その後のふたり。
――夢を見ていた。遠い昔の夢だ。
まだワタシが生まれる前のこと。前世のことだ。
男性であった頃の、俺の記憶。
父さんがいて、母さんがいて、喧嘩ばかりしていた兄さんがいた。
四人家族でそれなりに普通の生活を続けて――ある日、兄さんとほんの些細なことで口論になって。
家を飛び出して、無我夢中で走っていたら……そのまま、トラックに跳ねられたんだっけ。
そこから先の記憶は、もっとあやふやだ。神様との会話すらほとんど覚えていない。
ただ、一つだけ。神様に望んだことだけは覚えている。
『俺は兄さんに謝ることも出来なかった。どっちが悪いかなんて関係ない。俺が死んで……兄さんを悲しませてしまった』
『力なんて必要ない。俺は……家族を、兄弟を大事にしたい』
神様の顔すら思い出せないけど、困ったような表情をしていた気がする。
巡り巡って、俺はワタシとなった。ワタシには大好きで大切なお姉ちゃんがいて、それは記憶があってもなくても変わらない事実だ。
……そして今、ワタシはお姉ちゃんと結ばれた。
姉妹なのに!
女の子同士なのに!
ひゃー!
でもそんなこと関係ないもんね! ワタシがお姉ちゃんが大好きで、お姉ちゃんもワタシを愛してくれるんだから、知ったことかー!
それにユアン王子も祝福してくれてるし、ワタシたちを妨げるものはなにもない!
「さて、と」
カーテンを開けると、一日が始まった感じがする。
うわ、朝日が眩しい。今日はいい天気になりそうだ。
「今日の予定は~っと」
今日の予定を考えながら、メイド服に袖を通す。
この服も今ではすっかり慣れてしまった。
最初は恥ずかしかったけど、お姉ちゃんが一番喜んでくれるのだ。
だったら着るしかないじゃない。お姉ちゃんが喜んでくれるのが一番嬉しいんだから!
「来客が三件、と。なんの依頼かな~」
壁に掛けられたコルクボードにはスケジュールが貼られている。全て、お姉ちゃんを頼ってきた人の依頼だ。
お姉ちゃんは、半年前に冒険者を引退した。
ワタシとの時間を優先するためであり、SSSランク冒険者としてギルドに残っていると色々問題があるらしい。
まあ、問題というか……名指しのクエストの大半が、お姉ちゃんを指名するんだよね。
そうしたら他の冒険者さんが食べていけなくなる。それを危惧した王国から、話し合いの末に引退を勧められたのだ。
ちなみに引退する為の保証金としてびっくりするくらいのお金を貰った。
それで働かずにお姉ちゃんとまったり暮らしていってもよかったんだけど、折角だからとお姉ちゃんは個人で依頼を受けることにした。
勿論ギルドにも王国にも話は通してあるし、受ける条件として『お姉ちゃんを頼らなければならないほどの案件』としている。
だからそこまで忙しくもないし、平和な生活が続いている。
今日の来客も大した用件じゃないらしいしね。
「さ、お客さん来る前に掃除とご飯かな」
相変わらずワタシは家のことを一任されている。それだけはお姉ちゃんに絶対にやらせないと誓っている。
だってワタシはお姉ちゃんのお嫁さんだから!!!
「あふぅ~。シアちゃ~ん」
「あ、お姉ちゃんおはよ――むぎゅう」
寝惚け眼のお姉ちゃんが起きてきて、すぐに抱き締められた。おっぱいに顔を埋められて、気持ちいいしいい匂いだけど息苦しい。
う~ん……。
「ぷはっ。ほらもうお姉ちゃん顔洗ってきて! お客さん来るんでしょ!」
「えへへ~。シアちゃん成分補給だ~」
「ワタシもお姉ちゃん分補給できるけどさぁ」
嬉しいんだけどね。幸せだけどね。
「すりすり~」
「あふぅ」
もう、どっちが年下なのかわからなくなっちゃうよ。
なんとか強引にお姉ちゃんを椅子に座らせて、朝ご飯を用意する。
「はふぅ。お姉ちゃんはシアちゃんがいないともう生きていけないよ~」
「大丈夫だよ。ワタシもお姉ちゃんがいないと生きていけないから」
「シアちゃん大好きっ」
「お姉ちゃん大好きだよっ」
朝ご飯を済ませて、いつも通りのハグをする。
「さて、シアちゃんのメイド服も堪能したし、着替えちゃおうかな!」
いつもの日常が、幸せな日常が今日も始まる――……。
+
「テオが脱走!?」
「えぇ……?」
王国騎士団の人が来たと思ったら、突然そんなことを言い出してきた。
ユアン王子――いや、今は王妃――は多忙で来れないらしく、代理人だと名乗っている。
「脱獄の詳細はまだ調査中ですが、王都は現在警備体制を強化しています」
「それで、私にテオを捕まえろってこと?」
「ユアン王妃からの依頼となっております」
「う~ん……」
テオフィラが脱獄した。それは一大事だ。
でも、お姉ちゃんはどうしてか渋っている。テオフィラが相手であるならば、お姉ちゃんが行くべきではある。
「多分だけど、テオはもう王国にいないと思うの。私とシアちゃんに興味はあるだろうけど、テオの中で、私たちはもう結論は出てるはずだから」
お姉ちゃんはなんというか、テオフィラのことをよく理解している。
や、ヤキモチなんて焼いてないからね!?
