18.一難去ってまた一難
斬りつけた剣は槍使いの鎧が突然爆発したことで弾かれた。
「!?」
さらに爆発によって、槍使いは詰められた距離を取ることができていた。
「技術部の腕もたまには役に立つ」
槍使いは無傷だ。
いや、斬りつけた箇所は鉛色の装甲が剥げ落ち、中に黒鉄の鎧が覗いていた。
「鎧の上に鎧……?」
いや、そんな単純なものじゃない。
「まったく、軌道滑落装甲を無視する力技のせいで、爆発反応装甲まで発動するなんて、テストにはいいだろうがな」
槍使いの呟きで、ようやく理解した。
黒鉄の鎧と鉛色の鎧の間に、衝撃によって爆発する物質なり魔法を仕込んであるのだ。
攻撃を受けるとそれが爆発し、柔らかい鉛の装甲を吹き飛ばして攻撃を無効果する。
爆発反応装甲とはよく言ったものだ。
そして、鉛色の鎧自体も長い名前の装甲のようだ。
バルカーの話から、攻撃を受け流すような形になっているのだと予測できる。
正確な攻撃ほど受け流され、強い攻撃は爆発で弾かれる。
「なかなかに厄介だな」
「だろう?」
「だが」
また、台詞終わりで急接近。
この速さの緩急に槍使いはまだ追い付けていない。
「爆発反応とやらがどこまで持ちこたえれるか、試してみるか」
槍使いの認知を超える速さでの斬撃。
鎧に衝撃が加わる。
そして、爆発。
「ぬぁッ!?」
吹き飛ぶ槍使いを追撃。
爆発で距離を取れるとはいえ、その爆発自体が必ず外側に向けて発生することを俺は気付いていた。
そもそも、鎧の内側に爆発などしたら自殺行為だ。
つまり、爆発によって吹き飛ぶ位置も予測可能というわけだ。
吹き飛ぶ位置へ先回りし、鎧を斬りつけ爆発。
吹き飛ぶ槍使い。
吹き飛ぶ位置へ先回りし、鎧を斬りつけ爆発。
吹き飛ぶ槍使い……。
それが十数回繰り返された。
ようやく、槍使いも目が追い付いたらしく、俺の攻撃を回避し、空中へ浮き上がる。
「き、貴様!私を虚仮にしおって!!」
「ふん。鉛色がほとんど剥げて、黒鉄のいい色が出ているぞ。なあ、リギルード」
「!?……いつから……」
槍使いは驚いた声で言った。
「その黒鉄色の鎧は今日の昼間に見たものだから覚えていた。そして、街道で小鬼どもと戦った時、あんたは見事な槍の連撃で小鬼を倒した」
「!」
「あの時の槍も、バルカーを襲った時のような魔法の槍なんだろ?そうだな、確か武装生成系統の“魔槍錬成”だったか」
「ッ!そこまで……」
「貴様の一存か、騎士団とやらの差し金かは知らないが、お前の命は無いものと思え」
「黙れッ!“魔槍錬成”!!」
空中から槍使いは次々に槍を生み出し、投擲してくる。
いや、もはや投擲などではなく射出というのが正しい。
射出された槍は、俺の周囲に着弾し、もうもうと土煙をあげる。
視界を遮ることで槍を確実に当てるのが目的だろう。
視界を遮る、ねえ。
そいつは俺の十八番だ。
「“暗黒”」
魔力によって槍使いの視界は強制的に真っ暗になる。
この暗黒と契約している俺は、魔力の消費量によって効果を上下できる。
弱いものではめまいや立ちくらみを引き起こしたりするし、一番頻繁に使用する視界を阻害する効果は意外と魔力消費量が少ない。
今使ったのはさらに上の段階、視界だけではなく五感にも不具合を起こすものだ。
ただまあ、そんなに強い効果は出ない。
耳が遠くなったり、匂いが薄くなったり、肌感覚が鈍ったり、味が薄口に感じられるというものだ。
そして、それが視界を真っ暗にしつつ、同時に発現する。
