猿は木から落とされて
くっ、殺せ。
「くっ、遅かったか。」
王子は、大猿ガントに蹴散らされた重装歩兵部隊の様子を見て、悔やんだ。
(だが、今は後悔する暇もない。敵を押し返さねば。)
王子は、白馬に跨って小猿を蹂躙する。
右手で馬上槍を突き出して敵の頭をかち割り、左手ですかさず抜き放ったサーベルを一閃、頸動脈を綺麗に切り裂いた。
見事な業前を見せる王子は、白馬を駆って先頭に立つ。
「殿下、前は危険です。」
それにケブルが追従して、周りの小猿を一挙に薙ぎ払う。
王子に危害が加えられないよう、周りを掃除するのは側仕えの役目なのだ。
たった二人にさえ圧倒される軽装の小猿部隊だが、抵抗は頑強で、組織としての形を未だに保つ。
「ここで踏ん張れぇ、すぐに親方がくるぞ!」
「逃げたら殺される、もう俺たちは死にたくねえンだ!」
必死、決死な猿たちは、己の身も省みず、騎兵に投身自殺紛いの特攻を繰り返す。
効果は低いが、騎兵隊数名が凶刃に倒れ、ちらほら落馬する。
尤も、わずかの損害では、もはや形勢不利は覆せない!
王子らは、徹底的に敵を叩き潰す。
味方を傷つける者に、寛容な王子も容赦は欠片も無かった。
「これも世の習い、人を守る者は、誰かを犠牲にする覚悟を持たねばならない。私の小さく、醜い信念の為に死んでくれ。」
「ゲキーッ!?」
その右腕から放たれた豪速の一突きは、猿の眼球を貫いて脳天を串刺しにする。
飛び散る血液に、王子は思わず顔をしかめるが、躊躇わない。
頭蓋骨破砕、頭部は爆散して辺り一面に鮮血の花を咲かせた。
「お見事です、殿下。敵の生命活動は完全に停止したでしょう。」
「これで起き上がってきたら大変だよ。さすがに死んだろう。急所を一撃にした。」
王子の白馬が小猿の死体をぐちゃりと踏み砕いて、真っ赤に汚れる。
白馬にこびりついた血液は、簡単に落ちることはない。
王子の馬丁でもあるケブルにとって、悪夢だった。
「殿下!あらかた猿どもは打ち払いました。荷馬車はこの隙に逃走、距離を稼ぎました。我々の勝利です。」
見れば、蜘蛛の子を散らすように小猿たちは逃げて行く。
まるで、先ほどまでの抵抗が嘘のようだ。
煮えきらない疑問を抱く王子とケブルだが、馬を駆りながら伝令の軽装騎兵に指示を出す。
「撤退する。前方の機動部隊と合流し、このまま逃げ切るぞ!」
「負傷者を引き上げろ、遺体は置いて行く。殿下、宜しいですか?」
ケブルは、王子に許可を求める。
主君の命令を待って行動する忠臣の鑑だ。
「ああ、非常に残念だが仕方ない。だが、必ず迎えに行こう。私たちで、花を添えよう。」
悲しげに王子は言った。
それは、これまでに失った者達への別れの言葉でもあった。
「はい、いつか必ず。」
沈痛な面持ちでケブルは答え、伝令は静かに黙祷する。
皆、王子に共感していた。
そのカリスマに飲み込まれて感心し、再びその忠誠を確かなものにしていた。
「では行こ—」
王子が続ける前に、バシュッと一人の騎兵が馬ごと弾け飛んだ。
あまりの出来事に驚愕して、伝令は開いた口が塞がらず、ケブルはすかさず王子を、敵の攻撃が向かってきた方向から、庇える位置に移動する。
一体何が—
「親方がキレたぞお、逃げろお、逃げろおおおおお!」
「こうなったら誰も手がつけられねえ、逃げるしかねんだあ!」
小猿たちは喚きながら逃げる、逃げる。
無能な味方は殺してしまう大猿ガント・ロバーストンから。
「ミュウちゃんのライブ行くまで、俺は死なんぞおおお、この虫ケラどもがあああ!!」
引き裂かれたるは鉄の鎧を纏った人馬。黒鉄さえも容易く切り裂くは、豪腕の毛むくじゃらガント。
奴は、地獄の腰痛から生還した。
「人が余所見してる時に横から突っ込んで来やがって、腰にぶち当たるんじゃあねえ、痛えだろうが!?俺は、もう許さねえぞ…」
怒りに震え、煮え狂う臓腑にガントは吠える。
ここで、今、小癪な人間どもを討ち果たすと—
「てめえら、ここが死に場と知れえええええい!!」
そして、大猿は局所的ゲリラ台風と化した。
今日はとびきりサプライズ。
心して待て、読者の諸君。




