おまけ短編集 お姉ちゃんはウサギさん?
そう、これは何の変哲もない一幕だ――――と、ワタシことシアン・ソフィアはあの時を思い出しながらこれを綴ることにする。
変哲もない、は言い過ぎたかもしれない。ワタシにとってお姉ちゃんと過ごす日常は、変哲もないではなく毎日が新鮮で鮮烈で苛烈なことばかりだ。
……まあ、主にお姉ちゃんがインフレしすぎるだけだけど。
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「お姉ちゃーん。まだー?」
なんてことはないいつもの平和なある日のこと。
すっかりメイド服に慣れてきたワタシは、いつものようにお姉ちゃんの仕事の準備を進めていた。
今日の依頼についてはは午後だけ受け付ける予定だから、お昼ご飯も食べない内に準備を急かす必要はない。
でも早めに準備してもらわないと、お姉ちゃんはどうしても身だしなみを後回しにしてしまう。
もう。王都から帰ってきてからずっとこんな調子だよ。今まではワタシが甘える側だったのに、最近じゃお姉ちゃんがワタシに甘えっぱなしだ。
……その、甘えてくるお姉ちゃんのギャップに参っていつも甘やかしてるけど。
だって可愛いんだもん。普段は凛としてるくせに、ワタシの前でだけいつも以上にふにゃふにゃで「シアちゃ~ん」なんて甘ったるく名前を呼ばれたら、ワタシが我慢出来るわけがない。
メイド服をいつも着てるのだって、お姉ちゃんが喜んでくれるからだ。「メイドシアちゃんにお世話して貰えるなんてこれ以上の幸せはないよ!?」って力説されてるし。
「お姉ちゃーん?」
それにしても今日はいつも以上に遅い。一緒に寝てて、遅めに起きるワタシたちだけど、本当に遅い。
これじゃお昼ご飯が冷めちゃう。ワタシの愛情たっぷりのご飯だから出来る限り温かい状態で食べて欲しいんだけど。
ワタシの作った料理でお姉ちゃんが喜んでくれる。美味しいって言ってくれる。……えへへ。うれしいなぁー。
「っとと、涎が」
慌てて涎を拭って、まだ反応がない扉をコンコンと叩く。
返事は返ってこない。また寝ちゃったのかな?
「お姉ちゃん、入るよー」
別に着替え中でラッキースケベが起きてしまっても、ワタシとお姉ちゃんの仲だから別に気にしない。お姉ちゃんも気にしないし。
……まあ、ちょっとムラッとしちゃうかもしれないけど。
「し、シアちゃ~ん……」
「お姉、ちゃん……?」
部屋の真ん中でお姉ちゃんが珍しく座り込んでいた。ぺたりと女の子座りしている事に不意を突かれてしまう。
……あーもう。可愛いなぁ。なんだか気の抜けたような、ワタシに縋るような声に思わずぞくりとしてしまう。
でもすぐにそんな気分は吹き飛んでしまった。
ワタシの大好きなお姉ちゃん――プリム・ソフィアの頭の上に、見慣れないものがあるからだ。
「お姉ちゃん……ウサミミ?」
「そうそう、ウサギさんだよ~!」
「可愛いとっても似合う!」
「本当? えへへ、シアちゃんに褒められちゃった~」
と、思わず褒めるとお姉ちゃんはすぐにふにゃっと柔らない笑顔になった。
困った表情をしていたようだけど、そこまで切羽詰まっているわけではないのかな。
「って、違うんだよシアちゃん! お姉ちゃんがウサちゃんなんだよ!?」
「お姉ちゃんはウサギさんでも可愛いと思うよ。普段ワタシばかりコスプレさせられてるしね」
「だ、だってお姉ちゃんは年齢的に……ね?」
「お姉ちゃんは可愛いし綺麗なんだから年齢なんか気にしないよ!」
「本当? 本当に?」
「本当だよ! お姉ちゃんの今のウサギさんコスプレ見て、ワタシすっごくときめいちゃってるもん!」
ムラッときたのは流石に秘密にしておこう。夜のお楽しみに。
「シアちゃんときめいたの? お姉ちゃんに?」
「うん!」
スタイルの良いお姉ちゃんが、ウサミミを付けている。咄嗟に連想されたのはバニーさんだ。
生憎とちょっと大きめのパジャマなのが邪魔かなー。
バニーさんだったら、お姉ちゃんのおっきな胸がより強調されて……じゅるり。
「っは! シアちゃんが涎垂らしてる! 舐めとって良い?」
「むしろ今のお姉ちゃんをワタシが舐めたい」
「えーーーーーーやだーーーーーーお姉ちゃんがぺろぺろしたいのーーーーー!」
むむむ。うぐぐ。
「……この話は夜にすることにして、状況を把握しない?」
「夜だね! 任せて! 夜までは残ってるから!」
「……夜『まで』?」
いきなり気になる単語を出してくるのは、お姉ちゃんの悪癖だ。
ワタシに理解出来るようにもっとかみ砕いて説明して欲しい。
「これね、昨日の依頼の品物の効果だよ~」
