100.試験は楽しめと憂鬱な顔で誰かが言った
「試験に受かったら、ニューリオニアでデートをしよう」
ユグの参考書を見ながら苦い顔でうなっていたリヴィに、俺はそう言った。
「試験に……受かったら……デート!?」
言葉の意味が頭に届くまで、若干時間がかかったが大丈夫だろうか。
「デート、だ」
「やります」
リヴィの顔は一度ふにゃんととろけ、そして一気に集中状態になった。
後から確認したら、バルカーが死んだ時のとんでもない魔法を使った時の顔と同じだったらしい。
デートと友達の死が同じなのはどうなのだろう。
そして、試験当日。
「試験官のティオリールだ。冒険者ギルド本部からの要請を受け、筆記試験の監督をすることになった。どうぞよろしく」
いつもの“黄金”の鎧ではなく、金糸の入った白い服を着たティオリールがリオニアスの冒険者ギルドにいた。
「どういうことだ?」
「今まで試験で三級になった者は数えるほどしかおらん。そのため、参考資料として万全を尽くしたい、とのことじゃ」
ユグが真面目な顔をして言った。
冒険者ギルド自体の思惑ということか。
だが、“黄金”を呼ぶのはやり過ぎだろう。
ということは、ユグの方の思惑があるのか?
小さな声で聞いてみた。
「友人としてのコネを使って、なんであれを呼ぶ?」
「あれならえこひいきはせんじゃろ。友人としても、対外的にも信用できる」
「まあ、確かにな」
勇者一行の一人であり、教会の審問官であり、英雄であるティオリールの信用は大陸随一である。
試験官としては最適ではある。
もちろん、リヴィたちには受かってほしいが、不正はしてほしくないユグの望みもわかる。
試験が始まる直前、ティオリールの顔がわずかにひくつく。
頬がうっすらと赤い。
ありゃ、何かされてるな。
リヴィは真面目に待っている。
ナギも目をとじて始まりを待っている。
メリジェーヌは、じっとティオリールを見ている。
その目はうっすらと赤い光が灯っていた。
「試験官」
俺はティオリールに声をかけた。
「あ、ああ。なんだ?」
「ちょっといいか」
メリジェーヌの前に立ち、げんこつを落とす。
ベギン、といい音がする。
「ぐぎゃ!」
その声に、リヴィとナギが驚いてこちらを見た。
「え?ギアさん?」
俺はメリジェーヌをじっと見た。
「な、なんじゃ?」
「魔王の誇りがあるなら……あとはわかるな?」
「む、ぐ!わ、わかったの、じゃ」
俺はそれで部屋のすみに戻る。
ユグが興味深そうにこちらを見る。
「なんだよ」
「魅了か?」
「ん……まあな。“黄金”がふらつくくらいの強力なやつだったからな。つい手がでちまった」
「古の竜王であり、魔王にげんこつとはな」
「仕方ないだろ」
「くくく。しかし、ティオリールも存外だらしない」
「見学の方は私語を慎んでいただきたい」
試験官の注意が入り、俺たちは口を閉じた。
そして、試験が始まった。
言語学。
歴史。
算術。
状況判断。
魔法学。
の五つの科目を一時間ずつ試験する。
冒険者ギルド謹製のペーパーテストである。
リヴィは全教科を物凄い集中で乗り切った。
ナギはいくつかつまづきがありつつも、危なげなく解答する。
メリジェーヌは……魔法が得意、あと歴史。
朝から始まり、昼食休憩を挟みつつ、夕方に試験は終わった。
ティオリールとユグは引き続き採点にうつる。
その間、三人は自由時間が与えられた。
結果に不安がありつつも、ようやくの解放感に三人はぐったりリラックスしていた。
その状態でも、顔を付き合わせて。
「歴史の問4ってなんだったんですか?」
「ベルスローン帝国の藩王国について、でしたわね?」
「わらわは知らぬ」
「あれはベルスローン帝国の……」
とかいう問題の答え合わせに花が咲いていた。
「何か食わなくて大丈夫か?」
「そういえば、おなかすきましたね」
「うむ。頭脳労働をしたからじゃの」
俺は昼過ぎにギルドを訪れたニコからの預かりものを渡した。
ニコズキッチンの人気テイクアウトメニューである揚げパンだ。
中にクリームが入っていて、甘くておいしい。
疲れた時に食べると元気が出てくると評判である。
「さすがはニコちゃん」
もぐもぐと揚げパンを頬ばりながら、リヴィは友人を誉める。
「あ、私の揚げパンは中身がエビクリームですわ」
海産物の国ギリア出身のナギにあわせて、中身を変えてくるニコ。
さすがである。
俺のは、茶色い肉のシチューだ。
……もしかして、全員分用意したのか?
