16.友の頼み
「破壊騎士ガインツが殺害された件の調査だそうだ」
と、ユグドーラスが言った。
あの後、王国騎士団の二人は冒険者ギルドを訪ねてきたのだそうだ。
そして、ユグドーラスに自分達の来訪目的をそう告げた。
彼女らは本格的な調査は明日以降にするつもりらしく、今日はそのまま去ったという。
遷都する前に使用していた騎士団の駐屯所に滞在するらしい。
そして、その後に俺たちが帰って来た、というわけだ。
ちなみに小鬼王を含むモンスターの討伐はしっかり認められ、銀貨三十枚を報酬として受け取った。
バルカーとリヴィを先に帰し、俺はこうやってギルドのユグドーラスの部屋で話し合いをしているわけだ。
「あれだろ?パリオダと一緒にいた、いかつい騎士」
「お主の報告を信じればそうなる」
破壊騎士と確かに、あのいかつい男は言っていた。
厄介な一撃必殺を扱う示現流の使い手だったために、攻撃される前に倒した。
レインディアとリギルードという二人の騎士は、彼のことを調べに来た。
「ということは、だ。奴らは俺を調べに来たことになるな」
「で、あろうな。昼に会ったのだろう?」
「ああ。小鬼どもに襲われているところをな」
「お主も気付いておろうが、あそこにはそもそも小鬼王なぞおらん」
わしがあの付近の巣はみな潰したゆえにな、と何気に恐ろしいことをユグは呟く。
「だが実際に小鬼王は現れた」
「誰かが連れてきた」
「やつら、か?」
二人の騎士のことだ。
だが、ユグは首を横にふる。
「仮にも王国騎士団のものがモンスターを人里に放しはせんだろう。また別の勢力がおるのだろう」
「別の勢力?」
「わしはお主を信頼しておる」
「なんだいきなり」
「その素性はともかく、街を救ってもらったことは確か。それにギルドの者らも懐いておるしな」
「なりゆきだ」
「お主にはわしの、いやリオニアスの味方でいてほしいのじゃ」
「何が言いたい?」
「リオニア王国は今二つに割れておる」
「なに?」
「きっかけは魔王軍の侵攻だ」
「普通は外敵が来るとまとまるものだがな」
「魔獣の軍団が攻め寄せ、あっという間にリオニア王国軍は倒された。バルカーとニコの親もその時に、な」
魔王様によって強力に組織された魔王軍は電撃的侵攻によって、多くの国を落とした。
それは知っている。
しかし、それと相対した者らのことを知るのは初めてだった。
ましてや、その相手の子供達とすでに知り合っていたなど。
「……」
「責めるつもりはない。ただお主に知っておいてほしいだけよ」
「ああ、大丈夫だ。続けてくれ」
「続く侵攻に王国はリオニアスから志願兵を募ることで対処することにした」
「志願兵……」
「ギルドをはじめ、この街に若者が多いことに気付いていたかのう?いや正確に言うなら、若者しかいないことを」
「……ああ」
「国の危機に立ち上がった志願兵は勇敢に戦い、魔獣の軍団を撃退した。だが、ほとんどの兵は戦死した」
「……そこに、リヴィの親も?」
「うむ」
そこで、ユグは目を閉じた。
拳は強く握られている。
なにか、強い怒りのようなものをこらえているような。
「ユグ?」
「わしがお主の素性を知りながらも、信頼しておるのはな。もっと醜いものを知っておるからじゃ。恥を知らない人間のおぞましさをこの目で見たからじゃ」
「人間のおぞましさ……?」
「志願兵らが戦い、死んでいった時。国王は、貴族は、何をしていたと思う?」
そういえば、今まで王様や貴族というやからのことを気にしたことはなかったことに俺は気付いた。
この街はどうも、そういうのが薄いのだ。
束縛が薄い。
統率が取れていない。
規律が緩い。
