剣より弱いもの
仮面ライダーってカッコいいですよね。
呻き声が漏れた。
「ぐがあ、俺様の手があああ!?」
大猿ガントはわめき散らした。
彼の計算では、既に勝負は終わっているはず。
しかし、そんなことは起こっていない。
分かっているのは、大猿の右手には甚大な損害が与えられ、出血甚だしいということである。
一体何が起こったのか?
ケブルはその答えを知っている—
(あの一撃が来ることは分かっていた。殿下を一蹴した伸びる殴打。)
従者ケブルは、頭の中で回想する。
海馬という小さな海原から、記憶という魚を引っ張り出す大掛かりな作業だ。
(あの猿はこちらを舐めてかかって、油断していた。そこを突いたのが私の作戦。)
ケブルはクククと舌なめずりをして、ベルトに掛かっているもう一つの鞘から短剣を引き抜いた。
(奴の毛皮は頑丈で鉄の鏃も通さない。だが奴の攻撃は高速でこちらに向かってくる。)
彼は思い出す、自身がやったことを。
大猿が攻撃を繰り出す直前、彼は自身の武器を思い切り振りかぶって投げた。
そして、横に転がって、放たれる拳とその衝撃波から逃れた。
では、ガントの拳は何に当たったのか?
衝撃に粉砕される前の抜き身の刃である。
いくら頑丈といえど、音速で尖った鉄の塊に激突すればタダでは済まない。
ペンは剣に勝るが、拳は剣に勝らないのだ。
結果、ガントの拳に無数の鉄の破片が食い込み、神経と筋肉に骨格を破砕、容易く癒えない傷を負わせた。
以上が、ことの顛末であった。
「うおおお、俺の右手を、よくも、よくもおおお!!」
ガントは、痛みに叫びながらケブルを睨みつける。
そのケブルといえば、騎士道精神なんか放り出して、王子の側に駆け寄っていた。
なお、ヒヒンヒヒンと助けを呼ぶ白馬は無視される。
ケブル・モースに王子への忠誠心はあっても、動物愛護精神は無いのであった。
「殿下、殿下!お目を開けてください!殿下!」
うつ伏せに倒れていた王子の体を仰向けにして、気道を確保したケブルは意識の確認をする。
だがしかし、王子はうんともすんとも言わない。
ハッとして、ケブルは耳を、鎧が壊れてはだけている王子の胸に当てる。
心拍音を確認しなくてはならない。
そして、ケブルは確信する。
鼓動はトクントクンと僅かにあって、心臓が動いていると。
「殿下は生きている。軍医長の所へ運ばねば。だが…」
従者ケブルは、後ろを振り返る。
大猿ガントが右腕を抑え、止血しながら、こちらへ歩み寄ってくるのを。
幸いなことに、奴は、傷をかばいながら歩いているために鈍足である。
しかし、周りにはちらほらと骸骨兵が現れて、ケブルと王子を食らわんと向かう。
(味方は……駄目か。距離がありすぎる。)
ケブルは、車列が通り過ぎっていった方角を見る。
後方の歩兵隊が、必死に王子とケブルの救出のために戻ろうとしているが、骸骨兵と同じく戻ってきた小猿の大群に阻まれ、思うように動けていない。
頼みの綱である重装騎兵は被害甚大。しかも、小猿との乱戦にもつれ込まれて、得意の突破力が発揮できていない。
そう、王子とケブルは砦の北、一キロと数メートルの地点で再び袋の鼠になっていた。
そして、状況は圧倒的劣勢。
重傷者一名と近衛騎士一人が、平地で数百倍の敵相手に防衛戦、それも遅滞戦闘を行わなければならない。
タイムリミットは、味方が敵小猿部隊を突破するまで。
即ち未知数、まさに絶体絶命。
さらに奴がいた。
「手前は、俺様をとんでもなく怒らせた。もう容赦も手加減もねえ。ミュウちゃんに誓って、全力で相手をする。」
激動する怒りのうねりが、ガントの目を真っ赤に染める。
加えて、地面から現れた無数の緑の炎が、大猿の体高5Mの身体をスパイラルを描いて回る。
早く、早く、もっと早く。
速度を次第に増す炎が回転運動を行うその様子は、深緑の葉を撒き散らす小竜巻!
渦巻くそれは、熱帯雨林の湿気の詰まった熱風を撒き散らして、兵士たちを一瞬で汗だくにする。
「森の勇戦士ガントの名の下に、【獣鬼装束】を解放する。」
荘厳な威圧感が、辺りに重く立ち込めた。
すると、緑の竜巻はシャボン玉のように優しく破裂、葉は赤と黄色に変化して散った。
そして、現れたるは緑の巨人?
「あれは、まさか!?」
驚愕に叫ぶケブルが、否と否定する。
そうだ、奴は緑の巨人などではない。
「伝説の悪鬼なのか!」
「おうとも、俺様は百鬼夜将が一柱、森のオランパラワーン、勇戦士ガントロ・バストン!」
ガントロは改めて名乗った。
ケブルはあずかり知らぬことだったが 、ガント・ロバーストンはガントロの幼名。
成人して改めた名、ガントロ・バストンは、相手を認めた時にしか明かさない。
つまり、ケブルは好敵手として認められていた。
そして、ガントロの姿は、もはや大猿ではなく、緑の仁王。
深い緑に歪む、苦悶にも似たその顔と、後頭部から捻じ曲がって髷のように伸びる三本角、尖った耳、腰布だけ締め、筋骨隆々としたその姿、緑々しい肌は、紛れも無い鬼!
「さあ、決闘の続きを始めよう、人間!」
ガントロは、大猿形態時以上の大声で吠えた。
誰も猿を変身させないとは言ってない、よね?
変身は正義。
次回は明日の16:00になります。
アデュー。




