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1暗黒騎士無職になる

 その日。

 光の神アルザトルスの加護を受けた最強の“勇者”は、暗黒の支配者、“魔王”をついに討ち果たした。

 魔王に従う八魔将、四天王も勇者の聖剣に倒れ、そして魔王の敗北によってその魔力によって創造されていた居城たる暗黒城ネガパレスもまた崩壊した。


 世界には光が戻った。

 人々は魔王の脅威から解放され、日々を楽しむことができることに歓喜した。


 そう、ついに平和が訪れたのだった。


 完。



「完、なのは俺の方だよなあ」


 と俺は一人呟く。

 廃墟と化した暗黒城ネガパレス跡地で、瓦礫の上に腰掛けながら。

 吹く風が爽やかなのが唯一の癒しだった。

 朝焼けが眩しい。


 俺の名はギア。

 昨日までの肩書きは魔王軍暗黒騎士二番隊隊長である。

 職業は暗黒騎士。

 魔王軍の花形であり、魔王の近衛隊として活躍して、いた。

 剣技と闇魔法を扱い、ネガパレスの守備の要として最後の戦いでも奮闘した。


 しかし、それも全て過去のことになってしまった。


 なにせ、職場がなくなり(物理的に)、仕事がなくなり(物理的に)、上司がいなくなり(物理的に)、部下がいなくなり(物理的に)、さらには住居もなくなって(物理的に)しまったのだ。


 いうなれば経営者、役員、部長以下管理職のほとんどが逃げたブラック企業である。

 社宅も追い出され、給料も未払いで、この先単なる中間管理職の自分はどうすればいい?


 異世界ここではないところのような話はさておいて。


 俺はこれまでのことを思い起こす。


 勇者一行が魔王領に侵入したのは一昨日のこと。

 すぐさま厳戒態勢が敷かれた。

 領内、城内の要所を魔将が守備し、魔王の周囲を四天王が囲み、暗黒騎士や魔物たちが城内を警備する形だ。


 勇者一行は昨日昼過ぎには城内に侵入してきた。

 その時点で二体の魔将が負けたということ。

 魔王領の入口と城門前だ。

 それからの半日あまりでネガパレスは突破された。

 ほとんどの魔将、四天王は敗北し、命を落とした。

 そして、魔王様と勇者の決戦。

 深夜からの戦いは明け方まで続き、魔王様は……負けた。


 俺はというと、暗黒騎士の指揮をしていた。

 なにせ、暗黒騎士たちの本来の指揮官である一番隊隊長でもある騎士魔将バルドルバは、指揮を放棄したのだ。

 その肩書きの通り、バルドルバは魔将の一人。

 自分の仕事より、魔将としての使命を優先する。

 大変結構!