……でも、二人の間にはワタシでもわからない、なにかがある。
それはチートなスキルを持ってるから、だろうけど。
「では、テオフィラが国外逃亡しているという証拠が欲しいのです」
「え~。じゃあ海の向こうに行かないといけないの?」
「できれば、お願いしたいです。Sランク冒険者ではテオフィラには敵いません」
「そうだけどぉ~。私はもう冒険者はないんだよ?」
「わかっております」
お姉ちゃんはなによりワタシとの生活を優先してくれている。
だから渋るし、テオフィラが国内にいない――ワタシたちに危害を加えないのであれば、見逃すつもりなのだろう。
「お願いします。陛下は、王妃は、民から不安を取り除きたいのです」
「う~ん……」
……本来であれば、ワタシは口出ししちゃいけない。ワタシが言葉にすれば、お姉ちゃんは絶対にワタシを優先するから。
そして、ワタシ程度が口を挟んではいけないことも重々承知している。
でも――。
「お姉ちゃん、テオフィラが国外にいるかだけの確認なら……ワタシも行くから、一緒に行こ?」
「シアちゃん?」
「それでユアン王妃が安心出来るんなら、したほうがいいと、ワタシも思うよ」
「ううーん。でもでも~」
お姉ちゃんも今の生活で満足しているからか、ワタシが言ってもまだ渋っている。
……しょうがない。
騎士さんに聞こえないように、こっそり耳打ちする。
「新婚旅行だよ」
「行こっかシアちゃん!」
いや、なんというか。言葉にするとすっごく恥ずかしかったけど……お姉ちゃんもお姉ちゃんで単純すぎない!?
「よーしじゃあ早速行こう今すぐ行こうユアンに言って船用意してもらってほら早く!」
「あ、は、はい。王妃も喜んでくれます!」
「勘違いしないでね私はテオを止める為に行くんだから決してシアちゃんとうきうきえへへな新婚ツアーじゃないんだからね!」
「お姉ちゃん落ち着いて暴走してるよ!?」
「これが落ち着いていられるかーっ!」
ちょ、いきなりお姫様抱っこで飛び出さないで!?
ああもうほら街の人たちに見られてるしワタシまだメイド服から着替えてないんだけどー!?
「大丈夫、シアちゃんはお姉ちゃんが幸せにするから!」
「……お姉ちゃんはワタシが幸せにするもん」
「えっへへ~!」
……ああ、もう嬉しすぎて頬が緩んじゃうなぁ。
テオフィラには今回だけ感謝しておこう。そのおかげで、お姉ちゃんと旅行に行けるんだから。
今までの、お姉ちゃんを手に入れる為の旅じゃなくて。
お姉ちゃんと幸せに暮らせる旅だから。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なーに?」
ワタシが見上げると、お姉ちゃんはいつも通り――いや、いつも以上の笑顔を向けてくれる。その笑顔を見るだけで、ワタシの胸はドキドキするし、暖かくなる。
本当に、ほんとーに、大好きだ。
「えっと、えっとね」
「うんうん」
「あ、愛してるよ。プリムっ」
「……~~~~~~っ。私も私も~~~~~~っ!」
これからはもうずっと一緒なんだから、たまには、その……名前で呼びたいしねっ。
さあ、新しい旅を始めよう。お姉ちゃんとの、幸せではちゃめちゃな旅を。
なんてったって、お姉ちゃんはワタシの大好きな人で――ワタシを守ってくれる、騎士様だしね!