底知れぬニコの料理への情熱を再確認した休憩時間になった。
夜。
ギルドの受付時間が終わり、冒険者たちも解散する時間になった。
普通の冒険者ギルドなら、併設の酒場で酔った者たちがまだ騒いでいる頃合いだが、リオニアスは酒場のないギルドのため、静かだ。
二階からマチが降りてくる。
私服だ。
「では、私は帰りますね。本当は一緒に残りたいんですけど、明日も仕事なので」
「ああ。ご苦労さん。気をつけて帰れよ」
「はい、ありがとうございます」
同じように、職員たちも夜勤当番以外は帰っていく。
いつもの喧騒に満ちたギルドと違って、静かで寂しいくらいだ。
「ふわあ、じゃ、私は仮眠室にいるから、何かあったら呼んでね」
と、夜勤のレベッカが声をかけて、いなくなる。
これで、受付ホールには俺たちだけになったわけだ。
「なんか新鮮ですね」
「だな」
誰もいない、照明も最低限に落とされたギルドの中は初めて見た。
そこへ、ティオリールとユグが降りてくる。
「待たせたな。結果を発表する」
ティオリールが紙の束を抱えて、休憩所に来た。
試験用紙だ。
「では、わしの方から発表するとしよう」
ゴクリ、と誰かがのどをならす。
「合格ラインは各教科百点満点中八十点、合計四百点とする。まずはナギ君」
「待っておりましたわ」
「言語84点、歴史98点、算術96点、判断81点、魔法98点、合計455点。合格じゃ」
ナギは珍しくホッとした顔をした。
優秀な彼女でも、不安はあったらしい。
「ありがとうございます!」
「続いてメリジェーヌ殿」
「うむ」
「言語80点、歴史80点、算術80点、判断80点、魔法99点、合計419点、合格」
「当然じゃ」
「ただし、試験開始前に不正行為があったため、マイナス点とする。計414点」
「な、なんじゃと!?」
「当たり前だ」
俺のツッコミにメリジェーヌは泣きそうな顔をした。
そして、わかりやすくへこんだ。
「では、最後。リヴィエール」
「はい!」
「言語84点、歴史80点、算術80点、判断92点、魔法100点、合計436点、合格。三人とも合格じゃ、よう頑張ったのう」
「ユグドーラス様!ありがとうございます!」
一番元気がよかったのはリヴィだった。
俺との約束の効果もあったろうが、どうやら魔法学を全問正解したのが、よほど嬉しかったようだ。
反対に、ナギの顔はわずかに悔しさをのぞかせていた。
総合得点ではナギが一番なのだが、彼女の取れなかった満点をリヴィがとったのが悔しかったのかもしれない。
メリジェーヌは……三人の中で最低点を出したこと、そして魅了のせいで減点されたことで、まだへこんでいた。
ともあれ、三人とも試験に合格し、三級冒険者に昇級した。
三級は今までの五級や四級とは違う。
三級の冒険者として扱われる。
冒険者として責任のある立場になるのだ。
その覚悟を胸に三人は、とりあえず喜びを全身で表した。
そして、俺たち“ドアーズ”は二級冒険者パーティになった。
リオニアスにかつて存在していた二つの二級冒険者パーティ、“メルティリア”と“アンラックド”に続いて、三つ目の、かつ現在唯一の最強パーティとしてこれからは扱われることになる。
今はまだ、そこに思いは至らず、互いに喜び合うだけだけれど。




