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バーティー・グーンのファンタジア  作者: 目安ぼくす
第一部第一章:遙かなる空へ
21/22

救うべきもの

今回は長めです。

「俺、ちょっと用を足してくるよ。」


 バーティーは荷馬車から飛び降りた。

 で、もちろんドサリと転ぶ。


「大丈夫か、坊主?あんまり遠くへ行くなよ。」


 ハリスは小人少年に声をかけながら、毛布を被る。

 彼は昼寝をするつもりのようだ。

 いてて、と起き上がったバーティーは案外頑丈らしい。

 かなりの高速で移動する荷馬車から落馬して、骨の一つも折らない丈夫さ。

 やはり人間ではなかった。


 小人とは、なんだろう。

 非力だが素早い。

 脳みそ空っぽ(バーティー限定)の代わりに幸運が常に降りかかる。

 骨太で見た目以上に壮健。

 体重の軽さのおかげで、地面に激突しても軽い衝撃しか受けない。

 そんな理由で少年は無事だった。


 彼は木槌を背負って、荷馬車の間をぬって駆ける。

 控えめに言っても、時速数十キロは出ている荷馬車に追従しているのだ。


『あまり私の力を使うな。無限ではないのだぞ。』


 力を流れる川のようにドバドバ消費するバーティーに、ネプチューンは抗議する。

 そう、いくら小人が素早いといえど、さすがに馬程ではない。

 小人少年の背負う木槌の底からは炎が噴き出し、彼の走行を補助していた。


「おい、あの坊主は馬と同じぐらい速いみたいだ。」


「そいつは凄い。騎兵並みの速させ走る歩兵って、もう歩兵じゃないな。」


「機動歩兵…いいジャンルだ。騎兵並みの速力で敵を翻弄する兵科。夢が広がる。」


 それを目にして負傷兵たちは次々に感想を述べる。

 ハイスピードでゴキブリにように走り回るバーティーの姿を目で追えるとは、さすがの近衛兵たちだった。


「なあ、ネプチューン。本当に俺たちは勝ったのか。」


『もちろんだとも。私たちは災厄を退け、世界の崩壊を阻止した。死はもはや広まっておらず、この王国に押し込められている。御方とやらは動いていない。』


 ネプチューンは淡々と説明する。


『敵はこちらに主導権を握られている。突然の異分子、私たちの登場にな。それは勝利ではないのか?』


「違う。しっくりこない。」


 それをバッサリと小人少年は否定し、非合理的な感想にネプチューンは頭を悩ます。


『しっくりしないとは、どういうことだ?』


 非論理的なバーティーは、直感とフィーリングで物事を見る。

 それは、とても直球で、不安定で、アンステーブル。

 だが心に平手打ちの衝撃を食らわせてくるッ…


「俺は勝った気がしないんだ、ネプチューン。見ろ、アイツらを!」


 ゲジゲジのようにカサカサと荷馬車の影に隠れて、バーティーはネプチューンに言う。

 彼が指し示すのは横たわる負傷兵たち、毛布で隠された遺体、寒さに凍える将兵。


「俺たちが救えたかもしれない人々だ。」


『救えたかも、だろう。結果論に過ぎない。』


 ネプチューンは反論し、その木槌の身体を震わせる。

 彼は、負け惜しみや後悔は嫌いなタイプなのだ。

 過去を振り返ることを潔しとしない性格のネプチューン。

 バーティーのその行為に嫌悪を抱く。


「それでもだ。アイツらを助けられないのなら、それは勝利じゃねえ。」


『私が救うのは世界だ。たとえどんな犠牲を伴おうと世界を救う。それが私の使命で、小のために大を犠牲にすることではない。つまり、どうでもいいし関係ない。勝利は勝利だ。』


