お姉ちゃんと、初めてのキャンプ。
「てやぁーっ」
「甘いですよ!」
かん、かん、と木製の剣がぶつかり合うのをBGMに、ワタシは晩ご飯の準備を進める。
「お姉ちゃーん。たき火を用意してー」
「は~い。ふぁいやーっ」
集めた枯れ木を重ねて、その上にお姉ちゃんが火を用意する。
指先にぽっ、と火が灯って、お姉ちゃんがその火種を枯れ木に乗せた。
ぼ、と火が付いて、たき火が完成する。
「網置いてー、鍋置いてー」
たき火を囲むようにそこら辺に転がっている石を重ねて、鉄製の網を置く。
はい、簡易だけどこれでコンロみたいなものかんせー。
お鍋を置いて、小さく切った野菜を入れて。
「お姉ちゃーん。お水ー」
「うぉーたーっ」
お姉ちゃんは楽しそうに手から水を出してお鍋に注いでいく。
普段はワタシが全部料理をするから、一緒に作るのが楽しいのだろう。
かくいうワタシもすっごく楽しい。お姉ちゃんと一緒に共同作業。嬉しくないわけがない。
「……えへへっ」
お姉ちゃんに気付かれないように、小さく笑う。
パチパチと音を鳴らすたき火を挟んで、お姉ちゃんと向かい合う。
普段はテーブルで向き合うんだけど、いつもと違って凄く新鮮だ。
膝に肘を乗せて、両手で顎を抑えてるお姉ちゃんにとっては慣れた光景なのだろう。
でも、外でご飯を作って食べること自体が、ワタシには非日常になる。
「お姉ちゃんから見て、ふーちゃんはどう?」
「そうだねぇー。年少の部だったら優勝すると思うよー」
「え、そうなの?」
お姉ちゃんが断言するくらい、ふーちゃんは武術の才能があるようだ。
でもそんなふーちゃんはさっきからランさんとの鍛錬で、一度も勝てていない。
「あはは。ふーちゃんも強いけど、ランさんはもっと強いみたいだね~」
「うん。お姉ちゃんの言葉で実感するよ」
ランさんのステータスもさっき見せて貰ったけど、正直驚いた。
幸運以外のステータスが全てAランクもあるのだ。
ふーちゃんのステータスだけでもびっくりなのに、まさかランさんまで達人だとは思わなかった。
「盗賊さんは奇襲してすぐにふーちゃんを抑えたから、ランさんも本気が出せずに負けちゃったんだろうね~」
お姉ちゃんは駆けつけた時の光景を思い出しながら、お鍋で煮込んでいるスープの味見をする。
「美味しい」と一口呟くと、ほう、と穏やかなため息を吐いた。
「でもまさかアリユル家のお嬢さんと出会っちゃうなんてねー」
「有名なの?」
「もちろんっ。アリユル家ってのはフラウロスの街一体を預かってる貴族だよ? 他にも近くにそこそこ大きな街や村も領地にあるから、すっごくお金持ちなんだよ」
「へー……」
お姉ちゃんがしっかり覚えてるくらいだから、かなり有名な貴族なのだろう。
貴族、というものにワタシはあまりいい記憶がない。
でも、ふーちゃんとランさんは別だ。二人は、いい人だ。
スープの加減を眺めながら、袖に仕舞っておいた手帳を取り出す。
「そういえばシアちゃん、それ、使ったんだね」
「……まぁ、護身用にね」
この手帳は、小型の魔道書だ。
手帳を開いて詠唱を唱えれば、簡単な魔法をすぐに使える。
お姉ちゃんが守ってくれる旅だけど、お姉ちゃんの手を煩わせたくない一心で持ち歩いている。
使えば使うほど自分の未熟さがわかってしまうから、あんまり使いたくないんだけどね。
「にこにこ」
「どうしたの、そんなにこにこして」
手帳を仕舞うと、お姉ちゃんがやけにワタシを見てニコニコしていた。
「えっへへー。シアちゃんと旅に出れて、お姉ちゃんは嬉しいんだよ? シアちゃんが自分から同行したいって言ってくれたの、初めてだし」
「ま、まあね。いろいろあるんだよ」
お姉ちゃんはどうやらワタシと旅が出来るのを心から喜んでくれている。
ワタシとしては、お姉ちゃんの結婚を妨害するために同行してるんだけど……。
……まあ、お姉ちゃんと旅をすること自体が、ワタシ自身も楽しみだけど。
よっぽど家から、ましてやあの街から出なかったワタシを気に掛けているのだろう。
ワタシは好きで家に、あの街に留まっていたけど。
「えっへへ~。シアちゃんと旅行だ~。っは! 新婚旅行になるよね!」
「ぶはっ!?」
水を飲もうとしてむせてしまう。
いきなり何を言い出すのかなお姉ちゃんは!