 魔王軍の魔将のかがみである。


 だが、下につく俺たちにとっては迷惑このうえない。

 魔王軍暗黒騎士隊が、一番隊と二番隊がいるのにはもちろん理由がある。

 単純なことだが、一番隊が魔界の貴族階級出身のエリート、二番隊が雑兵からの叩き上げ、ということである。


 このエリートと叩き上げは分けないで、混成して使う方が効果が高いと俺は思うのだが、バルドルバや魔将様方の意見は違ったようで、二つの隊にわけて編成されていた。


 で、察しの通り、二番隊の隊長といえど一番隊の連中は指示を聴くわけはなく。

 勝手な判断で行動してしまっていた。

 ある騎士はバルドルバとともに城内の舞踏場ダンスフロア(なぜそこに?)に陣取り、勇者を迎え撃った。

 魔王様を倒せる勇者に、魔将とただの騎士では相手にならず、敗北。

 また、ある騎士は少数で固まり、勇者に挑み一蹴されてしまった。

 他の騎士たちも、まとまって防御に徹すればまだしも、バラバラに行動して城内に分散。

 遭遇した勇者に各個撃破されていく。

 その結果、一番隊は全滅。

 そして、俺たち二番隊は勇者に(適当に)挑みつつ、生存者の救出などを主にやっていた。

 隊長である俺も一度、時間稼ぎのために勇者と戦った。


 アレはヤバい。

 腕に自信があるつもりだったが、ほとんど相手にならず生還するのに精一杯だった。

 光の神に選ばれた最強の人間というのも納得だ。


 結果、魔王様は負けた。

 魔王軍は負けたのだ。

 しかし、二番隊はほとんどの騎士が生き残った。


 魔王様が討ち取られ、城が崩壊したことで勇者一行は目的を達したと判断したようでそれ以上の戦闘や略奪をせず去っていった。

 その余力も無かったのだろうが。


「生き残ったことを恥と思うな。あの混乱の中でお前たちはできることをやったんだ」


 部下たちに最後の訓示をする。


「その命を大事にし、魔王軍再起の時まで鍛練を怠るな」


 ただまあ、魔王軍の再起はないだろうな。

 被害が大きすぎる。


 魔界へ撤退する文官たちに便乗して、部下たちも魔界へ帰ることになっている。


「あなたはどうするのです?」


 生き残りの一人、副宰相のボルルームが俺に聞いてくる。

 このボルルームという男とは同期の入軍だった。

 こいつはエリート側だったため、俺のことを散々馬鹿にしたのだが、何度か同じ戦いで死線をくぐり抜けたり、命を助けたり、助けられたりしたことで関係は変わっていった。

 奴が宰相室に、俺が騎士になるころには互いを認めあうようになっていたと思う。

 俺が騎士隊長になってからは、滞りがちだった補給を無理矢理ぶんどったり、装備の更新を強制したり、難題をふっかけていた。

 仲は悪くないと思ってはいるが、鬱陶しいとは思っていただろうな。


「俺は人間界こっちに残るぜ」


「ほう?」


 とボルルームは意外だ、というような顔をした。


「べつに魔界むこうにいい思い出もないしな」


「ああ、あなたはそういえば混血者ハーフでしたな」


雑種ハーフさ」


 あんたに言われたんだぜ?と俺は昔話した会話のことを蒸し返す。


「そんなこともありましたな。……あなたなら魔王軍再興に携わっていただけると思っていたのですが」


「おいおい、俺は魔将でもない騎士隊長だ。御前会議でも末席だったろう?」


雑種ハーフが御前会議に出るのがどれほどのことか……わかっていないのでしょうね」


「別に発言権もなかったしな」


「あなたぐらいですよ。宰相室に直接要望をねじ込んできたのは」


「そうなのか?」


「魔王軍は実力至上主義でしたでしょう?魔将様方も自らの肉体を武器としてましたし、略奪品をメインに使ってた方も多かったです」


「ああ……だろうな」


 支給品がなく、自前でなんとかしろというのは、今考えるとやはりブラックである。

 それでもなんとかなったのは、それぞれの魔将のスペックが高かったからだ。


「あなたなら、崩壊した魔王軍を取りまとめられる」


「いやいや、生き残りで俺が一番地位が高いだけだろ?」


「……見抜かれましたか」


「そりゃあな」


 こちらを上げてうまく利用しようとするのは、こいつの十八番だ。

 それに利用されて何度危ない任務をさせられたか。


「……私は本気なのですがね」


 とボルルームが呟いた声は聞こえなかった。


 そして、ボルルームと俺の部下だった暗黒騎士たちは魔界へと帰っていった。


 俺は一人になり、誰もいなくなったネガパレスの瓦礫に腰掛けていたわけだ。


「さあて、何すっかなー」


 人間世界で生きていくことを俺は決めていた。

 さっきもボルルームに言った雑種ハーフという言葉、これは奴の言った混血者ハーフという意味もあるが、魔界の民である魔人と人間の子供という意味が強い。

 敵対種である人間の血を引く者への差別意識は魔界ではまだ強い。

 元魔王軍の暗黒騎士であっても、だ。

 それならば、まったくの新天地である人間世界で生きていく方が面白そうだ、と俺は思ったのだ。


 とはいえ、俺も軍人だったから戦闘以外の技能は持ち合わせていない。

 できるのは剣を振るうことだけだ。

 人間世界のどこかの国に仕えるというのもおかしな話だし、放浪の騎士というのもありそうでなかなか無い。

 だいたい放浪の騎士とやらはどうやって金を稼ぐのだろうか?

 金が無ければ飯は食えない。

 飯が食えなければ死ぬ。


「あ、そういや」


 勇者は冒険者出身だと、その背景調査をしたときに聞いた覚えがあった。

 その時は冒険者?なに?どんな職業?と思ったものだが、よく調べてみると冒険をし、魔物を倒し、財宝を手に入れるというロマンあふれる仕事だということがわかった。


「それもいいかもな」


 冒険者。

 なかなかいい響きではないか。



 かくして、無職になった暗黒騎士は冒険者となるべく、人間世界へ足を踏み入れることになったのだった。





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