スメシもメシも米のうち
それはオニギリと言うには余りにも甘かった。大きく、分厚く、丸っこく、きつね色に過ぎた。
ガントロは、大猿形態時以上の大声で吠えた。
次に彼がしたことは、嘲笑うことだった。
無論、ケブルに向かって。
「見ろ。傷が治ったぞ。」
緑鬼ガントロは、完全に治癒した右手と、その緑色の長い指五本を自慢してみせた。
その様子に、騎士ケブルはぐうの音も出ない。
ただ、ジュース殿下をお守りしてみせるの一心で、右手に握った短剣を中段に構える。
「では、行こうか。俺様の本気を見せてやる。」
ガントロはニシッと不気味に笑って、消えた。
「どこに!?」
ケブルは悪寒を感じて、咄嗟に前に転がった。
「勘がいいな、騎士ケブルよ。俺様の攻撃を二度見切るとは天晴なり。」
ケブルの背後二メートルの距離で、大柄の緑鬼は言った。
果たして何をしたのであろうか、一瞬で、ガントロはケブルの後ろに回り込んでいた。
「だが、次はないぞ、人間。」
ケブルは、距離をとって体勢を立て直そうとするが、その機会は訪れなかった。
「ぐう、駄目か…」
緑鬼の右手の中でケブルは呻いた。
バッと虫でも掴み取るかのように、ケブル・モースはガントロの掌中に捕らえられる。
それでも、抵抗して短剣を突き立てようとするが、刃は通らず、歯が立たない。
終いにケブルはバタバタ暴れだすが、両手足を折られる。
「があああ!?ぐ、貴様…」
苦痛に騎士ケブルはもがこうとするが、血が流れ出すばかりなのに気づき、何とか暴れるのを自制する。
「決闘は俺様の勝ちだ。そして報酬に俺様は何をしてもいい。そういう取引だったな。じっくり痛ぶらせてもらうぞ、虫ケラ。」
ガントロは、ガハハと大笑して、右手に力を込める。
すると、ケブルの身体全体が軋んで嫌な音を立て、鼻、目、耳から血が流れ出る。
それを見てガントロは、気持ち悪そうにケブルを放り出す。
「血は嫌いなんだ。ベタベタして気持ち悪いからな。第一、ミュウちゃんに会いに行くのに汚れたくない。」
ペッペッと唾を掌に吐きつけて、ガントロは両手で擦り合わせた。
「余計汚くなった気がするが…まあ、いい。ミュウちゃんなら受け入れてくれるだろう。デュフフ。」
なぜだかオタクめいて、ガントロは変態チックに微笑み、ヨダレを垂らした。
「もう居ても立っても居られねえ。俺様は仕事を終わらすぞ!」
ガントロの叫びは辺りに木霊して、それにウキーウキーと小猿たちが答える。
仕事を終わらすことには、誰もが賛成らしい。
「あのひょろフバースによると、王子を殺せば、帰っていいらしいんだが…いたか?」
ガントロは、辺りをキョロリと見回して、首を傾げた。
察しの通り、彼は頭が相当悪いというか、細かいことを気にしない。
「親方。さっきの騎士が殿下、殿下と言っていましたから…アイツでねえですかい?」
一匹の小猿が、ガントロの側に恐る恐る近づいて、倒れ伏している王子のことを指差す。
それを見て、ガントロは合点がいったとばかりに頷いた。
「そうか、天は自ら助くる者を助く。ミュウちゃんのおかげで、王子が勝手にやられたのか。ガハハ、俺様、運がいいぜ。」
緑鬼ガントロはそう言って、王子に歩み寄る。
「親方、何してんですかい?さっさと帰りましょうよ。」
その光景に、小猿は不思議そうに聞いた。
「何って、トドメを刺さねばいかんだろう?任務をしっかり果たして帰るのは、ミュウちゃんとのお約束だ。俺様は約束を破らない。分かるだろう?」
分かっていなさそうな小猿を意にも介さず、巨体の悪鬼ガントロはドシドシと歩く。
あっという間に距離を縮めるガントロは、王子を踏み潰せば終わりだなと考える。
至って単純な思考であった。
「ま、待て…」
そこをガシッとガントロの足に噛み付くものがいた。
瀕死のケブルである。
彼は、王子の側まで這おうとして、その途中でガントロを捕まえたのだ。
「なんだ、虫ケラ。俺様は忙しいんだ。」
