思いがけない紹介
次への繋ぎ。
ネプチューンが目を覚まし、辺りの事象を把握すると、予想通りバーティーが暴れていた。
「軍医長、大丈夫ですか。俺も手伝いますよ。」
「いや、心配はいらん。私一人で十分だ。」
「あがーっ、痛え!痛えぜ、コイツは。婆ちゃんの拳骨よりも痛え!!」
ジタバタ痛みに喚く小人少年を抑えるには軍医長。
その様子を見て、片足骨折のハリスも手伝おうと申し出るが、軍医長は断る。
非力なバーティーをその場に留めておくのは、予想以上に簡単だったからだ。
「とてもあの緑鬼と渡り合った奴には見えませんね。」
「あぁ、不思議だよ。解剖して調べてみたいくらいだ。」
軍医長はポツリと呟き、マッサージでバーティーの筋肉をほぐす。
下着の褌だけ履いて半裸状態のバーティーは、神経過敏の筋肉を触られて絶叫する。
「うおおおおお!おっさんに殺されるうううう!」
「はっ。殿下、ご無事ですか!?軍医長、これは敵襲ですか?このケブル・モースにお任せを!汚名返上の機会を!」
「君達は黙っとれい!殿下の体調に障るだろう!」
大声で叫び続けるバーティーと、飛び起き抜剣して怒鳴り出すケブルに向かって、軍医長がキレる。
目の前で飛び交う大音量に会話に、ハリスの耳は壊れそうだ。
「落ち着いて下さい、軍医長。ケブル卿の相手は俺がしますから、ね?」
堪忍袋の尾まで切れそうな軍医長の肩を掴んで、ハリスが宥めた。
彼は松葉杖を使って、ガタガタと揺れる荷馬車の上を器用に移動する。
突然の喧騒に、周りの馬車の兵士たちもなんだなんだと起き上がる。
時間はまだ早朝、辺りは暗く、みんなまだ寝ていたい時間だ。
「何でもない。怪我人の治療だ!」
ハリスは、警戒を始める兵士に向かって言った。
「なんだ、軍医長の荒療治か。」
「いつも通りだな。」
フハハと兵士たちは笑って納得し、寝直す。
そんな彼らにムッとしながらも、軍医長はバーティーの治療を続ける。
「ただの筋肉痛だぞ、少年。大丈夫だから静かにしていような。」
青筋の浮き出ている軍医長は、無謀にも小人少年の説得を試みる。
「大丈夫じゃねえええ!おっさんに殺されるううう!」
「私はまだ四十だ!まだおっさんと呼ばれる年齢ではない!!」
軍医長は何故だか必死になって反論する。
世間では「その年代の人をおっさんと言うんですよ。」と心の中でハリスは思う。
発狂寸前の軍医長を傍目にバーティーは暴れ続ける。
「腹減った、メシー!メシをくれ!」
「ほれ、坊主。黒パンを分けてやる。だから軍医長の言うことを聞いてやるんだな。」
ハリスは昨日半分食べた黒パンをバーティーに差し出した。
それをバクリと一口で食いちぎるバーティーは、まるで餌にたかるピラニアのようだ。
その隙に軍医長は、湿布に軟膏をベターッと塗りたくる。
「不味い!」
笑顔で少年はド直球に味をレポート、ネプチューンは「やはりいつも通りだ」と呆れた。
普段だったらオムスビをくれてやるところだが、第三者のいる状況で、ネプチューンは自分の正体を晒したくなかったし、力を溜めておきたかった。
(くく、しかし不様だ。きびだんごの代償は強烈な筋肉痛。これでしばらく奴は動けまい。その間に私はのんびりするのだ。)
邪悪な考えの下、ネプチューンはバーティーを放置する。
オムスビ生成は人々が思う以上に疲れるのだ。
バーティーに握ってやるといい、彼は余裕で数百個要求してくるぞ。
「それにしても坊主。お前の名前はなんて言うんだ。おっと、先に自己紹介をさせてもらうぞ。俺はハリス。栄えある近衛兵団の第四歩兵隊所属、三番槍のハリスだ。よろしくな。フッ。」
ハリスはカッコつけて自己紹介した。
三番槍とはまた微妙な位置付けである。
そんなことをこの小人少年は気にしないので、素直にスゲーと驚く。
落ち着いたケブル・モースも口を開く。
「少年。恥ずかしながら、お礼を言っていないことに気づいた。近衛騎士として誠に面目無いことだ。申し訳ない。私は—」
「むぐ、王子だろ。知ってるぞ。」
バーティーは、あの時のことを思い出して言う。
***
あの時…
「一体何のようだ!」
「王子は…私だ。」
「何だって!?」
ケブルの言葉にガントロは驚愕した。
***
「って言ってたろ。俺は天才だから昨日のことも覚えてるんだぜ。」
「「……」」
壮絶なカミングアウトに思わず軍医長とハリスは無言になる。
(自分を大切にしろと毎日言っているというのに。)
軍医長は愚痴て、
(おぉ、ケブルさん、マジでスゲエ。さすが近衛騎士。)
と、ハリスは騎士ケブルを賞賛し、憧れる。
田舎育ちのハリスにとって、近衛騎士なんてのは天上の存在で敬意しか湧かないのだ。
「…すまないが、私は殿下ではない。あれは嘘だ。」
「ん?そうなると本物の王子はどこなんだ。」
モグモグ黒パンを食みながらバーティーは聞いた。
どこまでも能天気な奴である。
「今、殿下はそこで眠られている。私の失態だ…」
小人少年の質問は、ケブルのトラウマを抉る。
頭を抱えて、顔は青白くなり、汗が流れて、発作が起きた。
「あああああああ、私に、もっと力があればあああ!!」
「ほれ、眠れる薬だ。飲んでおけ、ケブル卿。」
軍医長は素早く懐から青色の液体の入った瓶を取り出し、発狂気味でストレスにやられているケブルに差し出す。
それを震える手で受け取ったケブルは、一気に液体を飲み込んだ。
するとバタン、と効果が即効性だったのか。
倒れるように彼は眠り込んだ。
「うわ、大変ですね。ケブルさんは大丈夫なんですか?」
ハリスが心配して聞く。
「うーむ。身体は有り得ない程の回復が進んでいるのだが…心の方はそうも簡単にいかないということか。」
軍医長は禿げた頭を、髪があるかのようにクシャクシャと揉み回す。
個人的に彼は、即効性の劇薬を何回も処方したくないのだ。
「それで、結局、坊主は誰なんだ。こんな僻地にまで来て。」
ハリスは軍医長の様子を慎重に確認しながら、もう一度バーティーに聞いた。
「いや、ちょっと待ってくれ。王子様って、そこで死にそうになっている人か?」
「そうだ。殿下は今、危篤状態だ。」
ハリスは当然とばかりに答えた。
展開が遅めに。少し反省です。




