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11.剣は重く、月は冷たく

 そこは、リオニアスから2キロメートルほど離れた森の中。

 猟師でも立ち入らないような深い森だ。


 そして、その場所こそがリオニアスに侵攻をしかけた魔獣軍の本陣であった。


 俺は魔獣たちを殲滅しながら、その進行方向を逆走していく。

 その結果、この森にたどりついた。


 魔獣軍を指揮している者がそこにいるはずだ。

 統率者がいなくなり、暴走しているように見える魔獣たちだが、なぜかリオニアスだけが襲われている。

 つまり、この都市だけを狙っている者が誘導していると考えられる。

 それが指揮官だ。


 踏み倒された草木の跡から進軍経路がわかる。

 森の中を魔獣たちの進んだあとがそのまま道となっていた。

 そこに至るまでに立ちふさがった全ての魔獣を、俺は斬り倒しながら駆ける。

 そして、ついに見つけた。

 魔獣の群れの中でただ一人、人型の影を。


 暗黒鎧アビスアーマーの脚力をもって一気に駆け寄り、暗黒剣ダークエッジで斬りかかった。


 が、さすがに防がれる。


「!?」


 驚愕に目を見張っているのは白い虎の頭を持つ獣人だった。

 その姿には見覚えがある。

 かつてネガパレスが魔王様によって創造された際に、全魔将が集結し祝ったことがあった。

 その時に、獣魔将ゼオンも来ており、その側近であるこの虎人も来ていたはずだ。


 おそらくは、不穏な気配に咄嗟にかざした剣が俺の一撃を防いだのだろう。

 運のいい奴め。


「斬れなかったか」


「な、なんだ貴様は?暗黒騎士……なのか?」


 あからさまに、狼狽えている虎人。


「ああ、そうだ」


「ば、馬鹿な。なぜ、暗黒騎士が同じ魔王軍の、私に攻撃を加えねばならないのだ!?」


「……魔王軍は敗れた、全ての軍事行動を中止し、領地を捨て、魔界へと撤退せよ。これが命令だったはずだ」


 俺の声に、虎人は首を横に振った。


「そ、そんなこと認められるわけないだろう。魔王軍の栄光たる獣魔の戦士は一度始めた戦いをやめるわけにはいかないのだ!」


「そこに大義はない。盟主たる魔王様を失い、主たるゼオン様を失い、ネガパレスも無くなった今、この地を落とす意味はない!」


「意味がないなら我らはなんのために、ここにいるのだ!」


 この虎人は、冒険者になろうと思わなかった俺なのだ、と気付いた。

 忠義忠誠のみに生きて、大局を見ることなく、己のやりたいこともわからなくなった戦士。


「生きることに意味などないのだ。それを見つけることが生きるということなのだ、と俺は思う」


「戯れ言を!私は魔獣軍白虎のジレオン、ゼオン様の最後の命令を実行するのみ、即ち、リオニアスを落とせ、をな!」


「させんッ!」


 目にも止まらぬ速さで暗黒が駆ける。

 黒き剣は恐るべき速度で連撃を加える。


 しかし、ジレオンも名うての戦士、俺の攻撃を全て防ぎきる。


「なぜだ、なぜなのだ暗黒騎士!我れらの戦いはまだ終わってない!なぜ止めるッ!」


「終わったのだ、ジレオン!魔王様が敗れたとき、魔王軍は終わったのだ」


「ぬかせ!私を止めるなら、こちらも容赦はせん!」


 ジレオンの湾曲刀が複雑な軌道を描いて俺に襲い掛かる。

 それを的確に防ぎ、相手の攻撃の隙を見て、こちらも仕掛ける。


 二度、三度と暗黒剣ダークエッジと湾曲刀は交錯し、しかし決定的なダメージを与えられない。

 それほどまでに、奴の力量は高い。

 暗黒騎士の隊長格に匹敵するほどに。


 もし彼が、あの時のネガパレスにいたとしたら、共に勇者に立ち向かっていてくれたら。

 結果は変わったかもしれないのに。


 彼だけではない。

 魔王軍の魔将やその側近らが全て手を組めば、勇者は止められたはずなのだ。


 だが、そんな空想をするには時は遅すぎた。


