102.爪弾く雲雀亭の夜
宿の一階の酒場は混み始めていた。
ただ、俺たちの席は確保されていたので困ることはなかった。
礼の意味もこめて、飲み物を注文する。
俺が麦酒、リヴィとポーザは牛の乳、バルカーは柑橘果汁の炭酸割り、ナギとメリジェーヌは赤葡萄酒だ。
「それでは旅の安全を祈って、乾杯!」
バルカーの掛け声にあわせて、全員で杯をかかげる。
結構大声を出しているが、周りも騒いでいるので誰も気にしない。
そのうちに大皿に盛られた肉料理と木鉢に葉っぱのサラダ、鍋ごとシチューがどんどんとテーブルに置かれる。
なるほど、こうやって大盛りで出せば取り分ける手間も省けるから、大勢の客が来ても平気なわけか。
それに、たくさん盛られていると見映えもいい。
大量に作ると味が良くなるとも言うしな。
そして、一口食べると……みな顔を見合わせた。
「うまいぜ、これ」
バルカーが肉をガッととってバクバクと食べる。
「美味しいですわ」
「わらわの口にはあうぞ」
「なんだろう、美味しいけど知ってる味だなー」
「ていうか、ニコちゃんの味だよ、これ」
言われてはじめて気付いたが、確かにここの料理はニコの店の味がする。
「お客さん、もしかしてニコズキッチンの常連さんかい?」
次の料理を持ってきた主人が聞いてくる。
「まあ、そうだな」
「本店と比べるとちょっとウチは味が落ちるが、それでも料理長直伝の店だ。ゆっくり味わってくれよな」
「本店?料理長直伝の店?」
「なんだい?知らなかったのかい。ここは宿の名前は“爪弾く雲雀亭”だけどこの酒場兼レストランは“ニコズキッチンタロニア支店”なんだぜ」
「ニコズキッチンタロニア支店!?」
すでに支店を展開していたというのか!
恐るべしニコ。
「ということは料理長っていうのは」
「ああ、リオニアの天才料理人にして敏腕経営者であるニコ・カルザックさんのことさ」
「天才料理人……はわかる。なんだ、敏腕経営者って?」
「お兄さん……ですよね?知らなかったんですか?」
ナギが呆然とした顔のバルカーに聞く。
「知らなかった……なんにも……」
「料理の味も、それから店の内装や提供方法までみっちり教わってなあ。おかげでここは大繁盛、タロニアでも一番の酒場になったんだ」
ひとしきりニコのことを褒めたあと、主人は下がっていった。
ちなみに、ここはチェーンやフランチャイズではなく、ある程度の基準さえクリアしていれば自由なメニュー構成や提供も可能な、いわば暖簾分けみたいな形のニコズキッチンだった。
さらに言えば、各街道の主要な宿場町には同じような店舗形態の支店が必ず一つはある。
そのどれもが、評判のいい店としてギルドのおすすめとなっているのだった。
ニコの経営手腕に感心どころか畏れを抱いたあと、騒がしかった店がしんと静まった。
雑音と共鳴して鳴り響く音が、全員の耳に入ったのだ。
「皆さま、今宵、この酒場の一時をわたくしめとお過ごしいただきたい。これなるは吟遊詩人トロナルド、ぜひ皆さま最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします」
弦楽器を爪弾きながらやってきたのは、白いローブに、白い口ひげ、つながった顎ひげが特徴的だ。
彼がここの主人のお奨めの吟遊詩人らしい。
「まずはごあいさつがわりに一曲。お酒のつまみにこちらをお送りいたします。“鍛冶屋の息子クレベリン”」
トロナルドは軽快なリズムにのせて、鍛冶屋の息子のクレベリンの失敗を面白おかしく歌った。
どうやら、グランドレンに古くから伝わる歌らしい。
その様子が歌声から想像できて、店は大盛り上がりだ。
「続きまして、テンダーウィルの悲劇の恋人ルミリオとユリエの恋歌をお届けしましょう」
愛し合うルミリオとユリエ。
しかし、二人の生家は対立しあう家柄だった。
結ばれぬ運命の二人のとった行動とは?
