14.風と共に来たる
「へぇ、魔法との契約ってすごいんですね」
「まあ、それはおいおいやっていくが、まずは……後始末をちゃんとしないとな」
「あー」
「うー」
俺たちがうんざりした顔なのは、この森の中に広がる惨状の後始末を考えたからだ。
“火球”によって燃やされ、爆破された小鬼の死骸。
それをそのまま放置していってもいいのだが、おそらくそのままの形でアンデッド化する。
こないだのスケルトン狩りも、死骸を放置したことで被害が拡大した事の後始末という面がある。
理由はもう一つあって、小鬼の討伐証明に耳が欲しいのだ。
焼け焦げていても、残った頭部から耳を切り取る必要があった。
冒険者である以上、モンスター討伐という追加報酬を得るチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
黒焦げになった小鬼の感触は、生きるということの厳しさをリヴィに教えるのだった。
無事、小鬼討伐依頼を完遂した俺たちは、舞台となった森を出て旧王都へ続く街道を歩きはじめた。
「小鬼五体だからー」
「確か一体につき銀貨一枚だから」
「五銀貨。三人で割ると……」
「……!?……割れ……ない」
リヴィが困った顔をした。
そして、俺の方をちらちらと見る。
「どうした」
「私たちが足を引っ張ったから、ギアさんは銀貨三枚、わたしとバルカー君が一枚ずつ、でいいですか?」
「いいわけないだろ」
「……やっぱりそうですよね、では五枚ともギアさんのもので」
「なんでそうなる。いいか、俺たちはパーティだ。命を預ける仲間だ。足を引っ張ったなら、次に役立つように頑張ればいいんだ。報酬は過不足なく平等にわける」
「いいんですか?」
「だいたいお前らのような若者がタダ働きなんてしたら、誰もやりたくなくなるだろう?やったことの報酬は胸をはって受け取れ」
「わかりました!」
「報酬が銀貨五枚なら、一人一枚ずつ分けて、残りをパーティの共同金庫に入れればいい。銀貨一枚がそれぞれの報酬、銀貨二枚がパーティの報酬だ」
「なるほど、さすが師匠だぜ」
リヴィもバルカーもようやく笑顔を見せた。
問題は、一日中森を歩いて報酬が銀貨五枚ではどう考えても赤字だということだ。
もっと稼げる依頼を探すか。
アンデッド討伐はリヴィが嫌がるんだよなあ。
街道を歩いていく。
リオニア王国は大陸の中でもやや北方に位置しているが、それほど冬の寒さはきつくない。
そして、夏もそれほど暑くない、という大変住みやすい気候だ。
森と平野と湖が点在する風光明媚な国でもある。
それでいて、戦力も整っている。
なにせ、英雄たる白魔導師ユグドーラスが旧王都リオニアスにいる上、新王都ニューリオニアにはリオニア王国騎士団がいる、という。
「本当は、冒険者ギルドにはもっと強い人たちがいたんだけどさ」
と、バルカーが口を開いた。
「わたし知ってる。リオニアスの二強でしょ?」
「そうそう。“メルティリア”と“アンラックド”っていう二つのパーティがあったんだよ」
「どっちも二級冒険者だっけ?」
「ああ、“アンラックド”はともかく、“メルティリア”のリーダーのフレアさんはさ、本当の意味でギルド最強でさ」
なんでも炎魔法と槍術を使う魔法戦士だったのだという。
いつ一級に昇格してもおかしくない人材……だった。
「どうして今はいないんだ?」
「“メルティリア”は一級昇格をかけて、ドラゴン討伐の依頼を受けた。そして、それは成功した。けど帰ってくる途中……魔王軍の侵攻に巻き込まれて……」
疲労困憊し、薬や食料も尽きていた彼らは成すすべなく……。
「けど俺はまだ諦めていない。フレアさんたちはきっと帰ってくる。だから、その間、冒険者ギルドを守っていかなきゃならないんだ」
死体は見つからなかったらしい。
魔王軍と戦って無事だとは思えないが、ドラゴンを倒した連中ならあるいは、と思わなくもない。
重くなりかけた場を風が吹き抜けていく。