一つ一つの効果は小さなものだ。
しかし、それが五感全体に重なれば、戦いという状態の中で大きな不利となるのは間違いない。
五感を制限された槍使いは“魔槍錬成”を連発することを選んだ。
残された感覚から一撃必殺の槍を繰り出されるのを警戒していたが、楽な方をとったようだ。
連発した槍があわよくば当たることを狙っているのだろうが、そんな覚悟の無い槍に当たるほど俺は弱くはない。
俺は跳躍する。
足の筋肉を目一杯使って飛び上がり、その先にいた魔槍を踏みつけ、そこを足場にさらに跳躍。
無尽蔵に放たれる魔槍は、逆に言えば槍使いへ続く階段と同じだ。
いくら“飛行”魔法で空中へ浮かび上がったとしても、道は続いている。
そして、俺のかけた“暗黒”の効果が切れた時、俺はすでに槍使いの上空にいた。
俺が下にいないことを不審に思った奴が、気配を感じて上を見る。
そのまま奴は驚きに目を見開いた。
「な、んで?」
「落ちろ」
振るった剣の一撃は、奴の頭を強打する。
鉛色の兜が爆発し、剣の威力を減衰するものの、ここは空中。
頭部を攻撃されたことで、槍使いの集中は途切れ、“飛行”は効果を失った。
そうなればあとは落ちていくだけだ。
一直線に落ちた槍使いは地面に衝突する。
その瞬間、背部にあった爆発反応装甲が爆発。
落下ダメージを緩和したものの、しばらく動けないほどのダメージを受けて槍使いは立ち上がれない。
俺は自然落下し、着地の際に体をひねりながら衝撃を分散する。
何度か転がるも、無傷で立ち上がる。
俺はそのまま、仰向けになっているリギルードに近付く。
「リヴィはどこだ?」
「ずいぶんと……執着するのだな?」
「当たり前だ。あれは俺が人間界にいる最大の理由だぞ」
「そうか。なら、私は目標を誤ったのかもしれないな」
「ああん?」
「いや、ある意味では正解か」
「どういう意味だ!?」
そこへ、駆けてくる足音と、凍りつくような速度の剣撃が放たれた。
本能的に俺は回避し、リギルードから距離をとる。
「貴様、我が部下に何をしている!?」
女の声。
長く伸ばした金の髪。
冷たく美しい顔は怒りが浮かび、夜半にもかかわらず白い鎧を着用している。
「レインディア・ドリュー・ハインヒート」
相手の名を呼ぶ。
「貴様は……ギア……殿か?何をしている?」
「団長!お逃げください!こいつは冒険者ギルドを襲撃、そしてそれを止めた冒険者や私を攻撃してきました。どうやら、それが奴の目的のようです」
寝転がったままのリギルードが早口でわめく。
まるで、正常な判断をレインディアにさせないように、それでいて焦燥させるように。
「おい、何を」
言っている、という俺の言葉は続くレインディアの口上にかきけされる。
「なるほど、貴様が真犯人か!」
「は?」
「そうです、団長。奴が破壊騎士ガインツ卿殺害の犯人です!」
「そうであろうな、この卑怯者め。リオニア王国騎士団の正義の刃に倒れるがいい」
「てめぇ、リギルード!ただで死ねると思うなよ!」
「黙れ、ギア!リオニア王国騎士団団長、破魔騎士レインディア・ドリュー・ハインヒートが裁きを下す!」
「破魔騎士だと!?」
昼間にリヴィが言っていた。
リオニア王国騎士団には四人のすごい強い奴がいる。
破壊騎士、破刃騎士、破炎騎士。
そして、破魔騎士。
そう名乗った彼女の実力がもし、噂の通りなら面倒が増えたことになる。
やっぱり、こいつらは厄介を運んできたのだ、と俺は理解せざるをえなかった。




