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103.なるべく笑顔でいますから、辛いときは言ってください

「はっはっは。面白いことを言いなさる。わたくしめがかの有名な“紅火くれないび”などと」


 まずはとぼけた。


「ああ、証拠はいくつかある。まずはさっきの歌だな」


「歌、と?」


「あまりにも、勇者近辺の描写が詳しすぎる」


「ほほほ、それはもう取材を綿密にしましたから」


「そうか。どうやらよほど勇者に近い者に取材したようだな。魔王城のことなど突入メンバーしか知らんことだろう?」


「ほ、ほ、ほ。実を申せば、何人かの英雄の方々よりお話を聞きましてな」


「ふふふ。そう答えるか。まあ、もう夜も遅いし、俺もお前に遺恨があるわけではない。とっとすまそう……どうしようもない証拠がある」


「と、いうと?」


「俺の記憶さ。俺はお前の顔を知っている。お前も見覚えがあるから、わざわざ部屋まで来たんだろう?」


「……やはり、あのときの暗黒騎士、でしたか」


 魔王城突入メンバーは、勇者、戦士、武道家、そして魔法使いだった。

 その顔は今でも忘れることはない。

 魔法使いフランフルートの顔も、だ。

 先へ進ませまいと、俺は彼らと戦ったのだから。


「俺のことも歌に入れていたな?」


「ははは。なにせ、終盤の強敵でしたからな」


「そう言われると光栄だな」


 俺とフランフルートとの緊張が解けたのを見て、リヴィが温かいお茶を入れた。

 俺とフランフルートへ出し、自分もカップを持ってふーふーと冷ましながら飲む。


「今夜も歌いっぱなしだったろう。休んでいけよ」


「お心づかいありがたく。そちらは……魔人ではないようですが?」


「(未来の)妻だ」


「ほほ、これはこれは。お二人の邪魔をしてしまいましたかな」


「つま!」


 リヴィは顔を真っ赤にしている。

 じっと見ると恥ずかしそうに顔をそらす。


「まあ、気にするな。俺も顔馴染みと、それもあまりいい関係ではなかった相手と雑談できるのは楽しい」


「確かに、我々は良い関係ではありませんでしたな」


「勇者の関係者とは何人か知り合いになっていてな」


「ほう?」


「ユグドーラス、ティオリール、タリッサ、デルタリオス」


「なるほど、好好爺ユグドーラス変態ティオリール発明馬鹿タリッサ宝物偏執デルタリオスですか」


 なんだろう。

 名前に込められた妙な意味が見えるような気がする。


「俺は偶然ではないと思っている」


「わたくしめがここにいるのはたまたまでございますよ」


「そうだろうな。個々人の動きは自由意思でも、最終的に引き寄せられている」


「何に?」


「俺に、さ。まあ確証はないことだ。ただみんなリオニアに訪れて、俺と遭遇する確率が高いんじゃないか、ってのが論拠だな」


「強い星の運命ほど周りを巻き込むと言われておりますな」


「どこの伝承だ?」


「十字路地方にあったグランデ王国の伝承です。かの国は星の導きで全てのまつりごとを決めていたとされております」


「不合理な国だな」


「強烈な信仰は端から見ると不合理に見えると思いますな」


「なるほど、それはそうかもしれん」


「わたくしめはあまり、旧友と会いませんので騎士殿のことをよく知りません。ゆえに、一つお聞きしたい」


「なんだ?」


「あなた様は人間の敵でしょうか?」


 もし、俺が人間の敵だったら、そういう質問をすれば斬られる可能性もある。

 ある、とフランフルートは予測しながら、それでもなお聞いたのだ。

 もし、人に仇なす者ならここで倒さねばならないと思うがゆえに。


「完全に味方というわけではない。ただ人間の敵ならば、人間から妻を娶るまい?」


 フランフルートは俺とリヴィの顔を見比べる。

 俺は普通の表情で、リヴィは俺の妻発言に頬がゆるみっぱなしである。


「そう、でしょうな。お二人の顔を見ればそうなのでしょう。失礼なことをお聞きしました」


「お前の心配もわかる。殺しあいをした相手が、仲良くしよう!と言ってもなんの説得力もないからな」


