試される大地へ
新章突入です。新キャラも登場。
バーティー・グーンのファンタジア 第1章 遙かなる空へ
「奴ら、本当に引き上げていきますよ。」
荷馬車の上で、近衛兵ハリスは南の方角を見やっていた。
片足を骨折している彼は、出来るだけ足を動かさないようにしながら、上体をもぞもぞと動かす。
彼の視線の先には、引き潮で水位が下がるように退却する白い骸骨の波があった。
それに、軍医長は付け加える。
「彼らは獣だ。親玉さえ倒せば勝手に退いていく。それよりも安静にしているんだな。傷に響くぞ。」
水の入った桶に麻布を浸しながら、軍医長は糧食をハリスに放ってやる。
ハリスは、それを受け取って顔をしかめた。
黒くて硬いパン。
とても、王都での豪華な食事に慣れた近衛兵に出す物ではない。
げんなりしながら、ハリスは無言になって、目で軍医長に抗議する。
(もっといいものないんですか?)
(黴びたのがある。)
(やっぱりいいです。)
目だけでやりとりする二人。
ハリスは、諦めて黒い巨大なゴキブリのようなそれを、一息に口に詰め込んだ。
「ぼえっ。」
「殿下の御前だ。慎みたまえ。」
不味さに呻くハリスを軍医長はたしなめる。
そう、この荷馬車には彼らの他にも同乗者がいるのだ。
御者と二人を含めて、この場に六人。
「殿下をお救いできなかった。やはり、私は所詮、近衛騎士の末席だ…」
「…」
「ぐがあ。ぐがあ。」
ノイローゼのケブルと、意識不明の王子、そして、この態度のデカい小人少年。
バーティー・グーンは、大胆にもケブルの膝を枕にいびきをかきながら寝ている。
そのいびきの大きさに、心なしか王子の顔も歪んでいる。
これには、思わず軍医長も失笑する。
「田舎の弟妹を思い出しますよ。川の字になって、よく一緒に寝ていました。アイツら無事かなあ。」
その情景に、ハリスは故郷の家族を思い出した。
南方の農民上がりのハリスは、安否のしれない彼らのことを心配して気落ちする。
「きっと無事だ。だから、そうしょげるんじゃない。今は、自分がこれからどう生き残るか考えたまえ。」
軍医長は、そう言って王子の額の上の湿った布を交換する。
高熱が出始めている王子が、少しでも楽なように看病するのが彼の仕事だ。
「しかし、俺たち全員救われましたね。この坊主に。」
ハリスは、顎でバーティーのことを示す。
胴上げされている最中に眠ってしまった少年。
肝の据わった奴だと、ハリスと軍医長は感心する。
「こんな小さな身体で、我々が決して勝てないような悪鬼羅刹を打ち負かす。どこにそんな力を秘めているのか。まさに小さな巨人だよ。」
軍医長は呟き、ぐうぐう寝ているバーティーに布団をかけてやる。
軍用の携帯毛布。
近衛兵全員に配給されているバックパックの中に入っているもの。
もちろん、バーティーは持っていないから、軍医長が見兼ねて自分の物を貸したのだ。
滲み出る面倒見の良さが隠せない男である。
「それにしても、これからどうなるんでしょうね。」
ふと、ハリスの口から、ある疑問が零れた。
「北の山脈の向こうには、何が広がっているんでしょう?」
王国の北の山脈。
険しい崖と滑りやすい氷雪の塊であるそこを、越えることに成功した者はいない。
ただ、山の民と呼ばれる民族が住んでいることだけが分かっている。
王子の山脈へ向かえという指示は、凶と出るか吉と出るか。
「分からんよ、ハリス。我々は、あまりにも物事を知らなさすぎる。己のことも相手のことも。」
軍医長はため息をついて、少しの休みをとることにした。
今回は文字数が少なかったです。次回はボリューム上げていく予定です。




