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19.抜刀術

 キィン。


 と音が鳴った時には既に斬られた後である。

 彼女の修得した剣術。

 早氷咲はやひさき一刀流、という示現流とともに東国から伝わったとされる流派だという。

 その剣の速さは、剣で人を斬るとき鍔鳴りの音だけがして剣の出入りは見えなかったといわれるほどである。

 しかし、この大陸に伝わって以来、その極意に達した人間はいない。

 ただ一人、レインディア・ドリュー・ハインヒートという人物を除いては。


 彼女に早氷咲一刀流を伝えた剣士もまた凄腕であったが、彼女ほどの剣の冴えに至ることはなかった。

 噂では、己の知る全ての剣の技を伝えた後、魔王軍のもとに向かい四天王の一人である“剣魔”に挑み敗れたという。


 だから、その最速の剣がかわされた時、彼女は動きを止めてしまった。


「私の剣を……避けた?」


「危ない危ない。一度見たとはいえ、やはりかなりの速さだ」


 追撃が来ないのはなぜか、俺は考えていた。

 回避で精一杯で、次の剣への備えを怠った俺は二の太刀に斬られてもおかしくなかった。

 なんだろう、剣術の次の動きへの姿勢を整える残心というやつか、それとも連撃はできないのか。

 ただの気まぐれという可能性もあるな。


「一度見ただけで、私の剣をかわした、と?」


「ああ?まあ、見たしな。それにそのくらいの速さの剣は師匠に嫌というほど食らったよ」


 俺の師匠である魔人の中でも高齢の老人は、魔界と人間界に伝わるありとあらゆる剣術の流派を網羅していると言われていた。

 そして、その中から弟子に使いやすい技術をピックアップして伝承するというわけのわからない指導をしていた。

 故に、彼の弟子の剣術は同じものが一つとない。

 同期の弟子でもまったく別の技術を教えられることもある。

 年は違うがバルドルバとは同期だったが、奴は騎士剣術、俺は格闘も含んだ荒い剣術を教わった。

 そんな師匠から受けた修行のことは今でも覚えている。

 まあ、戦いの最中に考えることではないな。


「ふ、ざけるな!」


 キィン!


