塞翁が馬の日
お待たせしました。
どうぞごゆるりとお楽しみください。
「これより我々は、一気呵成に打って出る!」
馬上にて、王子は皆の者に指示を出す。
馬と馬車を、総出で限界までかき集めて、五百頭と二百五十台に少しばかりの余剰。
農民が放棄していったぼろの荷馬車まで集めて、王子とケブルは一刻未満の時間で、ざっと二千五百人分を運べる数の馬車を用意した。
もちろん、荷馬車には溢れる藁の如く、人が積み重なってすし詰め状態なことを想定してだが。
側近のケブルが王子の言葉を引き継ぐ。
「作戦はこうだ。歩兵、騎兵、荷馬車で縦陣を組む。速度を優先して、騎兵が先頭、その次が荷馬車、最後に歩兵となる。喜べ、殿の歩兵隊は殿下が指揮をとって下さるぞ!」
「おお、それは感動、光栄至極の至りであります!」
「殿下が来た。これで勝てる!」
ケブルの言葉に、殿を任せられた歩兵隊の中でも、精強かつ勇猛な重装歩兵団が歓声を上げ、長槍で大楯をバチバチと叩いて鳴らす。
しかし、側仕えのケブルの表情は固い。
最も敵の追撃が激しく危険である殿に自ら志願した王子を止めて、激しく反対したのは彼だったからだ。
数分前も—
「私が皆の盾となる。背中は任せてくれ、ケブル。あの骸骨どもは一匹たりとも追いつかせない。」
「殿下、御身が傷付き倒れることになれば、我々の士気は瓦解し、勇猛である近衛兵団といえど潰走するでしょう。どうかお考え直しを、御身の安全が第一なのです!」
自分の身を省みず、危険に飛び込もうとする王子に、すかさずケブルは忠言した。
「上に立つ高貴なる者には、大いなる責任が伴う。ノブレスオブリージュ、貴族と王家の成した誓いだ。ケブル、私は立ち向かわなければならないのだ、最後の王族として。誓いは如何なる時であろうと果たす。果たせねばならない。このジュース・ユリテールは決めたのだ。」
だが、頑固な王子の意見は、そうそう変わらない。
根の優しい彼は、兵士たちを差し置いて自分だけが一人生き残ることを望んでいないのだ。
そして、その優しさが命取りであるとケブル・モースは思っている。
優しすぎる故に、兵を見捨てられず自身の身を危険に晒す。
優しすぎる故に、臣下が犠牲になる度に自分を責め、追い詰める。
優しすぎる故に、精神と肉体の限界を超えて王国を救うために奔走する。
王子は外面だけは取り繕っているが、その内側はもう既にボロボロだった。
十円ハゲ、ストレス性胃炎、嘔吐感、パニック障害、抑鬱症状、睡眠障害。
王子の側に残った最後の側仕えであるケブルだからこそ、分かってしまうことがある。
何も出来ない自分に、ケブルは歯噛みし、地団駄を踏む。
私にも力があれば良かったと。
「これは戦の神が齎した栄光への道筋である。天運は我らについた。見よ、空が晴れていくではないか!」
王子の指差す先には、二つに割れた雲がある。
それは突如として現れた白の光、闇夜を照らす希望の塔。
暗黒にあって唯一の明かりを目にした将兵は、どよめき、驚き、興奮する。
どん底にいた自分たちにも運が巡って来たと。
士気は上がりに上がって、ケブルの合図で城門が開放された—
「出陣するぞ。皆、気を引き締めよ。勝利を亡者どもからもぎ取るのだ!私が諸君らの背中を守る。安心して進め!」
王子の激励に応えて、近衛兵団は鬨の声を上げ、少しのためらいの後、ケブルもそれに加わった。
明日へと目掛けて、人馬は疾る。
毎日更新は楽しすぎるけど疲労は隠せないのです。
それでも待ってる読者さんの為に僕は書きますよ。