全てのものに五分の魂
今回は、今までの二倍の長さ。心して討伐してください。
「俺はバーティー・グーン。今からお前を倒す男だ!」
小人少年は、そう名乗るが否や、木槌を振りかざした。
「ひっ。」
ガントロは、先程のケブルに対する威勢はどこに行ったのか、顔を両手で覆って蹲るだけだ。
「ほら、食えよ。」
「ぬっ!?」
一体どうしたのだろう、バーティーはそのまま木槌を振りかぶってガントロを叩くのではなく、最大限の情けをかけた。
そう、木槌から出てくるムスビを譲渡した。
『せめてもの情けだ。』
「ほら、怯えるなよ。メシでも食って力でもつけろ。」
恐る恐るガントロはオムスビを片手で受け取って、一口含んだ。
するとどうだろう、恐怖は海苔に巻かれて消え去り、焦りは白いもち米に包まれて消滅した。
さらに脳内の幸福伝達物質が排出され、身体中を米が巡り巡る。
そして、ガントロの目に映るのは記憶のモンタージュ。
「ガントちゃーん、遊ぼうぜー!」
「ガントくん、競争しよう!」
あの熱帯雨林で、友と切磋琢磨(?)した日々。
「「「戦士ガントロ、戦士ガントロ、戦士ガントロ!!!」」」
森に蔓延る餓狼の群れを退治した時の栄光に、賞賛。
「親方。沢山とれましたよ。」
「大将、俺っちと相撲しようぜ!」
オランウータン、森の勇者として仲間と旅をした日常。
走馬灯のように巡る記憶が、圧倒的ハピネスをもたらす。
「みんな〜、ありがとう!」
「「「イエーイ、ミュウちゃんサイコー!!!」」」
初めてドジっ子アイドルMyuのライブに参加したあの日。
緑鬼は、確固たる信念を持って固く決意した。
「俺様は負けられねえ。」
「おう。」
バーティーは応じ、ガントロは立ち上がる。
両者は、岩だらけの荒野で西部のガンマンのように立ち会う。
空の暗黒は晴れ、美麗な月の光が彼らを照らした。
勝負は今、ここに始まるッ!
「俺様は帰る。生きて帰るんだ。アイツらにありがとうって言うために!!」
緑鬼ガントロは、ようやく覚悟をした。
全身全霊を出し尽くして、目の前の使徒を退けることを奴は決める。
ふんぬと力こぶをつくって、前かがみになるその姿勢はスモウレスラー!
「俺も、王子様を助けないといけねえ。アンタがどう思っていようが、退くわけにはいかない。だから正々堂々、正面から相手をさせてもらう。」
少年は、木槌を打ち捨て、同じようにスモウレスラーの構えをとった。
『私を雑に扱うな。繊細なんだぞ。』
投げ捨てられた木槌は文句を言うが、それを無視してバーティーとガントロは互いに睨み合いながら、戦いの合図を待つ。
一秒が一分に、一時間に、一日に。
引き延びていく時間感覚の中で、睨み合いは続く。
(相手は使徒だが、小柄だ。力は互角だが、リーチでは俺様が圧倒的に上。攻撃を受けなければダメージは負わない。見た所、戦の経験も俺様の方が上。神器無しなら俺様の勝ち…)
ガントロは、普段使わない脳みそをフル回転させて、推察する。
一方のバーティーと言えば、
(使徒ってなんだ。美味いのかな。あー、あのオイナリさん食べてみてえ。)
こんな感じで、普段通りであった。
頭を徹底的に使わず、ストレスフリーな小人である。
その光景を近くの小猿や骸骨兵は黙って見守り、手を出さない。
ガントロから溢れる殺意の威圧と、ネプチューン・ザ・木槌の隠せぬ神聖な空気が、彼らを能動的にそうさせるのだ。
その静まりように、遠くで戦っていた近衛兵や小猿に骸骨兵たちも何事かと集まってくる。
そこで見たものは、子供にしか見えないバーティーと、体高5M超となったガントロが向かい合う光景。
無謀にしか見えないシチュエーションに、それぞれが反応する。
「坊主、何やってるんだ。こっちに来い! 殿下とケブル殿が倒れているではないか。誰か軍医長を!」
「親方にあんなのが勝てるもんかって奴だぜ。俺には分かる。あれは勇気じゃなくて蛮勇だウキーッ。」
「カタカタ。」
三者三様の様相を呈する北の大地で、状況が動いた。
モラルの高い近衛兵たちが、小人少年バーティーと王子、ケブルを救出するために近寄ったとき。
バーティーが余所見して、近衛兵たちの方を見た瞬間。
戦士ガントロの拳が炸裂する——
「ふんっ!」
少し漏れた気合の声と共に振り下ろされるは、肘で90°に曲げられた右腕。
その行動は、合気道に通ずる正面打ちの動き。
だが、ガントロのそれは合気道のような柔拳ではなく、剛拳の一打ち!