という、悲劇の恋をテーマにした歌を叙情的に歌い上げたトロナルドにみな涙した。
その後もいくつか歌を唄い、曲を弾き、場を盛り上げたトロナルド。
そして、彼は口を開いた。
「それでは皆さま、今宵最後の曲となりました。歌いまするは英雄のいさおし。皆さまご存知の勇者の伝説でございます」
俺は一瞬、眉をひそめたようだった。
リヴィだけが気付いて心配そうに俺を見る。
俺は大丈夫だ、と頷いた。
勇者の伝説、ということは魔王軍との戦いを歌うのだろう。
それは、俺にとって敗北の歴史でもある。
気にしない、というのは嘘になるが、顔色を変えずに聞くくらいはできる。
魔王軍のことは今でも大事だが、こっちの仲間たちとの日々も同じように大切なのだ。
「勇者は光とともに生まれたり」
との文言から始まる勇者のいさおしは今や大陸各地で語られる最も有名な曲だ。
吟遊詩人としての曲の優劣はそれぞれの技量はもちろん、実際に取材をし、どれほどオリジナルな歌詞を作り上げられるかも評価に結び付いている。
その点で言うとトロナルドは合格、いや最高だった。
今までの曲から、歌も演奏も最高であることはみなわかっていた。
さらには歌詞である。
一般に流布している勇者のいさおしの歌詞のみならず、旅における勇者の決断、苦悩なども描写しており、仲間たちとの絆についてもあつく歌っていた。
“白月”、“紅火”、“藍水”、“碧木”、“黄金”、“黒土”、“百日”。
七人の勇者の仲間、それぞれについても本人を知る者ならニヤリとする描写も入っている。
そして、最後の魔王城ネガパレスでの戦い。
再度、相対する八体の魔将。
幾度も勇者を退けた、魔王城を守る暗黒騎士。
魔王。
どの魔将よりも強く、強大な力を持つ相手に勇者は真正面から挑んだ。
二人の戦いは、城を揺るがせ、天地を鳴動させた。
そして、ついにむかえる決着の時。
朝日が登り、最後に立っていたのは勇者だった。
魔王は討たれ、その城は消滅した。
世界に平和が戻ったのだった。
と、トロナルドが歌い終えた時、静まり返った場が一斉に万雷の拍手で満たされた。
もちろん、俺も拍手をした。
内容に百パーセントの賞賛はできない、が、その歌に対しては惜しみ無い拍手を送る。
拍手の中、トロナルドは酒場を去り、客は口々に吟遊詩人を褒め称えた。
その日の売り上げは平均の二倍を叩き出したのだという。
俺たちは食事も終わって解散し、それぞれの部屋に戻った。
だが、俺は寝ずに起きていた。
「誰かくるんですか?」
リヴィが眠そうに聞いてくる。
「俺の予想が正しければな」
「誰です?」
「名前はわからんが、顔はわかる」
「へー」
リヴィは何かを察したか、口を閉じた。
というか、誰が来るかわくわくしながら待っている感じだ。
その性格がうらやましい。
それからほどなくして、トントンと部屋の扉が叩かれる。
「開いているぞ」
「失礼しますぞ」
と、入ってきたのは白いローブの老人だ。
「あ、さっきの」
と、リヴィが声をあげる。
そう、さっきまで歌っていた吟遊詩人トロナルドである。
だが、俺は彼の別の名を知っている。
「やはり、来ると思っていたぞ。久しいな。魔法使い。いや、“紅火”フランフルート」
トロナルドは眉をピクリと動かした。
その反応で、俺は推測が正しいことを知った。
目の前の男こそ勇者の一行の一人、魔法使いフランフルートだということを。




