151.混乱の終幕
「ギア殿、少し待ってくださらぬか?」
よろよろと目を覚ました老人、ロゾールロが俺の前に立った。
見ると、ホイールとフォルトナの兄妹、アペシュも目を覚ましたようだ。
「何を待つ?」
「どうやら、ラグレラに憑いていた怪異は除かれたようです。おそらくはそこの暗黒騎士殿によって」
スツィイルソンを見ると笑顔だった。
なるほど、俺が寝ている間にケリはついていたのか。
「ただの人間なら斬る必要もない、か」
「ええ。どうやら、魔法を使えない点も暗黒騎士殿が解決していただいたようですし」
「あんた結構前から起きてただろ?」
ロゾールロはそれには答えず、俺に頭を下げた。
「こたびの件、まことにすまなかった。サンラスヴェーティアを代表して詫びをいたそう」
なんか面と向かって謝られると、これはこれで困るものがある。
まあ、これ以上面倒を起こさないならラグレラの命まではとらないほうがいいだろう。
「ま、いいだろう」
俺は柄にかけた手を離し、構えを解いた。
ロゾールロはラグレラのもとへ行き、その手をとった。
「今回のことは魔物に操られたゆえのこととするがよいな?」
「全部ラグレラちゃんの意思でやったことだ……とはいえ、そっちの方が外聞はいいだろうね」
「対外的にはそう発表するぞ」
内部的にはラグレラにはなんらかの処罰が下されるのだろう。
そこへ鈴のなるような声が響いた。
「ああ、皆様。私を支配していた憎き悪霊を倒していただいたのですね」
上階から降りてきた真っ白い娘。
声の主は彼女だ。
「エルフだな」
「エルフです」
俺の言葉に、スツィイルソンが答える。
「この状況で現れるエルフなら……」
「間違いなく、おれさ……私の標的でしょう」
「ニウェウス殿。お怪我はないようですな」
「はい、ロゾールロ師」
にこやかに微笑むエルフに、ロゾールロの相好が緩む。
そこへ、スツィイルソンがエルフの前に出る。
「ニウェウス、いえ。エルフの継承者マシロ。あなたにはエルフ族から戦乱煽動罪及び敵前逃亡の嫌疑がかけられております。ただちに魔界に戻り、エルフ族の縛下につくよう命じます」
「ああ、貴方が黒い騎士なのですね。そのただならぬオーラ、この中でも屈指でしょう……だからこそ“封印”」
マシロが指を指すとスツィイルソンの動きが止まった。
続いてスツィイルソンは棺のような箱に閉じ込められ、さらに鎖でがんじがらめにされる。
それは、徹底的な封印そのものだ。
「な、あなた何を!?」
ナギがエルフに杖を向けた。
「何を?そんなことは決まってます。敵を排除しただけです。私の能力“封印”によって」
「敵……!?」
「そうですよ。せっかく封印して、継承者としての力を奪ってあげたのに、巨人の阿呆も、鳥人の鳥頭も、夢魔の陰険も、私の中で目を覚ましてイライラとさせることこのうえなしでした。魂を譲り渡す秘技を教えてくれたラグレラには感謝いたしましたわ」
「やはり、あなたも魔王になりたがってたってわけでしょうか?」
「……?……当たり前でしょう。私たちは魔王になるために生まれたのです。そのためには、同族だろうがなんだろうが糧に、踏み台にしない方がおかしい。その点ではラグレラには共感します」
「この人数を相手にできると?」
「一番強いのを排除したのです。私が勝つに決まってます。巨人アウルゲルミルの“氷結剛力”、鳥人フケイの“攻撃完全回避”、夢魔ナイトメアの“強化睡眠”、これを並列発動した私に魔法も使えない人間どもが勝てるとでも?」
俺はマシロの前に立った。
「間違いがいくつかある」
「?」
「あんたが探していた黒い騎士とは俺のことだ。次にスツィイルソンは封印される寸前、俺が魔法を使えるようにしてくれた」
「……それがどうした」
「“暗黒鱗鎧”、“暗黒刀”、そして早速出番だ“朧偃月”」
俺の身体を鱗持つ暗黒の鎧が包む。
大太刀が暗黒に包まれ、漆黒の刀へと変化する。
さらに大太刀は銀色の刃と化し、漆黒は峰の部分に凝縮した。
そうか、これが朧偃月か。
大太刀も気に入ってくれたらしい。
「え……嘘?……先代の魔王クラス……!?」
「疾!」
まばたきよりも早く、俺はマシロに斬りかかる。
マシロはなんとか剣で防ぐが、その刀身はまだ半分鞘の中だ。
「は、はや」
「どうした?“攻撃完全回避”なのだろう?」
「そ、そうだ!貴様の攻撃は全部読めて」
セリフの途中だが、横薙ぎの一閃。
マシロは今度は鞘で防ぐ。
なるほど、完全回避ではなく完全防御ということか?