「確かに」


 うんうんとフランフルートは頷き、そして納得した顔をする。


「それではわたくしめはそろそろお暇いたしましょう。夜も遅い」


「そうだな。俺たちも明日も旅だ」


「美味しいお茶をいただきました。美しい奥方様」


「おくがたさま!」


「今度は暗黒の騎士の武勲でも考えましょうかな」


「やるなら魔界に来い。きっと流行るぞ」


「ほほほ、わたくしが魔界に?……それも面白いやもしれませぬな」


「いつでも送ってやるぞ」


「ほほ、考えておきましょう。では、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 フランフルートは静かに去っていった。


「面白い人でしたね」


「だな」


「それに、いろいろなことを知っているみたいでした」


「吟遊詩人というのはさまざまな知識に精通していないとつとまらんからな。古典、習俗、流行、言語、それに旅の知識、それらを持っていても、歌の才が無ければ有名な歌い手にはなれんと聞く」


「じゃあ、フランフルートさんはすごいんですね」


「すごいことは確かだ」


「すごい、と言えばギアさん。あの勇者の歌に出ていたって言ってませんでした?」


「言ったな」


「わたしの記憶では、暗黒騎士が出てきたのは騎士隊長にして魔将バルドルバと最後まで戦い続けた名も知れぬ最強の騎士、の二人だけでしたよね?」


「ん……そうだな」


「ギアさんって隊長ってアユーシさんに呼ばれてましたよね?」


「……そうだな」


「ギアさんって騎士の魔将?」


「違う、そっちじゃない」


「違うんですね?……良かったです」


「良かった?」


「はい。なんか騎士魔将バルドルバって、ポッと出のくせにインパクトは強いんですけど、すぐ負けちゃったじゃないですか。これがギアさんなら、あんまり、そのう、カッコよくないなーって」


 亡くなった兄弟子に俺は謝った。

 まことにすまん。

 バルドルバが魔将になったのは本人に実力があったからだ。

 勤務的に城外に出ず、勇者たちとの絡みが無かったからポッと出に見えただけなのだ。

 それなりに優秀だったのだ。


「あれでも兄弟子だ」


「あわわ、ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんですよ。ホントです」


「別にいいけどな」


「……ということはですよ?勇者と互角に戦った名も知れぬ最強の暗黒騎士がギアさんだったんですか?」


「あれはなあ……ちょっと誤解と装飾が激しいのかもしれんな」


 誰が、勇者の攻撃を跳ね返し、強烈な一撃で一行の足を止めた、んだ?

 そんな奴がいるなら、そいつが魔王になれば良かったんだ。


 時間稼ぎを駆使して、なんとか負けない戦いを続けて、生き延びた。

 それが俺のネガパレスでの戦いの全てだ。

 生き延びこそしたが、作戦的には大失敗だ。

 守るべき目標は倒され、守るべき拠点は無くなったのだから。


 そんな俺が最強の暗黒騎士などと、言われる立場にはない。


「ギアさん。なんか辛いこと思い出しました?」


「……いや」


「ちゃんと話してください。わたし、ギアさんの奥さん、ですからね」


「あ、ああ。そうだな。確かに」


 心配そうに、それでも笑顔を浮かべてくるリヴィに。

 俺もなんとか口の端を上げて、笑みをつくる。


「ギアさん……笑うとかわいいです」


「か、かわいい!?」


 精神に巨大な衝撃がはしる。

 生まれてこのかた、かわいいなど言われたことのない単語だ。

 混乱する。


「どうです?ちょっと落ち着きました?」


「あ、ああ。落ち着いたというよりはショック療法みたいな感じだが」


「わたし、なるべく笑顔でいますから。ギアさんも辛いことあったら言ってくださいね」


 結局のところ、俺はリヴィにかなわないことを改めて実感するのだった。

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