「あっ。あの呪いの……?」
「そうだよ~」
「あー……」
確かにお姉ちゃんが封印してたはずなのに。
昨日、お姉ちゃんへの依頼で受け取ったヘアバンド。
ウサミミのヘアバンドであり、付けてしまうと外れなくなってしまう呪いのヘアバンドだ。
お姉ちゃんだったら呪いの耐性もあるから、封印するのに適してるとして預かったんだよね。
「それでどうしてお姉ちゃんが付けちゃってるの? 昨日確かに封印したし、寝る前はなんともなかったよね」
「そうだよ~。シアちゃんの力を借りてしっかり封印したんだけどね~」
「……だけど?」
「シアちゃんが寝言で『お姉ちゃんバニー……見たい』って言ってたから」
「まさかのワタシが原因だった!?」
「シアちゃんに見たいって言われたら、お姉ちゃんは全力を尽くします!」
「うん、だからって呪いのアイテムを使っちゃダメだよね?」
「一日外れないくらいは呪いじゃありませーん」
それはお姉ちゃんの耐性が高すぎるからであって、ワタシがうっかり被ったら解呪するまで外せないんですが。
「で、困ってたような気がしたけど」
「呪いのアイテムに困ってるお姉ちゃん、って感じを見せたらシアちゃんもっときゅんきゅんきちゃうかなって」
「の、のーこめんと」
ものっすごくきゅんきゅんしました、はい。
「えへへ~。したんだー。きゅんきゅんしたんだー」
「うっ」
「シアちゃんがー。きゅんきゅんしたって認めるならー。お姉ちゃんもーーーーっと凄いことしちゃうよー?」
「も、もっと凄いこと……?」
……ごくり。
ってだめだめ! お姉ちゃんが魅力的だからって、依頼のアイテムに手を出しちゃいけないって。きゅんきゅんしたけど! したけど!
「お姉ちゃんが今日一日、シアちゃんのバニーさんになってあげるよ……?」
「きゅんしました!」
即オチ二コマ。でも仕方ないじゃん大好きなお姉ちゃんにそんな魅力的な事を耳元で囁かれたら勝てるわけがない! そんな誘惑に勝てる妹がいるのだろうか、否!
「わーい、じゃあ依頼は全部キャンセルして今日一日シアちゃんのウサちゃんになるよ~っ!」
「っは!? しまったそれが目的!?」
このお姉ちゃん、仕事さぼる気満々じゃない!
ダメダメ。いくら余裕があるとはいえ、そういう堕落がお姉ちゃんをダメにしていくんだ。
ここはお姉ちゃんの伴侶として家族として妹として、お姉ちゃんには真人間でいてもらわないと――。
「……ね、バニーお姉ちゃんとぴょんぴょん、しちゃお。シ・ア・ン」
「ふあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
み、耳元で名前呼びはずるいよぅ……勝てるわけないよぅ……お姉ちゃん大好きだよぉ……!
「ふふ。シアちゃん陥落~。お姉ちゃんの大勝利~」
「……ぶぅー。元から陥落してるもん。ワタシはお姉ちゃんのものだもん」
「…………あーもーシアちゃんは可愛いなぁぁぁぁぁぁ! お姉ちゃん全力でシアちゃん愛でちゃうよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「きゃーっ」
……ま、たまにはいっか。お姉ちゃんがストレス貯めないようにするのもパートナーとして大切なことだしね。
お姉ちゃんに抱き抱えられてしまったので、そのまま首に手を回して頬と頬をくっつける。
ぴと。すりすり。すりすり。くんくん。
「……はー。お姉ちゃんのほっぺ気持ちいい~。良い匂い~……」
「こーら。違うでしょ?」
「え?」
「ね、『シアン』?」
「う……わ、わかったよ。……大好きだからね、『プリム』」
「うんっ! ベッドへだーいぶ!」
「きゃーっ!」
「シアちゃんだーい好き! ウサちゃんお姉ちゃんがちゅっちゅしちゃうぞー!」
「ワタシだって大好きだもーんっ!」
ふかふかのベッドに抱き抱えられたままダイブされ、ワタシたちは今日をとことん堪能するのであった。
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「ワタシはなんて恥ずかしいことを日記に書いているのだろうか」
「えへへー。シアちゃ~ん……くぅくぅ」
シーツに包まった状態で、すやすや寝ているお姉ちゃんの頭を撫でる。
まったく、これじゃどっちがお姉ちゃんかわからないよ。
書き終わった日記を閉じて、引き出しに仕舞う。
シーツをはだけて、お姉ちゃんの隣に潜り込む。
……はー。良い匂い。甘ったるいようで、でもそんなどろっとした感じは一切しない、大好きな甘い匂い。
明日は、明日こそはお姉ちゃんにしっかり依頼を受けさせるぞー…………ぐぅ。