「読めているならさらに行くぞ」
袈裟斬り、跳ね上げ、唐竹割り、と三連続で放った斬撃をマシロは全て防いだ。
防ぎきったはずなのに、その白い顔は蒼白と言ってもいいくらいに悪い。
「そんな、攻撃完全回避と氷結剛力を使っても防御で精一杯だなんて……“封印”はこいつに使うべきだった?」
「封印、ね。それに頼っていたからこそ、お前は継承者として力不足だった、ということか」
「な!?」
「剛力と言うがな。力の使い方なら獣人のジレオンの方が上だったし、なんなら人のウラジュニシカより劣るぞ」
「なんのことだ!」
「そもそも海魔のガルグイユや竜と不死のフレアなんて能力自体使ってなかった」
「そんな馬鹿な!?継承者が能力を使わないでどうするというのだ!」
「能力を使うなら使うで吸血鬼のように組み合わせて不利を無くすとか、有利な点を尖らせるとかやりようはあったはず」
「私が弱い、というのか!?」
マシロは怒りのあまり無理矢理、剣を抜き斬りかかってきた。
俺はその剣に向かって一閃、返す刀でマシロの首筋に刃を当てた。
わずかに引けば、皮が切れるほどの刹那の距離。
切り落とされたマシロの剣がくるくると宙を舞い、さくりと壁に突き刺さった。
「弱い……そうだな。確かにお前は弱い」
「う、ぐぐ、ぐ」
「お前だけじゃなく、ほとんどの継承者は弱かった。力や能力がどう、ではなく。魔王となった後何をするのか、それを考える力が弱かった」
「魔王となった後……?」
「そうだ。お前は言ったな?同族だろうがなんだろうが糧に、踏み台にする、と」
「そ、それがなんだと」
「同族すら居なくなった世界で、ただ一人の王となってどうするつもりだ?」
俺の問いに、マシロは口を閉じた。
想像したのだろう。
不毛の荒野にただ一人立つ孤独を。
己の後ろに積み重なった屍の山を。
どうしようもなく、世界に独りだということを。
「私は……私は、どうすればよかったのだ?」
「死ねい!姫巫女!」
突然現れた豪奢な法衣を着た老人が、光線魔法でマシロを貫いた。
「大司教!?」
ロゾールロとラグレラが驚きに固まる。
「し、死ぬ?」
「そうだ!我がサンラスヴェーティアを操り、めちゃくちゃにした貴様の罪は死によってしか償えぬ」
「そ、そうだよ。私の罪は、敗北し、エルフを滅ぼしかけた私の罪は死によってしか償うことができない……」
「違う!」
思わず、俺は叫んだ。
「罪を死によって償うことはできない。生きて謝り続けて、行動し続けることでしか償いにはならない。死ぬのは逃げることだ……」
「ふ、ふふふ。次の魔王は厳しいな」
マシロは笑った。
そして、最後の力を振り絞って、折れた剣を投げた。
それは大司教の胸に突き刺さる。
「ば、馬鹿な。私は大司教だぞ?この大陸の教会の主……」
大司教はぼとぼとと血を流し、膝をつき。
そして、動かなくなった。
マシロの命もまた、そこで途切れた。
俺は朧偃月を納刀した。
それしか、できなかった。