風の向こうで戦いの音がする。
「リヴィ、バルカー、戦闘準備」
「はいッ」
「師匠!見てきますか?」
「いや」
逸るバルカーを押し留め、俺は目を細める。
「人間二人、小鬼三体、いやさらに小鬼王一体」
「!?」
「それ、マズイんじゃ?」
「救出するぞ!」
俺は駆け出す。
バルカーが並走しようとするが、徐々に遅れていく。
まだまだ走り込みが足りないな。
リヴィは自分のペースで走っている。
俺には追い付けないが、バルカーのように疲れきってしまうよりは、マシだ。
彼女は自分の体力を把握しているということだろう。
二人より速く、俺は襲撃場所に到着する。
小鬼王によって強化された小鬼に押されているようだ。
一人は若い男、重装備で大きな盾を持ち、小鬼の攻撃を受け止めている。
右手には槍を持っているが、槍の間合いの中に入り込まれているために、槍を活かせていない。
もう一人は、長い金色の髪が特徴的な女性だ。
旅用にはやや綺麗すぎる白いローブ、そして腰に優美な鞘の剣。
一番目立つのはその美貌だろうか、道行く人誰もが振り返る美人だ。
剣を抜き、重装の男を援護したいようだが機会がつかめない様子だ。
とりあえず、無言で接近し目の前の小鬼を斬る。
いくら王の力で強化されていても、死角から不意打ちすれば対応はできない。
斬れれば殺せる。
どん、と倒れた小鬼を見ずに、俺は声を上げる。
「リオニア冒険者ギルドの者です。援護します」
「ありがとうございます」
女性の方が答える。
なるほど、上下関係は女性の方が上というわけか。
貴族の子女とその護衛といったところか。
三体分受けていたプレッシャーが一体減じたことで、重装男は槍の間合いを取ることができた。
そして、盾の防御の間から槍を繰り出す。
連続して放たれる突きは目の前にいた小鬼をあっという間に蜂の巣にする。
「ギ、ギギ」
と仲間が二体倒された小鬼は怯む。
しかし。
「ギィギイ」
と後ろから小鬼王が喚くことで、後退が止まる。
激励か、脅迫か。
あるいはどちらもか。
覚悟を決めた小鬼は俺に突撃して。
くるように見せかけて、重装男を狙った。
急激な方向転換のせいで、重装男は間合いを見失う。
「う、くそッ!」
だが。
俺の前で、俺から注意を逸らすなど不用心に過ぎる。
電光のごとき斬撃が小鬼を襲った。
重装男に斬りかかる寸前で、小鬼は命を落とした。
「ギィギイギ」
死んだ小鬼に意識を持ってかれている間に、小鬼王が動いていた。
配下の小鬼を囮にして、自分は最も与し易そうな女性を狙ったのだ。
白いローブの女性に襲い掛かった小鬼王は、愉悦の声をあげる。
ギイギイとしか聞こえないが、明らかにそれは楽しんでいる声だった。
「進化したとはいえ、下賎な小鬼風情が」
口にした声は美しいもの。
けれど、それは小鬼に対する絶対的な侮蔑の冷たさに満ちていた。
「ギ、ギギイ!」
「人間の言葉を喋りもしないで」
キィン。
と冷たい音がした。
誰もが何が起きたかわからぬまま、数瞬。
チン、と硬質な音が鳴る。
その瞬間。
襲い掛かってきたはずの小鬼王が真っ二つに両断された。
冷たい音は抜き打ちの剣の音。
硬質な音は剣を納刀した音だ。
この女性は視認もできぬ速度で剣を抜き、小鬼王を斬ったのだ。
恐るべき剣の腕だと、俺は理解する。
小鬼王が物言わぬ亡骸と化し、地面に転がってようやく俺は剣をしまった。
「お怪我は……ないようですね」
俺のかけた声に、女性が答える。
「はい、助かりました」
「実は助けなど必要なかったかな、とも思いましたが」
「そのようなことはありません」
「ならばよかったです」
「リオニア冒険者ギルドの方……と聞こえましたが」
「はい。リオニアスに拠点をおくリオニア冒険者ギルド所属のギアと申します」
「ギア殿、ですね。私はレインディア・ドリュ・ハインヒート。リオニア王国騎士団の団長を拝命しております」
厄介ごとがやってきた、と俺は確信した。