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お姉ちゃん、見参




 詳しく知らなかったことだけど、お姉ちゃんは聴力もSランクのようだ。

 悲鳴が聞こえた、とお姉ちゃんが走り出してすぐにそれは明らかになった。


 転倒している馬車。

 泣きじゃくっている幼女。

 その幼女の腕を掴んでいる、いかにも柄の悪そうなチンピラっぽい男。

 一人じゃない。十人はいるチンピラが、幼女と甲冑を着ている女性を囲んでいる。


 ワタシが見えるくらいだから、お姉ちゃんにも状況は丸見えの筈だ。

 ……どこからどう見ても、襲われて、そして幼女が人質になっている。

 そして、男が持っているナイフが女性の首を――!?


「っ、お姉ちゃん、ワタシはあとから追いつくから、とにかく急いで!」


「わかったよっ」


 ワタシを離せば、お姉ちゃんはもっと速い。

 お姉ちゃんを繋がっていた手が少し寂しいけれど、お姉ちゃんはワタシが転ばないよう上手く減速してくれた。


「たーっ!」


「な、なんだ!?」


 お姉ちゃんはかろうじて間に合った。

 幼女に向けられていたナイフを蹴り飛ばすと、お姉ちゃんは幼女を庇うように男たちの前に立つ。


「お、なんだこの女は」


「っへへ。だがすっげえ上玉じゃねえか」


「依頼のついでにこんな上玉引っ掛けられるとはよ……俺たちにも運が巡ってきたか!」


 チンピラたちは凶暴な目つきでお姉ちゃんを睨んでいる。

 野生の獣のような瞳だけど、ワタシに不安は一切ない。

 相手が誰でいようと、ワタシのお姉ちゃんが負けるわけ、ないっ。


「女の子を苛める悪い人たちは、私が許さないからねっ!」


 幼女を心配させないように、お姉ちゃんは高らかに宣言する。

 そしてワタシはそんなお姉ちゃんの邪魔にならないように、そっと物陰に隠れることにする。

 物陰から顔を覗かせて、お姉ちゃんの勇姿を見届けるとしよう。

 あー、カメラとかビデオがほしかった……!


「うるせえ! やっちまえ!」


「ボコボコにして黙らせてやる!」


「久しぶりの女だぜ!」


 チンピラたちは次々にナイフや斧を構えた、けど。


「あ、あれ?」


 素っ頓狂な声を上げてチンピラの一人が地面に転んだ。

 続けざまに三人が転んだ。

 いや、転んだというか。

 ……うん、何をしたかはわかるんだけどワタシでも目で追えない。


「風よ、契りに応じて暴れたまえ!」


 お姉ちゃんが風の魔法で思いっきり武器を吹き飛ばした。

 全体攻撃が三回分。さらに『風神の契り:S』というスキルの力によって底上げされた風の暴力。


「ブラストソウルっ!」


 ブラストソウルは、風属性の中級魔法だ。

 普段のお姉ちゃんだったら初級魔法であしらうと思うんだけど、よっぽどチンピラたちが嫌なのだろう。

 初級魔法でゴブリンが一撃なくらいだ。

 中級魔法がどれくらいの破壊力になるかは、言わずもがな。


「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「そげぶっ!」


「あぼーんっ!?」


 ブラストソウルによってチンピラたちが吹き飛ばされる。

 一人は地面に転がり、一人は馬車に頭をぶつけ、一人は木に頭からぶつかって意識を失った。

 もちろんワタシの隠れている木にもