113.混迷の王国
大多頭蛇のナンダの遺物であるオリハルコンを織り込んだ暗黒鎧。
その名を暗黒鱗鎧。
元魔将のガルグイユの攻撃を防ぎきった鎧だ。
身体能力向上の付加効果もあって、それをまとった俺はウラジュニシカの甲重断を防ぎきる。
「これは僥倖」
ウラジュニシカが言った。
「何が僥倖なんだ?」
「僥倖よ、貴様は我が必殺の一撃を止めた。即ち、暗黒騎士は強い、ということ。けしてニブラスの騎士が弱いゆえに国を落とされたわけではない、ということがわかったゆえに、な」
「そうかよ」
受け止めたままのウラジュニシカの鉄板のような剣を叩き落とし、踏みつけ、反撃できぬようにして、攻撃を加える。
ウラジュニシカは剣から手を離し、両手をクロスさせて防御する。
俺の剣が止められる。
「わかる、わかるぞ、暗黒騎士」
「何がだ」
「魔人の戦いは魔力量が勝敗を握る。鍛えた肉体も磨いた技術も必要だ。しかし、最終的には魔力だ」
そうだ。
そして、それが純血の魔人に混血が勝てない理由だ。
「だから、どうした?」
「我は三つの魔界の種族の継承者を取り込んだ。だから、この身には尋常ではない魔力が満ちている」
俺の剣を受け止めたままの、ウラジュニシカの腕にみりみりと力が込められていく。
「テメェ」
「我もまた、魔人となった」
バァン、と奴は腕を振り払った。
俺は剣ごと弾かれる。
「人間が魔人とは、冗談キツいぜ」
ブゥンと再び、羽音をたててウラジュニシカは飛び上がった。
「嬉しいぞ、暗黒騎士。実は不安だったのだ」
「不安?」
「人間界にいた魔王軍はおそらく、ほぼ根絶できた。あとはこの国と貴様と貴様の仲間を討ち滅ぼせば、あとは魔界だけになる」
「俺がさせんよ」
「まあ、聞くがいい。我の不安はそれよ。はたして魔界の住人に我の力は通じるのか、とな」
「さあな」
「貴様と剣を交えて確証を得た。我が力は魔界でも通じる。魔界を平定し、魔王となって、そこを絶滅させる。我が大望は果たせる」
「まずは俺だろうが!」
「いかにも、と言いたいところだが、見ろ」
ウラジュニシカは窓の外を示した。
王宮の北に面した窓からは黒い塊が見える。
森、か?
いや、違う。
あれは動いている。
「なんだ?」
「我が同朋よ」
「同朋……?」
ウラジュニシカは嬉しげに空中で一回転する。
「ニブラスの騎士が魔王軍に下ったリオニアを攻めに来たのだ」
「ニブラスの、騎士!?ほとんど倒したはずだ」
「そう、暗黒騎士によって、栄光のニブラス騎士は滅びた。しかし、肉体は滅びても、その高潔なる魂は祖国を守り、人間を守り続ける」
遠くに見える黒い塊。
しかし、それは死したニブラスの騎士たちが進軍する姿だ。
濃茶色の外骨格の体に、鬼の剛力、精霊がとりついた魂に動かされた死者の軍団である。
「何をしようと」
「まずはこの国。そして、この騎士団とともに魔界に攻め入り、征服する」
「させるか!」
俺の激昂に、しかしウラジュニシカは不思議そうに問う。
「ならばなぜ貴様らは人間界を侵略したのだ?やられたからやり返す。我はそれだけなのだぞ?」
「俺は、俺たちは!」
「命じられるがまま、か?それだけで、我らは国を、民を、仲間を、家族を奪われなければならなかったのか?……覚悟なき貴様に奪われた命が、泣いておるわ」
ブゥンと降下してきたウラジュニシカは、剣を拾い、立体的な機動で攻撃してくる。
回避した俺は反撃しようと剣を構え……。
床の感触が消えた。
踏み抜かれた床が消えたのだ。
そのまま、俺は下層階に落ちていく。
「な!」
ウラジュニシカは落ちていく俺に声をかける。
「我が大義に釣り合うだけの気持ちがあるなら、来るがいい。待っててやろう……この国が滅びるまでは、な」
ウラジュニシカは羽音とともに天井を突き破り、屋根に登っていった。