 そして、俺とジレオンは敵同士として戦っている最中なのだ。


 焦れた虎人は湾曲刀を数度振るう。

 それらは当たれば必殺の一撃たりえたが、俺は全て見切り、かわす。

 そして、生まれたジレオンの隙。

 攻撃終了の硬直から復帰できない内に仕掛ける。


 俺の踏み込む力をのせた突きはジレオンの喉元を狙う。

 しかし、虎人は背面にのけ反り突きをかわす。

 その後ろに倒れこむ勢いのまま、虎の足が下から迫ってきていた。

 足を振り上げての蹴り、獣の脚力はゴォッと風のような音をたてておかえしとばかりに俺の顎を狙う。

 これを狙っていたのか。

 あの無意味に思えた、焦れた連続攻撃は俺の攻撃を誘っていたのかもしれない。

 突きの姿勢のままの俺は満足な回避行動は出来そうにない。

 だが、避けられないのなら受けるのみ。


 頭を下へ下げて、顔面で蹴りを受け止める。

 暗黒鎧アビスアーマーのヘルメットの顔面を覆う面頬フェイスガードにビシビシとひび割れが走っていく。

 魔王軍の制式魔法鎧シリーズの後期量産型である暗黒鎧アビスアーマーを破壊できる身体能力。

 さすがに獣魔将の側近だけある。


「なんという硬さか!」


「疾!」


 面頬の破片が突き刺さった足、ジレオンの注意がそちらに一瞬向いた隙に俺の剣が足を切り落とした。


「ッ!!?」


「戦いの最中によそみとは余裕だな」


 バランスを崩してジレオンは倒れる。


「貴様、私をなぶろうてか!」


「終わりだ、ジレオン。命を粗末にするな」


「……哀れみをかけるか!?馬鹿な、一度はじめた戦いは決着をつけねば終わらぬのだぞ!」


「ならば俺の勝ちだ」


「このような、このような結末で勝敗は語れぬ。もっと!もっと戦いを」


 ジレオンは口に湾曲刀をくわえ、両の手で這いながら俺に近付いてくる。


「阿呆……戦いを目的にするな」


「足を落として……そんな辱しめを受けたまま、生き延びさせるつもりか?」


「魔王軍の最後の命令は、生きろ、だ」


 それを言ったのは俺自身だ。

 しかし、魔王軍の残った者の中で最高位にいた俺の出した命令だ。

 魔王軍の公式命令と解釈しても問題ないだろう。


「戦士として、このような体では死んだも同然だ。なぜ、命を取らない。なぜ止めるのだ。魔王軍としての誇りはどこへやった!」


「そんなものは魔王様が死んだ時に無くした」


「ならば、黙って見ておればよかったのだ。止めることなどなかった」


「……見過ごすには、俺は世話になりすぎたのだ」


「人間にたぶらかされたか。この裏切り者がッ!」


 ジレオンはその腕の力で跳躍した。

 俺に向けて落ちながら刃を向ける。


「裏切り者……か。魔王軍全てを捨てて勇者に倒されたあの方は、ある意味で完全な裏切り者だろうにな」


 その言葉はジレオンに聞かせるつもりはない。

 そして、命を捨てたジレオンはもう俺の言葉を聞くつもりなどなかった。


 血走った目。

 返り血を浴びた白い毛皮。

 口にくわえた湾曲刀は鈍く月明かりを反射する。

 魔獣軍のジレオン、最後の攻撃だった。


 俺は剣を構える。


 ジレオンを見据え、全てを剣を振ることに集中する。


 ジャキン、と暗黒剣ダークエッジが唸った。


 空を走るは漆黒の残像。

 次の瞬間、両断されたジレオンが地面に落ちる。


「あ、ゼオン……さ、ま……」


 ジレオンはそう最期に呟いて事切れた。

 そして、彼の存在が獣たちの群れを形成する要因だったようで獣たちは散り散りに去っていった。

 それはリオニアス前にいた魔獣も同じで、逃げるように消えていった。


 突発的に起こったリオニアスの危機は、ほとんどの住民が知らぬまま、終わったのだった。


 そして、俺は一人月を見上げた。

 同胞を殺した剣の重さを腕に感じながら。

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