのだろう。
一体オーナーというのはどんな人物なのだろうか。
貴族あるいは大商人か。
「お久しぶりですね。リヴィエールちゃん」
そんな推測をしていたキャロラインの前に現れたのは、自分と同じくらいの年の女性だった。
「ほんとだねぇ。ここも久しぶりだよ」
「今日はゆっくりしてってね。料理はすぐできるわ」
「めっちゃ、楽しみ!」
「ね、ねえ。リヴィエール、彼女は?」
キャロラインはそのリヴィエールと親しげに話す女性が気になった。
「あ、そうだ。紹介しますね。彼女はニコ。わたしの幼なじみで、このニコズキッチンのオーナーです。料理がめっちゃうまい」
「リヴィエールちゃん、ハードルあげるの、やめてよね」
「え?彼女がオーナー?」
「ニコちゃん。この娘はキャロライン、こっちの娘はフォルトナだよ」
ニコは微笑みながら二人に挨拶する。
「キャロラインさんに、フォルトナさんね。どうぞ、ゆっくりとくつろいでくださいね」
さあ、料理作るわよ、と言いながらニコは一階へ降りていった。
「やっぱり類は友を呼ぶのね」
「何の話ですか、キャロライン?」
リヴィエールの知り合いだけあって、あのニコという女性もただ者ではないとキャロラインは判断した。
ちなみに料理はめっちゃくちゃ美味しかった。