「い、いきなり何を言い出すのっ」
「えー? だってシアちゃんはお姉ちゃんのお嫁さんだから!」
「だからぁ!」
嬉しいけど!
嬉しいけど!
ふーちゃんとかランさんに聞こえる距離だし!
あと! 姉妹だし!
いやでもワタシもお姉ちゃんを独占するために、結婚を妨害しようとしてる。
だからワタシ的には大歓迎なんだけどさ! でもさ!
あーもう嬉しいんだけど恥ずかしくてよくわからない!
「あうあうあう」
「あーっ! 照れちゃうシアちゃんも可愛いよー!」
「わわっ。お姉ちゃん火! 火を使ってるってー!」
お姉ちゃんがいつものようにがばっ、て抱きついてこようとするのを手で制す。
いつもと違ってテーブルではなく火を挟んでいるんだ。
お姉ちゃんになにかあったら危ない。
それに、今日はけっこう汗をかいた。不快さはまだないけど、あー、身体くらいは拭きたいなー。
……あんまり汗臭いと、寝る時に、お姉ちゃんに抱きつけないし。
「ぶーぶーぶー」
「もう。お姉ちゃんが怪我しちゃうでしょ」
「大丈夫だよー。それよりもシアちゃんとのハグのほうが大事だよ!」
「お・ね・え・ちゃ・んっ!」
「……は~い」
お姉ちゃんは、ずっと昔から異様にワタシを優先しようとしてくる。
嬉しいんだけど、お姉ちゃんはもっと自分を省みて欲しい。
それとは別にワタシに夢中になって欲しいけど。
「ほら、スープできるからふーちゃんたちを呼んできて」
「はーい」
まったく……これじゃどっちが姉なんだか。
「おおシアン、腹が減ったのじゃ!」
「わざわざすみません……。本来なら私が用意するべきなのですが」
「大丈夫です。それよりワタシたちがフラウロスまで同行するのは、大丈夫なんですか?」
そう、何を思ったかお姉ちゃんはふーちゃんたちに護衛を買って出たのだ。
お姉ちゃんほど名の知れた冒険者が護衛に付いてくれるのなら、これ以上心強い味方はいないとランさんは快く承諾してくれた。
ふーちゃんもまた、こうしてワタシが調理を担当することによってランさんと時間ぎりぎりまで鍛錬できる。
「ええ。フラウロスに到着したら改めて謝礼を支払わせて頂きます」
「大丈夫だよ~。元からフラウロスにいく予定だったし。ね、シアちゃん」
「はい。お姉ちゃんがいいって言うなら、大丈夫ですよ」
「だめじゃ。命まで助けて貰って謝礼の一つも出さなければ、妾とランは末代までの恥なのじゃ。嫌でも受け取って貰うぞ!」
あはは……。
二人は助けて貰ったことに随分恩義を感じているようだ。
お姉ちゃんと視線を交わして、わかりました、と返事をしておく。
貰えるなら嬉しいし、ふーちゃんたちがそれで納得できるなら。
「あ、そうだそうだ。リフレッシュ!」
「お姉ちゃん?」
何かを思いだしたかのように、お姉ちゃんがリフレッシュ、という魔法を唱えた。
その途端、身体がやけにすっきりする。けっこう汗をかいてたはずだけど。
「今のはね、身体を綺麗にする魔法なんだよー。今日はお風呂も用意できないし」
「リフレッシュ……身体を清め、儀式に挑む魔法、ですよね?」
「え? あーうん。そうだったかなー」
「……その魔法は、宮廷魔術師でも極一部しか使えない最上級魔法なのじゃ」
……いやほんと、なんかさらっと使ってたけど。やっぱりお姉ちゃんは凄いお姉ちゃんだ。
「っふふ。これでシアちゃんは汗臭いとかを言い訳に私の抱き枕から逃げることは不可能になったからね!」
「!?」
どうしてこうもお姉ちゃんはワタシの心を見透かしてくるのか!
「の、臨むところだよ。そう簡単にお姉ちゃんの抱き枕にならないからね!」
くっつきたいけど! くっつきたいけど!
お姉ちゃんの思い通りに動くのはなんかいやだ!
だから精一杯、強がる。
「……仲が良いのう」
「そうですね。見ているだけで微笑ましいです」