13.叱って伸ばすか、褒めて伸ばすか
「接敵!小鬼四体」
バルカーの声に、俺とリヴィは武器を構え戦闘態勢をとる。
武闘家のバルカーに斥候をやらせてみたが、悪くない。
まあ、小鬼はもう一体森の茂みに隠れているが。
「バルカー君、私はどう動く?」
「リヴィエールは火力だ。いいタイミングで魔法を頼む。師匠は俺の討ち漏らしを頼む」
流石にリオニア冒険者ギルド最強(自称)だけあって、指示は素早い。
まあ、魔法使いのリヴィへの指示はさっきのように曖昧にではなく、的確に行うべきだし、今回はバルカーとリヴィの連携を見るためだから、俺はいないと仮定したほうがいいのだが。
さて、今回の相手は小鬼だ。
身長1メートル20センチほどのやせぎすの子供のような体型。
肌は緑。
顔はつぶれたような醜悪な顔、と冒険者ギルドの怪物一覧に記載されているが、なんとなく愛嬌のある顔だと俺は思う。
リヴィはそれを聞くと引いた。
体格に比例して力は弱く、頭もそんなによくない。
モンスターの最下層ともいわれる。
魔王軍では、妖鬼将ガラルディンの雑兵として扱われていた。
おそらくガラルディンが(例によって指揮を放棄して)ネガパレスに帰還した後、放置され繁殖し大陸各地へ拡散したのだろう。
不思議なもので獣人のジレオンのことはまだ悔いがあるが、小鬼たちにはあまりそんな感情を抱くことはない。
それが魔人や獣人といった人型と怪物の差異からなのか。
まだ俺にはよくわかっていない。
そんな弱い小鬼だが、モンスターだけの特異な能力である位階上昇を果たすと途端に危険度があがる。
魔法を使うようになる小鬼祭司や、全小鬼の能力を引き上げる小鬼王がいると戦闘の難易度は跳ね上がる。
また、個体の能力が上昇した戦闘小鬼、さらなる進化を遂げ別種へと変異した妖鬼にまでなるともう侮ってはいられない。
全力を出す必要がある。
まあ、今日はそんな上位種などいないことは(俺が)確認済み。
ちょっと数が多いだけの簡単な依頼であった。
小鬼は大声をあげたバルカーのことを警戒し、動きを止める。
そこへ、バルカーは突っ込む。
うん、思いきりがいいのはいいことだ。
腹部への打撃で一体目の小鬼の動きを止め、二体目が襲ってくるのにカウンターで顎に打撃。
脳にダメージがいった小鬼はふらふらと動きが鈍る。
三体目と四体目が同時に錆びて切っ先が折れた剣を振り上げて、バルカーに襲い掛かる。
なぜか俺の隣で「いいタイミング、いいタイミング」と呟いているリヴィが「いまだ!」と叫ぶ。
「炎の女神よ、我が声を聞き届け、その燐光の欠片を我が手に“火球”」
リヴィの詠唱によって、彼女の魔力が杖の触媒と反応。
直径五センチほどの炎の球が出現する。
「バルカー君、今助けるよ」
とリヴィは杖の先をバルカーに向けた。
「え、おい、違う。俺は大丈夫だ!」
「発射!」
リヴィが魔力を目一杯こめた小さな“火球”は四体の小鬼をまとめて巻き込んだ。
もちろん、その小鬼どもを相手していたバルカーもろとも。
ボムッ、と小規模な爆発が起こり、燃える。
小鬼とバルカーが。
「ぎゃあああああ!」
その悲鳴は小鬼かバルカーか。
リヴィと共にパーティを組み、冒険者活動に精を出していた俺だが、こんな戦闘インストラクターみたいなことをしているのにはわけがある。
他の冒険者パーティの戦闘も何度か見る機会があったのだが、なんというか連携が拙い。
いや、拙いというレベルじゃなく、パーティ内での連携はないに等しい。
てんでばらばらに行動しているだけなのだ。
ちょうど、さっきの小鬼との戦闘で見せたバルカーとリヴィのように。
せめて、俺が組んでいる間は連携が取れるように簡単な依頼で指導をしている、というわけだ。
ぷすぷすと煙をあげるバルカーに治療薬(魔王軍謹製量産型)を頭からぶっかける。
本当は傷口に塗りこむタイプの薬だが、まどろっこしいのでぶっかける。