 と、さっきより速くレインディアの剣が俺を斬りに来る。

 だが、完璧に見切っている俺はほんのわずかに身を揺らしかわす。


「ふざけてなどいないさ」


 レインディアの納刀と同時に俺は剣を振る。

 もし、さっきの動きに何か意味があるならこれでわかるはずだ。

 振られた剣はまっすぐ吸い込まれるようにレインディアの左肩を斬り……裂かずに空を切る。


「早氷咲一刀流“空蝉うつせみ”、“氷柱斬つららぎり”」


 声が横から聞こえた時には、その方向から刃が迫っていた。

 瞬間的な回避と納刀からの抜刀、それが驚くべき速さで組み合わさったのだ。


 だが、まだ師匠の剣よりは見える。


 彼女の剣の間合いのわずか先へ。

 空を切った剣にさらに力を込めて、地面を殴打。

 そのまま、間合いの外へ体をよせる。


 氷柱のような硬いものも両断するであろう彼女の剣は空を切るが、その動きもどうやら想定済みのようだった。

 自然な円を彼女の剣の軌道は描き、そのまま鞘へ納まる。

 納刀された剣は、また新たな攻撃の起点となる。


「これは避けられますか?“霜踏しもふみ”」


 さらなる剣が迫る。

 だが、俺とて既に姿勢を取り戻している。

 さらに回避。


 した時、彼女の氷のような顔に笑みが浮かぶ。

 さきほどの緊急回避、“空蝉”によって彼女が見せた瞬間的な動きを忘れるべきではなかった。


 彼女はさらに高速で一歩踏み込んだ。


 その一歩がどれほど剣の間合いを広げることか。

 その切っ先はついに俺を捉えた。


 頬に一筋、二センチほどの傷。

 そこから血が流れる。


 たった二センチ。

 しかし、それは彼女の剣が俺を攻撃しうる証明だった。


 キィン。


 納刀の音。


「“雹雨ひょうう”」


 今度は避けるのが難しい上からの剣。


「“氷柱斬”」


 横方向への剣。

 両方ともなんとかかわすことはできた。

 回避で精一杯とも言える。

 それにしても。


「……」


「気付きましたか?」


「まさか、技のパターンは四つしか使わないのか?」


 横方向の剣、“氷柱斬”。

 縦方向の剣、“雹雨”。

 緊急回避、“空蝉”。

 攻撃中に駆動する“霜踏”。


「実践的な技はこの四つですね。そして神速の抜刀術を起点としたこの技群を総称して“吹雪ふぶき”と呼びます」


「四つしか使わないのではなく、四つで充分というわけか」


「はい」


 とレインディアは嬉しげに笑う。

 戦いが嬉しいのではなく、流派を誉められて嬉しい、のようだ。


 そんな彼女の笑みを消し飛ばすように、俺は動く。

 剣を鞘におさめ、抜刀する。


「“氷柱斬”、“氷柱斬逆手つららぎりさかて”、“雹雨”、“空蝉”、“逆雨さかさあめ”」


 緊急回避を組み込んだ四連撃を、彼女はギリギリで回避した。


「な、なんであなたが早氷咲一刀流を!?」


「見たことがあるのさ」


 師匠は様々な流派を極めていた。

 そして、それを弟子に使い対抗策を自分で考えさせることをよくやった。

 示現流への先制攻撃もその一つだ。


 神速の抜刀術に対抗する方法もいくつか考えられた。

 一番は、剣で斬れない鎧を着ることだった。

 もしくは物理攻撃無効の耐性を得ること。


 どちらもできなかった俺は、師匠に頼み込み早氷咲一刀流をはじめとした神速の抜刀術を覚えることにした。

 神速には神速、である。


 師匠は呆れた顔をしていた。


「見たことが、ある……というのは確かみたいですね。逆さ技は私が不要と判断した技ですし」


 “氷柱斬”や“雹雨”などの斬撃技には本来の剣筋とは逆に斬る逆さ技が存在する。

 剣の流れを遮るようなこの技は、レインディアは嫌ったようだが、俺は師匠から特に重点的に教わった。


 師曰く、逆さ技は熟練者に対する奇襲技である。

 慣れた者ほど逆さに走る剣に対応が遅れる。

 神速の剣に遅れは致命的。

 即ち、逆さ技は対早氷咲一刀流の剣である。


 速さではレインディアの方が速い。

 技の熟練度も、だ。

 だが、俺にはこの逆さ技がある。

 速さの差は奇襲で埋める。


「行くぞ」


 両者同時に“氷柱斬”。

 速さではレインディア、剣の重さでは俺が上。

 つまり、互角。


 レインディアは“雹雨”、俺は“氷柱斬逆手”。

 上からの斬撃故に重さはレインディア、しかし逆手の意外性により剣の正確さは俺が上。

 つまり、互角。


 二度、三度と抜刀術は繰り返される。

 その度に、剣と剣がぶつかり、技と技がぶつかりあう。


 俺の剣をレインディアが“空蝉”で回避し、“氷柱斬”を繋げる。

 俺はそれを“霜踏”で前に回避しつつ攻撃。

 レインディアは“氷柱斬逆手・・・・・”で受ける。


「おいおい、不要だったんじゃないのか?」


「今は、必要です」


 俺の優位性がぐらつきはじめた。

 なにせ、レインディアは教わったことを全て使いはじめたのだ。

 逆さ技を、である。


「早氷咲一刀流“霜踏”」

「早氷咲一刀流“霜踏”」


 奇しくも二人の攻撃は同じものが選ばれた。

 踏み込みによって間合いと威力の増すこの技は、勝負を決めるのに相応しい。


 彼女の顔には笑みが浮かんでいた。

 戦いへの歓喜だ。

 そして、口角の感覚からどうやら俺も笑みを浮かべているようだ。

 笑いとは威嚇の表情だと聞いたことがある。

 お互いに相手を倒そうと威嚇しているらしい。


 面白い。


 神速の剣同士がぶつかり、ギィンと音をたてる。

 鍔迫り合い。

 この瞬間を越えたら、次はどんな技でくる?

 どんな技を放とう。


 戦いの中で、俺たちは二人だけだった。


 だから、気づけなかった。


「“魔槍錬成ジャベリナイズ”」


 リギルードによって生成された槍が俺を貫くまで。

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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっとマンネリ化するのが早すぎましたね。
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