嵐の前に…
フラグに伏線ポイ捨て、なお回収は当分先の模様。
ケブル・モースは王子の従者、側近である。
ケブルは、公爵家の末息子として生まれた。高貴な王族の親戚でもある。
同い年のジュース王子の側仕えとして抜擢され、王族を守るエリート騎士として養育されてきたのが、このケブル・モース。
幼い頃から王子に仕えてきた彼だが、二人は特別に親しい関係ではない。
ただ、主君とその臣下としての意外と冷めた関係—とケブルは認識している。
そんなケブル青年は、人一倍忠誠心が強く、ビジネスライクだったから、かねてから親友に憧れていた王子は中々彼に手を出せないでいた。
仲良くしたい王子と、冷静沈着で少しばかり鈍い(バーティー並みの鈍さ)ケブルの攻防は、長年、従者ケブルの圧勝に終わってきたのである。
だが、その積年の関係も、咄嗟の危機的状況の中で揺らごうとしていた—
「逃すか、この猿人の恥晒しどもが!このガント様の怒りにひれ伏すが良い!」
ガタイのいい大猿、体高約5Mは暴れに暴れまくっていた。
ネメアライオンに比肩するその体躯は、人間の兵士たちを圧倒し、粉砕していく。
その様子を見かねて、近衛たちは各個に独断専行し、柔軟で迅速な対応をする。
「重装歩兵陣を組んで突撃しろ!」
ある百人隊長は部下と隊列を組んで大猿に突進し。
「弓兵は奴を車列に近づけるな!」
ある近衛兵は、荷馬車にどうにか乗せたバリスタを発射し。
「投石で奴の目を潰せ!」
ある負傷兵は、そこらに転がっているガラクタやら石やらを礫代わりに攻撃する。
その全てが、たかが毛皮とマントだけの毛深い大猿を木っ端微塵にすると思いきや—
「効かん、効かんぞ、人間!」
「なんて卑怯な奴だ、味方を盾に巧みに攻撃を避けているぞ!」
側にいた腐り獅子—キメラ—と骸骨兵を掴んで振り回し、全ての攻撃を弾くか、肉盾で受ける。
特に鉄の刃を通さないキメラは、攻撃の殆どを無効化している。
味方の犠牲も厭わない大猿は、さっさと距離を詰めて重装歩兵陣に突貫、かき回す。
捻り潰した兵士の死体を右手に、可哀想なことに未だに生きているキメラを左手に、肘関節を展開、肩関節を回転させるその様は、汗と血の風車塔。
芝を切り裂く芝刈り機の如く、重装歩兵は蹂躙される!
「弓兵、撃ち方止めえ!味方に当たる!」
「これじゃあ投石も出来ないぞ…」
肉薄した大猿の壁となった重装歩兵は、味方の遠距離攻撃を妨げ、効力的戦闘を無効化する。
「このガント様を前にして、不覚も良いところよ。甘い、甘すぎるぞ、人間!味方を犠牲に敵を倒すことを怠るなど、笑止!」
嵐の如く前に進み続けるガントに相対して、重装歩兵隊は中央突破を許す。
殴打され、吹き飛ばされ、踏み潰され…精鋭の重装歩兵隊は僅か十数秒で半壊した。
「今だ、親方に続け!」
「小賢しい猿野郎が!気をつけろコイツらは見た目以上に素早い!」
開いた突破口に、すかさずガントの直衛である小猿数百匹が潜り込む。
その小さな肢体を生かし、歩兵の隙間をすり抜けて、彼らは負傷兵満載の車列目掛けて駆ける。
「奴らを車列に近づけたらお終いだ。ありったけの矢をお見舞いしてやれ!」
「食らってくたばれ、バリスタの太矢だ!」
怒号を上げて指示が飛び交い、鬼気迫った表情で弓兵が矢を放ち、連射する。
負傷兵たちも剣を掲げ、石を投げ、精一杯の抵抗を示す。
だがしかし、悲しいかな。
矢は小さな的を捉えきれず、歩兵隊は小猿の速度に追いつけず、負傷兵の威嚇は全く意味をなさない。
なぜならば、背後には彼らの大将、大猿人ガント・ロバーストンが控えているからである。
逃げれば殺される、その恐怖が小猿の大群を追い立てていた。
「追いつかれるぞ!」
御者が荷馬車の上で悲鳴を上げる。
驚くべきことに小猿の群れは、乗り手のいない馬に追従する速度。荷馬車如きでは全く振り切れない。
迫る猿たちに必死の抵抗を続ける人間たち、だが無駄である。
「奴らを血祭りに上げてやれ!俺に続くのだ、降りかかる火の粉は払ってやる!」
「「「親方が来たぞお!」」」
小猿以上の速さで突き進むガントがいる。
体高5Mの大猿は味方の盾に、敵に対しての城塞として機能する。
今度、手にするのは、未だに生きているキメラと打ち捨てられた荷馬車の残骸。
荷馬車を盾として使うガントの背後は、絶対不可侵の安全圏。
そして、そこから小猿たちが続くのだ。
彼ら猿人の怒涛の勢いは、もう誰にも止められない—
「ぶつかるぞ!」
「衝撃に備えろ!」
負傷兵は蹲り、弓兵は矢を放ち続け、歩兵隊は追い縋る。
その全てが無駄で、ノット効果的な足掻きと思われた—
「皆、恐れることはない。私がここにいる。全員突撃!」
「「「殿下と共に!」」」
地を鳴らす音、馬の嘶き、馬上槍の振り下ろされる音。
「我が国の誇る重装騎兵隊だ!」
「ジュース殿下の登場だ。これで勝てるぞ!」
近衛兵団最強、重装騎兵隊、参上。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
これからもこの小説は続きます。
では、また明日。