バーティーのような小人を屠るには、過剰すぎる威力で放たれる。
「おーい。こっちに来たらあぶねーぞ。あとこの人たちを運んでくれないか?気絶してる。」
——しかし、回避された。
バーティー・グーンは、ガントロの方を見やることすらなく、その攻撃を避けた。
攻撃を見切ったとか、そんなチャチなもんではない。
何かもっと恐ろしいものの片鱗を、【空気の読めなさ】を、とんでもない【馬鹿さ加減】を小人少年は示していた。
だが、哀れなガントロは、物事を素直に捉えられない
バーティーが先ほどまでガントロと向かい合っていた場所を、患部のように、バターのように切開しながら、ガントロは再びパニックに陥る。
(いつからだ!?あの小人は、俺様のやろうとしていたことに気づいていた。思考を読まれていた!有り得ない。俺様がどう行動するか全て読んで、俺様の方を見ることすらなく攻撃を避けた。とてつもない、何かとてつもない実力の差が俺様と奴との間にある!)
実力の差、力の差という幻覚をガントロは見始め、恐怖した。
(最初から遊ばれていた。最初から決着はついていた。あのムスビはただのお情け。俺様はどうやってもアイツに勝てない。必ず負けるッ……)
森の勇戦士ガントロは、ガサツで空気の読めないバーティーの本性を見抜けず、戦意を喪失。
その場に崩れ落ちた。
森のオランパラワーン、心身的に戦闘不能——
心を折られ、ドシンと膝立ちになって呆然とするガントロの様子に、観衆はざわめき出した。
「おいおいおい。あの小僧が勝っちまったのか。あの悪鬼を倒しちまったのか。」
「お、親方がやられた。俺たち、こんなの予想してないウキーッ。」
「ガタガタガタ。」
近衛兵は勢いづいて、小猿の士気はだだ下がりになって、骸骨兵たちはガタガタと本能的な恐怖に打ち震える。
そんな中、重症の王子が担架に乗せられ、眠りに落ちたケブルは軍医長に起こされる。
「ケブル卿、無事か?」
「……あ、ああ。眠っていたのか。う、ぐう。殿下は?」
まだ完全にオイナリの効果が発揮されていない為に傷が癒えていないケブルは起き上がろうとして呻き、そこを衛生兵たちに脇から支えられて担架に乗せられる。
「あまり良くない。予断を許さぬ状況だが、必ず助かる。何せ、私は近衛兵団の軍医長だからな。だから心配しないで休め、ケブル卿。卿は良くやった。」
壮年で逞しい髭をたくわえた軍医長は、ケブルの頭を撫でる。
もう元服して大人のケブルは嫌がるが、軍医長は果敢に撫で続け、近衛兵たちはそれを見て微笑む。
「もう一度言おう。よく殿下を守りきった。卿はよくやったよ。」
「……。」
ケブルは、静かに涙した。
守り切れなかった悔しさと自分の弱さ。
彼は、強くなると誓った。
そうして担架に乗せられた意識不明の二人は、荷馬車で運ばれていく。
沈鬱な面持ちで、近衛兵団残存戦力の一同は、捧げ剣の姿勢をとり、彼らの無事を祈る。
一方のガントロは……
「撤退だ。」
「はあ?」
小猿は、不思議そうに聞き返す。
かなり失礼なものの聞き方で。
だが、そのことを注意(平手打ちにして粉砕)する気力すらガントロには無く、ただポツポツと言葉を漏らすだけだった。
「…撤退する。家に、帰ろう……」
「お、お前ら!親方の命令だぞ。撤退だ!!」
意気消沈するガントロに動揺する小猿だったが、軍団に指示を出す。
「「「撤退、撤退!!」」」
それを繰り返しながら小猿の大群は後退していき、骸骨兵の大軍もそれに従った。
それを見て、バーティーは叫ぶ。
「俺の勝ちだあ!」
『いや、正直な話、勝った負けたではなく、痛み分けの部類だろう…』
ネプチューンは呆れて、地面の上でゴロゴロ転がる。
木槌が勝手に転がり喋る様を目撃した近衛兵は、欠伸をして、これは夢だと自分を誤魔化した。
「我々の勝利なのか?」
「ああ、殿下とケブル卿が自らを犠牲に、俺たちを逃がすために勝ち取ってくれた勝利だッ!」
「「「ジュース殿下万歳!ケブル卿万歳!王国万歳!!」
近衛兵たちは、素直にこの成果を喜び、部外者だということは気にされずバーティーは揉みくちゃにされ、握手を求められた。
「小僧良くやった!」
「お前は俺たちの救世主だ!」
「巨人を打ち負かした小さな少年、小さな巨人!」
次々とバーティーに賞賛の言葉が浴びせかけられ、近衛兵たちは彼の勇気を讃える。
「「「小さな巨人!小さな巨人!!小さな巨人!!!」
バーティーは近衛兵たちに支えられて胴上げをされる。
宙に打ち上げられて、バーティーは呟いた。
「人助けって、気持ちがいいな。」
残り一話で序章終了。その後は登場人物紹介、用語解説、伏線まとめを入れます。
ここまで読んでくれてありがとう。