すぐに火傷が治り、皮膚が再生され、痛みが引く。
即死でも無い限りは、なんとかなる。
「ぶっはあ」
と息をふきかえしたバルカーは「ひでぇ目にあった」とぼやいた。
リヴィがものすごく謝る。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいですむこととすまないことがあるだろ!」
「ふええ、ほんとにゴメンね」
「そこまでだ」
俺はバルカーがリヴィを糾弾し始める前に、会話を止める。
「でも、師匠!」
「今回の戦い、お前はどう運ぶつもりだったんだ?」
「……俺が小鬼を引き付けて、リヴィエールがとどめをさす」
「それをちゃんと説明したのか?」
「説明……はしてねえ……でも、戦いの流れでわかると思ったんだ」
「それがわかるほどの熟練パーティなのか?」
「いや……」
「リヴィは新人だ。ヒヨコどころじゃない、殻をつついてようやく外が見えるようになったタマゴだ。だったらお前の役割は、お前が考えている戦いの流れをしっかりと説明し、理解させることだ」
「わかり……ました」
「次はリヴィ」
「は、はい」
「バルカーを巻き込みはしたが、お前の行動はとりあえずは間違ってはいない」
「え?」
「前衛が敵を引き付け、後衛が殲滅する。それはパーティ連携の基本だ。リヴィは正しい仕事をした」
「あ、ありがとうございます」
「後はその基本に乗っ取って、どれだけ上乗せできるかが魔法使いには問われる。ただ魔法を放つだけなら石を投げるのと変わらん。魔法使いは頭脳職だ。頭を使って戦え」
「あ、頭を、ですか?」
「そうだ。例えば、さっきお前はかなりの威力の“火球”を放ったな?」
「はい。バルカー君を助けて一網打尽にしようと思って」
バルカーごと一網打尽だったがな。
「普通の魔法使い、なら間違ってはいない」
「普通?の魔法使い?」
リヴィが不思議そうな顔で聞き返す。
人間と魔人の魔法の使い方の大きな違いを、俺はここに来てから知った。
人間は魔法を詠唱する。
魔人は魔法を使用する。
詠唱をするとその呪文をもとに魔力が魔法構造体を形成する。
その構造体が様々な現象を現界するのだ。
呪文に込められた魔力が尽きるまで、その効果を発揮する。
まあ、ここまで考えて魔法を使うことはないだろう。
さっきのリヴィだって呪文を詠唱し、火球を形成し投げつける。
この行動の中にある、魔法構造体やらなんやらを考えているわけがない。
つまり、それほどよく考えなくとも魔法が使えるということだ。
もう一つの、魔人種による魔法を使用する、はまったく別だ。
「魔法というものを突き詰めていく。その結果、魔法との契約に至る」
「魔法との契約?」
魔人種の“魔”というのは魔力を意味する。
魔力満ちる魔界で生きてきた魔人の歴史は、魔法の発展の歴史でもある。
魔法を研究した魔人種は、魔法との契約という方法を編み出した。
これを行うと一定数の魔力を常時消費することで、詠唱無しで魔法を使用することができる。
これにより、魔人は詠唱というタイムラグ無しで魔法を使うことができた。
戦闘という、速度が重視される状況でそれは大きなアドバンテージとなる。
魔王軍の電撃的侵攻が成功した要因の一つである。
ただし、契約は無限にできるわけではない。
その種族の左手の指の数が限度とされる。
人間種は五本指なので、五つが限度だ。
なぜか、という研究は進んでいるが結論は出ていないらしい。
そもそも、限度の五つまで契約するほど魔力を保有する者はそう多くない。
俺も四つ契約しているが、それでもう魔力は限界に近い。
リヴィにもぜひこちらの方法を会得してほしい。
魔法使いとして、有利なのはこちらだからだ。
なにせ、魔力さえ余っていれば契約した魔法に加え、詠唱でも魔法を使うことはできる。
戦闘の幅が広がるということだ。
 




