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バーティー・グーンのファンタジア  作者: 目安ぼくす
第一部第一章:遙かなる空へ
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雨降って飛び立つ

 ハリスは目を疑った。


「軍医長、水が、水が車列の中央から飛び出しています!」


「何ということだ……これは災厄なのか、奇跡なのか。まるで分からない。」


 降り注ぐ水しぶきに濡れながら、軍医長は呟いた。

 噴出する水の波は、荷馬車をおもちゃにように軽く押し流す。

 押し寄せる透明の濁流は、まさに自然の猛威!


「衝撃に備えろおおお!」


 その誰かの叫びは、うねり狂う水の流れにかき消された。


 ハリスと軍医長、ケブルは王子に覆い被さって襲いかかる衝撃から、対象を庇う。


 しかして叩きつける衝撃は無音だった。

 ゴウンと水中に飲み込まれた人と馬は、一様にして空気を求めて足掻く。

 必死に腕と足を働かせて向かうその先は水面。


 一方の王子護衛の一行は、ただひたすら息を止めて目を瞑りながら、水が流れ去るまで耐える。


 ぶくぶく泡が口から漏れながらも、彼らの忠誠心は王子が荷馬車から流されないよう支えて離さない。


「うおわあああ!恨むぞネプチューン、ぶくぶくぶくぶく……」


 一人見知った奴が、沈んでいくが気にしない気にしない。


 果たして、波が去った時、一面はぐちゃぐちゃの泥で、人馬はもろとも濡れ鼠だった。

 黒パンは持ち前の硬度を発揮して、一切湿らず無事である。


「俺たち、こんな硬いパン食ってたのか……」


「これ作った奴はどうかしてるぜ。石みたいな硬さだ。」


 食料の状態を確認していた兵站の人間が言う。


 ハリスは、濡れた髪を犬のようにブルブル震わせて、水を飛び散らす。

 その水しぶきを受けた軍医長は嫌な顔をするが、手短にそれを服の裾で拭うだけで済ませた。

 対照的に、ケブルはいち早く王子の脈を測って様子を確認している。


「良かった……ショックで死んでいるかと。」


「さすがにそこまで殿下は弱っておりません、ケブル卿。とりあえず濡れた服を剥ぎましょう。これは、もはや何の意味も為さず体力を奪うだけです。」


 いささかオーバーなリアクションをするケブルに、軍医長は手早く指示を出す。

 それを耳にして、ハリスは上着をさっさと脱いで、そこらに放った。

 他の荷馬車でも軍医が体温を奪われないよう、服を脱げ、との指示が出る。


 中には、湿って冷たい下着がこりゃたまらんと、裸になる兵士まで出てくる。


「ふん。中々の肉体美だろ。腹筋も割れているぞ。」


「俺の太ももはどうだ。引き締まって血管が浮き出ている。ふはは。」


「そんなことより下着を着ろよ。お前らそれでも近衛兵かよ……」


 お互いの筋肉を自慢しあう不特定多数の人間。

 しかも裸。

 数少ない常識人である一人の兵士は困惑に、頭を悩ませた。

 だがしかし、凍りつくように肌寒い北の大地で甚だしく無謀である。


 寒さを紛らわすために集まって、おしくらまんじゅうの様相を近衛兵たちが呈したとき、事態は動いた。


「お、俺の腹の傷が治っているじゃないか!?」


「今の私は傷ひとつない。肌は生まれたての赤ん坊だ!眉間の古傷が治った!」


「目を覚ましたら失ったはずの左腕が生えていた。嘘じゃない。こいつは幻影とか妄想とかチャチなもんじゃねえ。もっと神業的な奇跡か何かだぜえ……」


 重傷で寝たきりだった負傷兵たちが動き出し、昔の傷跡に悩まされていた古参兵が歓声を上げ、肌荒れに悩まされていた新兵が怒声を上げて狂喜する。

 あの水に触れた者は、尽くが癒されていた。


「お、花が咲いていますよ。草も生えてきました。俺、夢でも見ているんですかね。」


「あの噴水の効能だろう。誰がやったのかは知らないが、感謝せねばならない。」


 神秘的な光景に、彼らは魅せられていた。

 凍土の壁を突き破って、野の花は顔を覗かせる。

 それは、まるで苦境に負けるなと近衛兵団を応援しているようで、不思議とケブルは励まされた。

 また、興味深い事象に軍医長は学術的な好奇心を抱き、あの花を解剖してみたいと考えた。

 ハリスは、それを口に出した軍医長をジト目で見た。


 薄暗い夕暮れの中、兵士たちは希望を見出し、より一層士気を高める。

 有り余った元気を、彼らは国家を斉唱することで発散するのだった。

 だが、それは王国の第一王子、ジュース・ユリテールを呼び覚ますことはなかった。

次回は遅れそうです。

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