17.戦いの夜の始まり
「やっぱりギアさんのこと待ってようよ」
ギアがギルド長に呼ばれて、リヴィとバルカーは先に帰ることにした。
その帰路の途中だ。
「けどよ。師匠に言われたんだぜ?」
先に帰れってさ、とバルカーは言った。
長い1日だった。
朝早くから森に行き、小鬼を倒すために準備をし、戦い、倒した。
その疲労は若い二人に間違いなく蓄積されている。
正直言うと、バルカー自身は家に帰って寝たい。
報酬は充分もらったから、妹にも何か買ってやれるだろう。
だからもう今日はこれ以上動く気になれない。
しかし、リヴィエールも大事な妹分である。
冒険者になるときも世話をしたし、今もこうやって共に冒険をきている。
彼女を置いて帰るという選択肢はなかった。
ギルドのある区画から、住宅街まではそんなに遠くはない。
少しくらい遅くなってもいいか、とバルカーが思ったその時。
凄まじいプレッシャーが降りかかってきた。
「ッ!リヴィエール!」
「バルカー君、上!」
プレッシャーの来た方向、上を見るとそこには鉛色の鎧をまとった何かが浮いていた。
人型だから、おそらくは人間だとは思うがバルカーはそこまで判断できない。
顔まで隠した全身鎧は月の光を反射してギラギラと輝いている。
美しい月の光の反射とは思えないほど、凶悪な輝きがそれから放たれる。
その手には槍が握られている。
ほとんど動きを見せずに、槍は投げられた。
たまたま回避できたバルカーの横に、さっきまで立っていた場所に槍が突き刺さっている。
「な……!?」
「バルカー君、もう槍が!」
地面に突き刺さった槍は青白く霧となって幻のように消えた。
そして、上に目をやると鉛色の槍使いの手に再び槍が握られているのが見えた。
「くッ!」
今度はバルカーは大きく飛んで避けた。
予備動作の無い空中からの投擲という攻撃は、厄介すぎる。
バルカーが避けられるのは、師匠のギアの剣筋を見ていたからだ。
一流の剣士の、剣の速さを知っているがゆえに紙一重でバルカーは避けられる。
その後も、槍による空爆は何度も続いたがバルカーは被弾しなかった。
「く、くくく。てめぇの槍なんざ、俺にはあたらん!正々堂々、降りてきて戦ったらどうだ」
槍使いは一度バルカーを見ると、ゆっくりと降りてくる。
まさか、本当に降りてくるとは思わなかったが、拳を使っての肉弾戦ならまだ勝機はある。
「肉弾戦ならまだ勝機はある、とでも思っているのか」
まるでバルカーの心を読んだかのように鉛色の槍使いは言った。
兜の中でくぐもった声は、聞き覚えのないものだ。
「あ、ああ。そうさ。俺はこのリオニア冒険者ギルドで二番目に強いからな」
「ほう」
ズン、と重い衝撃が左肩に走る。
そして、激痛!
