140.青銅のゴーレム突破法1と2
今のところ、不利だ。
「緑青属性?」
聞きなれない言葉に私は思わず聞き返した。
「うん。あのゴーレムの全身の緑色のあれ」
元々は銅の輝くボディだったはずだが、屋外への長年の放置により全身が緑色に変色している。
「あれがどうしたのです?」
「あれ、多分。お姉さんの上位互換」
「私の?」
「見て」
果敢に挑みかかる錆のガルギアノがラインブロンジアの一撃を受けるたびに緑色の何かに侵食されていくのが見える。
「ガルギアノ……」
やがて、全身を緑色に変化させられたガルギアノはドタリと倒れ、粉々になって消えた。
全身が錆びる、という私の魔法というか特性と確かに似通ってはいる。
けれど、これのどこが上位互換?
「お姉さんの錆……効いてない」
確かに、ガルギアノの攻撃はほとんど無効化されていた。
高い物理防御のせいと思っていたけど、錆自体が効いていない。
「緑青は銅の表面に皮膜をはり、それ以上の腐食を防ぐ効果がある」
幼いころに城の兵士の誰かが言っていた言葉を思い出した。
「あと見た感じ、疾病耐性もあるっぽい。まあけど、ゴーレムが病気にかかるはずもないから死に耐性になってるけど」
ゴーレムと亀魔獣が殴りあいをしている。
その隙を狙ってのガルギアノの攻撃だったが有効なダメージ源にならなかった。
ならば。
「ではこちらです。天より落ちる雷音の咆哮、そは我が怒りの唄なり“電撃”」
青白い閃光がほとばしり、電光が一直線にラインブロンジアへ突き刺さった。
しかし、表面の緑青が弾けただけでまったく有効打になっていない。
「緑青は絶縁体だと聞いたことがあるぞ」
亀魔獣に補助をかけまくっているフォルトナが言った。
「絶縁体……電気が通らない、ということですか?」
だとしたら。
私はとあることに気付いた。
錆は効かない。
電撃は効かない。
鉄も効かない。
私の攻撃は効かない。
「くっ!お姉さん。一旦引こう。亀魔獣が」
アペシュの呼び出した亀魔獣がラインブロンジアの打撃でボコボコにされ、消えた。
アペシュが召喚を解除したのだ。
フォルトナ、私、アペシュはラインブロンジアの守備範囲外に撤退した。
幸い、ラインブロンジアはあの広場の外まで追ってくることはなく、再び、元の像の姿に戻った。
私はわかりやすくへこんでいた。
「お姉さん……」
「な、ナギさん……」
「ううう……」
少しは自信があったのだ。
でも、青銅のゴーレムの前には何も効かなかった。
魔法は効かず、錆の性能でも上回られてもうどうしようもない。
やっぱり私はダメなんだ。
パーティでも厄介者なんだ。
と、暗い気持ちになる。
憤りはやがて依頼してきたサンラスヴェーティア冒険者ギルドのブランウェルへ対しての怒りに変わっていく。
なんでこんな強い相手に三人で対処しなきゃならないんだ?
しかも、一人は見習い神官とは謂うものの知識と経験が足りない上に防御に偏重した補助しか使えないし、いくら案内人といってももっと人材いただろう!?
案内人?
どこへ私たちを案内するというのでしょう。
霊峰ドーンブリンガー?
だってここは、通行許可さえあれば迷うことなくここまでたどり着ける。
迷宮でもないし、怪物もいない。
案内される要素がない。
そして、戦闘中の彼女の発言を思い出す。
『緑青は絶縁体だと聞いたことがあるぞ』
誰から?
何のために?
あらかじめ、青銅のゴーレムを突破するために必要なことを教わっていたとしたら?
そう、よく考えるべきだったのですわ。
彼女は真に案内人。
いかに青銅のゴーレムから被害を受けることなく突破できるか。
できるはずなのですわ。
青銅のゴーレムの奥に道が続き、そこに金翅蝶がいると知られているのなら、誰かがゴーレムを倒すか、別の手段で突破したのだと、気付くべきでした。
「フォルトナさん。私たちと会う前に何か言われてませんでしたか?」
フォルトナはビクッと反応した。
「ブランウェルさんからそう言われたらこう返せと言われています。敵意こそ敵」
「……うわお」
答えはすぐそこにあったのですわ。
「お姉さん、どういうこと?」
「青銅のゴーレムは敵意を持つ者に反応する、ということですわ」
「でも倒さなきゃ先に進めないんじゃ?」
「倒す必要などなかったのです。そもそもここはラスヴェート教会の聖域、戦闘能力を持たない神官も訪れる場所です。私たちは目が眩んでいたのですわ」
「へえー」
「行きましょう。今度は戦闘は無しです」
私は立ち上がり、再び広場へ足を踏み入れた。
そして、ラインブロンジアの守備範囲まで歩く。
緑色の目が輝く。
私はゴーレムの前に立ち、頭を下げた。
「失礼をいたしました。私たちはこの先へ進みたいのです。どうか道を開けていただけますでしょうか」
「え、お姉さん。それ、魂ないから話しかけても無意味だと思うんだけど……」
「アペシュ。誠意を尽くさねばないときは無礼があってはなりません。間違った時は謝るのです。取り返しがつかなくなるまではうまくいくときもあります」
「確かに!」
とフォルトナが賛同する。
「お姉さんはやっぱりお姉さんだ」
というよくわからない感想をアペシュが言っています。
ラインブロンジアはズシリと動き、道を開けた。
どうやら、それで正しかったようですわ。
私は軽く頭をさげ、ラインブロンジアの横を通過。
フォルトナ、アペシュの順に続きます。
さあ、目的地まであと少しですわ。
アペシュはそのゴーレムの横を通る時、話しかけた。
前を行く二人には聞こえないように。
「すぐに避けてよかったね。じゃなきゃ潰しちゃうところだった」
ビジリッ!とラインブロンジアの装甲の一分がむしりとられる。
アペシュは手の中でそれをぐにぐにともてあそんでいる。
やがて、パッと手を広げ、中身を落とした。
原形を留めないほど潰されたラインブロンジアの装甲の破片。
意思を持たないはずのゴーレムの目が明滅する。
恐怖に目をまたたいているように。
「アペシュ、行きますわよ」
「はーい」
アペシュはそれきり、ゴーレムに興味をなくしたように走りさった。
その日は、青銅のゴーレムのラインブロンジアにとって厄日だったに違いない。
「これは珍しい。隊長の匂いを追ってきたら、こんなところに青銅のゴーレムとは」
髪が白と黒にきれいに分かれている青年。
それが一番目立っている点だ。
よく見ると彼の着る服も白と黒のツートンカラーで、武器も白鞘に黒い柄の剣と黒鞘に白い柄の剣の二本だ。
そして、圧倒的な敵意。
瞬間的にラインブロンジアは戦闘状態になる。
が、次の瞬間には上から縦断、右から横断する斬撃をあびて四つに斬られていた。
「金属なんて簡単に斬れる。青銅も硬いが、人間の剣士が斬れるくらいだ。俺様には楽勝です」
魔王軍撤退後、この人間界に現れた暗黒騎士は全部で三人。
二番隊隊長のギア。
同じく二番隊アユーシ。
そして、二番隊一の変態の異名を持つこの男だ。
スツィイルソン。
暗黒騎士がラスヴェート教会の聖域、霊峰ドーンブリンガーに現れた。