城壁魔法が破られたことで、ニューリオニアの防御力はゼロになった。
そこへ攻め寄せるニブラスの騎士の大軍。
しかも、王宮はその首魁に占拠されている。
だが、まだリオニアは諦めてはいなかった。
古マルトル教会にリオニア王国の中心人物が集まっていた。
なんとか脱出したグルマフカラ王とレビリアーノ。
レインディア率いる王国騎士団。
ドアーズの面々。
合流した宰相や幕僚、将軍たち。
既に迫り来るニブラス騎士に対する防衛軍は展開しており、即時陥落は免れた。
しかし、どの顔も一様に暗い。
勝ち目が見えない。
「一当てしたリギルードによると、全員が魔法物理ともにかなりの防御力を持っており、攻撃力も妖鬼とまではいかないが、オーガくらいの力はあるようだ」
レインディアの報告に、若い将軍が不満げに口を開く。
「ということは、硬い鎧を着飾ったオーガの群れがいまにも襲いかかってくる、と?この無防備な赤子のようなニューリオニアに?」
「まったくだ。聞けば陛下が魔王軍の者と会談したのが原因だとか」
老齢の将軍が続ける。
彼もまた国王に不満を持っているようだ。
というか、みな不満だらけのようだな?
「貴族の権益を奪ったツケが今出たか」
苦い顔をした宰相が呟く。
なるほど魔王軍侵攻を大義に王権を強化したことに対する不満はくすぶっていたわけか。
将軍なんてのは、もちろん貴族の出身だろうからな。
「待て、皆の衆。ここで争っても益はない」
顔に血の気の戻ったリベリアーノ師が将軍たちを止める。
そういえば、彼もまた将軍位を持っていたはず。
「リベリアーノ師。いくら貴殿でも、三年も前線に出ていないあなたに何ができるのです?」
ニヤついた若い将軍がそう言った。
「おい、なんでリベリアーノよりあの若いのの方が態度がでかいんだ?」
俺は隣で頭を抱えている宰相に聞いてみた。
「リベリアーノ師は、魔法使いとしては一流、将軍としても有能です。ですが貴族としては……」
「……地位が低い、か」
リオニア王国では実績よりも地位の方が重要視されている。
確かに、国王も貴族が好き勝手やったせいで財政破綻しかけたと言っていた。
これが普通の国の、普通の制度とはいえ、今の事態においては面倒極まりない。
「では、どうするのだ。ナルダリオン卿?」
グルマフカラ王は若い将軍に尋ねた。
若い将軍、ナルダリオンはニヤリと笑う。
「ここは、国王陛下にならうとしましょう」
「ほう?」
ナルダリオンは笑みを濃くする。
好きな顔ではないな。
「防衛軍がニブラス軍を食い止めている間に、全軍でリオニアスへ移動。壁のあるリオニアスを再び王都とし、そこで防備を整えるのです」
ピキリ、とグルマフカラ王の額に筋が入る。
それは魔王軍侵攻の際に、国王はじめ貴族、国軍がニューリオニアへ逃げ、リオニアス捨て駒にした作戦の逆だ。
王の考えは賛同できないが、彼自身は深く考えたうえで行ったことだ。
だが、この若僧はただ国王をおとしめたいだけなのだ。
それだけのために、ニューリオニアを捨てようとしている。
それを察した王は怒っている。
「ま、待てナルダリオン卿。それは確かに効果的かもしれん。しかし、ここにはかなりの投資をしている。それを回収せぬうちに捨てるようなことは!」
焦ったように宰相が止める。
王宮や街の様子を見れば、この三年近くでどれだけ金を注ぎ込んだかわかる。
貴族へ渡るはずだった金を都市整備に使うのは有用だ。
それだけに、ニューリオニアが潰されるのは避けたいだろう。
貴族は傲慢。
国王は憤怒。
宰相は焦燥。
まとまりのない国に、死兵の騎士団が迫り来る。
勝てる気がしないのは俺だけか。
そして。
一夜が明け、有効な対処が決まらないまま、ニブラスの騎士たちはニューリオニアに到達した。
俺は、ウラジュニシカの待つ王宮へ向かう。
奴の大義に釣り合うものを見せるために。