まあ、それでうまく回っているからうまくいっているんだろう、と思ってはいたが。
そこで気付く。
ここは旧王都と呼ばれていたことを。
「まさか、そのタイミングで遷都を?」
力強くユグは頷く。
「国王をはじめとした王族、貴族、王国騎士団、近衛隊……国の中枢は全員逃げた。志願兵を肉の壁としてな」
恥を知らない連中、とユグは言っていた。
人間のおぞましさ、とも。
国のエライ連中が率先して、民を見捨てた。
「それ、でどうなったんだ?」
「どうにもならんよ。残った兵力をかき集めて、防衛戦だ。後方のニューリオニアを攻めるにはこのリオニアスは無視できない拠点ではあったからな」
国中の志願兵が送り込まれ、金と食料、武具などが潤沢に補充されたのだという。
獣魔将ゼオンもさらに、深く攻めるためにはここを落とさなければならないことはわかっていた。
ニューリオニアは安全だった。
リオニアスを壁にしていたから。
「状況が変わったのは……勇者か」
「そうじゃ。あやつはな、わしの白魔法の弟子であったが魔法以外にもありあまる才能を持っておった」
「光の神に選ばれた、か」
「世界を巡り、魔王軍を撃退し、ついにここまでやってきた勇者はゼオンと戦い追い払った。わしもその後、勇者一行に入り一年ほど旅をしたのじゃよ」
大将がいなくなった魔獣軍の攻撃は散発的になり、リオニアスは持ちこたえることができるようになった。
そして、ユグドーラスが帰還し、勇者が魔王を倒し、俺がやってきた。
「そして、平和が訪れた」
「そう。今はただしく平和な時代。世界が復興に向けて動き出す時。しかし、それゆえに」
「平和な時代が訪れたことで、分裂は表面化した、と?」
「そうじゃ。すでにリオニアスは王国からの援助がなくともやっていける。貴族を中心としたニューリオニアと商人が連帯し冒険者が治安を守るリオニアス。この国はこの二つに別れたのじゃよ」
再び、ユグは目を閉じた。
そのまま、しばらく沈黙する。
俺は待った。
ユグの次の言葉が、おそらくはリオニアスの味方でいてほしい、という言葉の真意だ。
そして、老人は目をあける。
「ギア。お主の力が必要だ。力を貸してくれ」
「もっとこうあるだろうが。リオニアスの住人のことを語るとか、名誉とか、なんならリヴィのことを使ったっていい。俺はそれでもリオニアスの味方でいることを選んだだろうさ」
「……正直考えた。だが、わしはお主を利用したいのではない。お主に力を貸してほしいだけなのじゃ。友に頼めるはそれだけじゃからな」
「友、か……悪くないな」
「正直、どうすればよいのか、わしにはわからん。だが、遠からず分裂は対立になり、最悪内乱になろう。そこまでいかないようにはしたい。だが、許せない想いもあるのじゃ」
ユグドーラスの公的な願いは平和だ。
だが、ニューリオニア側の醜さを知った時に生まれた心は、相手を否定したいのだろう。
平和でありたいのなら、ニューリオニアの国王に屈して恭順するのが一番早い。
だが、死んでいった者らの想いを考えるとその選択はユグにはできない。
「わかる、とは言えんが友の頼みだ。否とは言えないな」
「そうか……助かる」
ドンドン!とユグの部屋の戸が強く叩かれる。
「ギルド長、おりますか!?」
「なんじゃ?」
入ってきたのはギルドの職員だ。
そして、それを押し退けてバルカーが入ってくる。
血まみれで、汗だくだ。
「師匠!すまねぇ、リヴィエールが!」
血管を流れる血が沸騰するように思った。
「リヴィがどうした?」
「鉛色の槍使いに拐われた!」
ギリィ、と音がする。
俺が奥歯を噛み締める音だ。
「どこでだ」
「ギルドから家に帰る途中で!」
俺は走り出していた。