 残酷にもネプチューンは言い放ち、バーティーは息を飲んだ。

 珍しくも、しかし当然如く小人少年は驚愕し、憤慨する。


「お前は、人がどうなってもいいのか!?救いたいとは思わないのか!?」


『私には私の理がある。それに従うまでだ。だが、それでも彼らを救いたいと言うのなら—』


 ネプチューンは邪悪に微笑んだ。


『その右腕を頂こう、バーティー。それを代価に救おうではないか。お前が気にかける、人間たちとやらを。』


「いいぜ。右腕を代価に、俺たちは世界を救い、人助けもする。契約成立だ。」


 それは勇気か蛮勇か。

 臆すことなく、躊躇うことなく、小人少年は右腕の一つぐらいくれてやると言う。

 一体何が彼を待ち受けるのかも知らず、バーティー・グーンはひたすら前に進むのだ。


 ネプチューンは、御しやすい奴だとほくそ笑み、儀式を執り行う。

 その木槌から言霊が迸るたび、青の粒子が少年の右腕に吸い込まれ、バーティーはむず痒い感覚を覚える。


『約定に従い、告げる。汝の右腕を我のモノに。我が願望を彼のモノに。物々の交換によって、世界は循環する。海神の名の下に、荒れ狂う海原が如く、船乗りは供物を捧げよう。【神山燃焼】、立ち昇る煙は贄の匂いなりて。』


 ジュワーと肉が焦げる音が漏れる。

 粒子が少年の右腕へ侵入するたびに、濃厚な蒼が広がり、辺りは紫に包まれていく。

 その肌色が黒く焦がれていく程に、バーティーは半身が消失するような幻想を見てうなされた。

 さらに、黒く変化していく腕に、今度は青のトライバルな紋様が刻まれて発光する。

 幸い、鈍い光は荷馬車の陰に吸収されて、漏れなかった。

 だが、その臭いは隠せない。


「何か旨そうな匂いがするな〜。」


「ステーキか?王都の高級レストランを思い出すな…」


 近くの兵士たちは腹を空かせ、ヨダレを垂らす。

 黒パンしか食べていない彼らに、たとえ人肉といえど焼肉の匂いは耐えがたかった。


 バーティーは右腕をシャツの麻布で覆い隠し、臭いを遮断しようとする。

 すると青い炎が布に燃え移って、激しい黒煙を撒き散らす。

 慌てて小人少年は火を叩いて消した。


「ん?何か燃えてないか?」


「火事?まさかそんな。木製の馬車の上で、火を炊くバカがいるかよ。」


 もっと焦げ臭い、ヤバそうな匂いに兵士たちは訝しむ。

 辺りを見回し、匂いの元はどこか辿るのだ。


「おい、荷馬車の裏から漂ってくるぞ。」


「本当か?なんで火がついてるんだ。敵の破壊工作か!?」


 彼らは剣を抜き放って、ガタガタ揺れる荷馬車の上を慎重に歩く。

 何かがあるという確信を持って、二人の兵士は馬車の背後、バーティーが隠れて馬車に追従する場所に近づいた。


「おい、ネプチューン。バレるぞ!」


『問題ない。儀式を続行する。』


 バーティーの警告に耳を貸さず、ネプチューンは彼の右腕に侵食する。

 火山のように発熱して青い溶岩を垂れ流す右腕の先に、背中の木槌はくっ付いて同化。

 肉と木は混じり合ってヌメヌメした海草に似たモノに変化していく。


「怪しい匂いだ。アンデッドの死肉みたいな奴だぞ。」


「まさか。荷馬車に奴らが張り付いているのか?」


 疑心の高まる兵士たちは、剣を荷馬車の後方に向けながら、車体を綿密に検分する。

 もはや確信といって良かった。

 骸骨かゾンビか。

 アンデッドの類が馬車に乗り込もうとしていると考えて、二人は戦闘態勢に移行。


「三で突っ込むぞ。」


「分かった。」


「三…」


 小人少年は、カウントダウンを始める二人に焦る。

 何をしているのか分からないが、ネプチューンの謎の儀式はまだ終わっていない。

 木槌が腕に吸い込まれるまであと少し。

 急いでくれと、バーティーは願った。


「…二…一ッ!」


 二人の兵士は一斉に飛びかかった。

 そして、小人少年は、もう見つかったと観念し、ネプチューンはバーティーの右腕の中に収まり、不気味に笑った。


『準備は整った。【癒しの噴水】』


「「うおおお!?ごぼごぼごぼ…」」


 間欠泉の如く、噴き上がった清涼の水流は、宙に浮き上がった兵士を容易く吹き飛ばした。

契約完了。果たしてそれは悪魔か天使か。

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