「な、ぐ、ああ!?」
青白い霧となって、バルカーの肩に突き刺さった槍は消えた。
「見えもせず、反応もできず、か」
槍使いは恐るべき速度で槍を繰り出し、バルカーの左肩を突き刺した。
その速さはバルカーの認識できる速さを越えていたのだ。
「ぐ、くそ!」
「この程度で二番目とは、な。私が出るまでもなかったか」
「舐めるなッ!」
今出しうる全力を持って、バルカーは右拳を振るった。
痛みも無視する。
踏み込みから、全身の筋肉をフル活用して、正拳突きを放つ。
その拳は槍使いの間合いに入り込み、鉛色の鎧に触れる。
ぬるり、とバルカーの拳はいなされた。
目の前の槍使いのまとう鎧の表面に目には見えない凹凸があり、攻撃をいなすことができる。
それを知っていたからといって、バルカーにはどうもできなかった。
「貴様のような雑魚には構っていられぬ」
槍使いは槍の石突きを跳ねあげて、バルカーを殴打した。
何度も、何度も。
顔面から、手足、胴体、打たれなかった場所はない。
それでも意識だけは手放さずバルカーは叫ぶ。
「逃げろ、リヴィエール!ギルドへ行け!」
「でも、バルカー君」
「いいから、行けッ!」
リヴィエールが背を向けて走り出すと、槍使いの槍の石突きはバルカーのみぞおちに叩き込まれた。
息すらできず、苦痛にもだえながら、バルカーは地面に倒れた。
「ああ、面白いことを思い付いた」
槍使いは唐突に呟く。
そして、一言「飛行」と詠唱する。
それが魔法と契約している者の詠唱だと、バルカーはわかった。
彼が師と仰ぐギアが教えてくれた。
長大な呪文を唱えずに魔法を使う方法がある、と。
そして、それは強者の証だ、とも。
呼吸すらままならないが、声を張り上げる。
「逃げろッ、リヴィエール!」
しかし、リヴィエールは槍使いに先回りされ、みぞおちに石突きを叩き込まれた。
バルカーほど体を鍛えていない彼女は、その一撃で昏倒した。
彼女をかかえて、槍使いはバルカーの方を向く。
「わざと致命傷は与えなかった。しばらくすれば歩けるはずだ。ギルドに行き、一番強い奴に伝えろ。“来い”とな」
もう一度、槍使いは「飛行」と唱え、来たときと同じように宙に舞い上がり、飛んでいった。
今にも途切れそうになる意識をつなぎとめて、バルカーは這うようにギルドへ向かった。
事の顛末を聞いてユグは頭を抱えた。
心配なのは、その襲ってきた相手である。
知らなかったとはいえ、彼の逆鱗に触れてしまった。
「こちらにも動きはあるじゃろうな」
と立ち上がり、控えていたギルド医師のレベッカにバルカーを預ける。
そして、硬めに障壁を展開する。
リオニアスタンピードの時よりは柔らかいが、その分魔力消費量は少ない。
長期戦になるかもしれん、と判断した結果だった。
「ギルド長、俺たちに手伝わせてくれよ」
聞き覚えのある声、しかし長い間聞かなかったそれ。
ギルドの扉を開けて入ってきた人影にユグドーラスは思わず目をみはる。
「お主らは……」
四つの人影がユグドーラスの前に立った。
謎の槍使いを追っていた俺は、あちこちにある魔力の残滓をたどる。
そして、ある確信を得ていた。
追わせている。
相手はギルドで一番強い者を呼んだらしい。
ならば、誰が来るのかはわからないだろう。
つまり、俺を狙っているわけではないということだ。
リヴィが捕まり、バルカーが襲われたのはたまたまそこにいたから、だろう。
相手の狙いは、ギルド自体。
貯蔵されている宝物?
詳細な地図?
それとも、ユグドーラスの命?
何が目的かはわからないが、ギルドから戦力を引き剥がし、襲撃するつもりなのは間違いないだろう。
それでも、俺は追っている。
ギルドの面々のことを大切に思っていないわけじゃない。
ユグをはじめ、親しい者も何人かいる。
しかし。
リヴィは、俺の帰るところなのだ。
彼女を失うことは考えられない。
例え、他のすべてを失ったとしても。
これほどまでに、誰かに執着するなど魔王軍にいたころの俺には考えられない。
人間の世に混じって、一月も立っていないのにだ。
魔力の痕跡はリオニアスの市街を出て、商店街も過ぎたところで追えなくなった。
いや、痕跡が残されていないのは確かだが見失ったわけではない。
騎士団の駐屯所が見える、ということはここは訓練のための広場だろう。
そして、そこに奴がいた。
鉛色の鎧をまとった槍使い。
「待っていたぞ」
「リヴィはどこだ」
思ったより冷たい声が出た。
全てを威圧するような魔人の声だ。
槍使いはほんの少し、怯んだようだった。
「安心しろ、危害を加える気はない」
「既に加えている」
「それについては謝罪する。だが跡に残るような傷はないはずだ」
「そういう問題じゃないんだよ」
剣を構え、抑えていた殺気を解き放つ。
槍使いは今度は目に見えて動揺した。
一歩後退し、俺から目を逸らす。
「あ、安心しろ。彼女は安全だ」
「そうか……なら、あとは貴様を殺すだけだな」
台詞終わりに一気に距離を詰め、俺はほぼ全力で槍使いを斬りつけた。




