急がば決闘
やったか?
音の壁を突き破らん速度で、拳は放たれた。
衝撃波を伴う音速の一撃は、拳自体が王子に到達すると同時に空気の塊を押し出して、馬ごと彼を吹き飛ばした。
「ありゃ、強すぎたか?これだから五分の魂もない虫ケラは嫌いなんだ。」
それを発見して、ガントはすかさず王子に当たった拳を戻す。
直近から攻撃をモロに食らった王子は、何とか原型を留めたまま、遥か遠くの地面に着地した。
馬の方は上手いこと衝撃を受け流したのか、足が全て明日の方向に曲がっているだけで済んでいる。
「こりゃあ駄目だな。失敗した。俺様としたことが、ミュウちゃんみたいなドジを…」
でも、あんなに脆いなんて誰も思わないだろう、と大猿はため息をついて寝転がった。
「で、殿下!?ご無事ですか!」
衝撃波から逸れていたケブルは、彼にとって忍びなく、不運なことに全くの無事だった。
倒れた王子へ向かおうとするケブル。
彼の生き甲斐ともいえる護衛対象が、危機に瀕している。
それが、彼の、敵に対して背を向ける行為を可能にしていた。
もっとも、ガサツな大猿はそれすら許さなかった。
「おっと、そいつは戦士的じゃあない。敵に背を向けるのは駄目だな。俺様はそういうのに細かいんだよ。」
巨大なオランウータンが、ケブルの前に立ちはだかって行先を遮る。
それは焦げ茶色の妖怪ヌリカベのようで、似ていないところといえば長い腕と短い足ぐらいだったのだ。
壁となって行く手を塞ぐ大猿ガントに対して、ケブルは吐く。
「黙れ下郎、主君の身を案じるは臣下の務め!ましてこの状況で殿下を見捨てろだと。恥を知れ!」
馬から降りて馬上槍を捨て、騎士らしく正々堂々と、ケブルはブロードソードを抜いた。
甲冑を着込み、兜のバイザーを下ろしたその姿は、怪物に立ち向かう正義の騎士。
対するは、未開の野蛮人じみた体高5Mの怪獣にしてオランパラワーンのガント・ロバーストン。
「私、騎士ケブル・モースは、お前に決闘を申し込む。私が勝ったらここを去って、兵を退け!」
ケブルは、長躯のガント・ロバーストンにも聞こえるように声を張り上げた。
「ほう。じゃあ俺様が勝ったら、お前を好きにさせてもらおう。それでいいな?」
ガントは、ケブルを見下げながら答えた。
その頰に浮かぶ笑みは隠せていない。
大猿は勝利を確信し、ケブルのことを嘲笑っていた。
「では…」
ケブルの言葉をガントは継ぐ。
「いざ尋常に…」
両者は、互いの武器を構えた。
ケブルは両刃の剣、ブロードソードを上段に構える。
相対するガントは、右拳を腰に添えて、先ほどのようなロングパンチの構えを見せる。
「「勝負!」」
そして、二人の決闘は始まり—
「ぐわっ。」
呻き声が漏れた。
次回は一時間。
そしてケブルの実力が明らかに。




