猿は木から落ちる
初投稿です。ストック10話分。
月が陰る下弦の夜に、さる小さな若者は廃墟を駆けていた。
押し寄せる亡者の影から逃げ続けて。
「あぁ、クソ。ホラーじゃねえか、こんなの。」
唸りを上げる幽鬼の隙間をくぐり抜けて小人は進み続ける。
全ては力を、手に入れるため。
そのためには命さえ惜しまないほどの勇気を、彼は持ち合わせていたのだ。
「やっぱり来なきゃよかったぜ…」
それでも泣き言は漏れるというものだ。
彼は、根は臆病であったのだから。
「聞いてねえよ、ゾンビに、グールまでいるじゃねえか。あんなの腐肉の塊だ、クソ。」
掴みかかってくる吸血鬼のなり損ない、グール、避けて早々、ゾンビが少年に食らいつく。
籠手を犠牲に彼は逃れるが、一度落ちた速度は早々戻らない。
あっという間に亡霊たちに囲まれて、少年は慌てふためく。
「やっべえな。おい、あっち行け!」
彼の頼みの綱は、短刀と腰に吊り下げた不恰好な石ころだけ。
それでも巧みな投石で死霊の視力を奪うが、多勢に無勢で、遂には一つの崩れた壁のすぐそばにまで追い詰められてしまう。
「くっ、もはやこれまでってヤツか…」
諦めかけた少年が、短刀を掲げて亡者の大群目掛けて玉砕しようとした時、奇跡的なハプニングは起こった。
ぐいっと踏み込んだ右足が、地面にぬめり込んだのだ。
その様相、まるで水面を踏むが如し。
うおおと叫ぶ少年の行動は少しばかり遅かった。
「にゅるり。」
「うおおっ、なんでだ!?」
そして虚空に吸い込まれた彼は、悪鬼の巣窟から救われ、その姿はすっかり残らなかった。
突然消えた獲物に悪霊のどれもが困惑したが、突いても突いても、それは硬い地面だったのだ—
ところで、少年の名はバーティー・グーン。
文字通り、地面に呑まれたバーティーは、空中を真っ逆さまに落ちていた。
宙で不様にもがくその様は、とても人とは言えぬ、正にカエルだった。
「うわああああ、ぐべっ。」
幸いなるかな、バーティーは運良く骨も折らず、打ち身だけで無事に着地した。
大の字になって底にぶち当たった少年は、目を回しながらも立ち上がる。
キラキラ輝く星が見えるような見えないような。そんな地の底深くまで来たとは知らずに彼は呑気に思う。
「あー、危なかったぜ。全く、あんなのが沢山いるなんて聞いてねえよ…」
あぁ、悲劇、彼は少々危機感が欠けていた。
『この私を起こすものは幾度となく貴様であるな。』
「お、誰だ!こんにちは。なんか知らねえが腹減った。飯食わせてくれ!」
そして少しばかり頭のネジも外れていたのだ。
正に厚顔無恥の体現者、さすがに謎の声も絶句し、言葉が出ない。
「腹空いたぜ。メシくれメシ!」
『…やはり恥知らず、そして愚物でもあるか。始末したいところだが見逃さねばならぬ…』
「んー?ありがとうって言えばいいのか?とりあえずメシくれよ〜。」
恥を知らない野生児は、糧食を見知りもしない人物に要求する。
さて、恥を知らない少年バーティー、腹をすっかり空かせて、ぐーたらごろごろして謎の声を挑発する。
人の居間に乗り込んでくつろぐなど、とことん態度のデカい小人である。
『良かろう。そちにムスビをやる。その代わり、約束してもらおう。』
謎の声は厳粛に告げる。
ポンと転がってきたおにぎりに、むしゃぶりつくバーティーも真剣に耳を傾ける。
『世界を救え、その飽くなき野望とともにな。』
「そうすれば、俺は強くなれるのか?」
『なれるとも、この私が力を貸すのだから。』
謎の声がフハハと不気味に笑う。
『私は震撃の使徒、ネプチューン。そなたの右手となりて力を貸そう。誓いはここに果たされた。』
ギューンと暗闇の中で光が突然、集まり凝縮し、真夜中の満月のように煌めいて、バーティーの目を焼く。
「うがああああ、痛え!?」
『誓約をその目に焼き付けた。契約は完了したのだ。では赴こう。」
「ぐ、どこへだよ?」
痛む目を必死に擦りながら、バーティーは聞いた。
ただ彼は、黒かったその目が、赤く真紅に燃え盛るのに気がつかなかったのだ。
『旅の出発点。最初のファンタジア。』
荘厳な響きをもってして、謎の声【ネプチューン】は言い放った。
『ミッズガルズへ!』
キュキュキュキュキュと渦巻き出した光は、辺りを白く包んで—
バーティーは、それに呑み込まれた。
次回をお待ち?
一時間後ですよ。
時間になったら次のページへ!
伏線多量だから気をつけるんだぞ…