ガントロは、苛立ってケブルを足蹴にする。
だが、ケブルはガントロのことを離さない。
遂にガントロは怒って、ケブルの首根っこを掴んで顔に寄せる。
「一体何のようだ!」
「王子は…私だ。」
「何だって!?」
ケブルの言葉にガントロは驚愕した。
人間の王子と決闘して勝った—
「俺様すげえええ!」
呑気に喜ぶガントロ。それがケブルの嘘だとは夢にも思わない。
「じゃあ、俺様とミュウちゃんの為に死にな。あばよ。」
ガントロは拳を振りかざした。
これで王子を救うことができるなら、とケブルはそっと目を閉じた。
そして終わりは……訪れなかった。
「おっと、ソイツは俺が死なせねえぜ。」
「てめえ、何者だ!」
ケブルが目を見開くと、そこにいたのはガントロの岩のような拳をたった一人で支える小人だった。
小人は、ボロボロで傷だらけのケブルを労わる。
「よお、大丈夫か。俺が来たからにはもう安心だぜ。このバーティー様がさっさと終わらせてやる。」
小人の背負う木槌からポロリと、きつね色の何かが落ちて、ケブルの下まで転がる。
「…これは。」
「オイナリって呼ぶ食いもんだ。食べてみな。」
小人は左手でオイナリを拾い、ケブルの口まで持っていってやった。
ビーストモード
「【獣鬼装束】の俺様の拳が片手で受け止められるだと!?あり得ん、百鬼夜将に比肩する者が存在するなど…あってはならないことだ!」
ガントロがパニックして喚き出すが、ケブルは、オイナリに目を奪われていて気にならなかった。
パクリと一口。
ほんの一口だけケブルは食べた。
「これは!!」
オイナリのきつね色の皮から垂れる甘い汁は、彼の喉を潤し、内臓の傷口を癒していく。
そして、甘い味がしっとり染み込んだもち米が、ケブルの喉を通って、幸せを広げた。
その噛み応えは、今までに経験したことがない程柔らかく、ケブルは思わず唸らされる。
甘い匂いは、鼻腔を通ってケブルの脳のリフレッシュさえした。
そう、オイナリは万能の治療薬。特に骨折や止血に強く、ストレス発散の効果がある。
癒えていく傷にケブルは目を見張り、そしてうつらうつらと眠りに落ちていった。
『流石のオイナリだろう、バーティー。食べ物とはこんなにまで人を幸せにする。広がる幸福は不屈の効能。糧食が続く限り人は戦い続けられるし、飯がなくては人は戦えない。これが食べ物の素晴らしさだ。』
ネプチューンは、ケブルがスヤスヤ眠る様子を見て、嬉しそうにバーティーの背中で揺れた。
「おう、メシは偉大だぜ、ネプチューン。俺はお前の出すメシが大好きだ。」
『…それはどうも。そう言われると作った甲斐があるというものだ。』
ネプチューンは、心なしか恥ずかしそうに答えた。
「待て、お前は何だ!その武器は何だ!不可能だ、ソイツは御方様が封印されたはず!!」
怒鳴るガントロに、バーティーとネプチューンは至って冷静に対応する。
『重心が崩れている。その小童をやってしまえ。』
「ああ、やってやるさ!」
ドンとバーティーは、片手で受け止めたガントロの拳を押し返す。
不安定な姿勢で自身を支えていた緑鬼ガントロは、たちまち尻餅をついて地面に転がる。
「こ、この俺様を、片手で…」
意気消沈するガントロを前に、バーティーはにべもなく言い放つ。
「お前が敵だな。俺にも分かるぜ。オメーは外道の臭いが毛穴の底まで染み付いてやがる。」
そして、バーティーは木槌を背中から抜き放って、両手で構えた。
自分よりも圧倒的に小柄な小人だと言うのに、ガントロは、その双眼に睨みつけられて竦んで縮みこまった。
「俺はバーティー・グーン。今からお前を倒す男だ!」
正解:オイナリさん。
栄光ある主人公の帰還です。
ここまで長い道のりだった。
今回は一話投稿です。
七夕になりますが短冊に願い事は書きましたか?
私は願いましたよ。
「この作品が素晴らしい完結を迎えますように」って。




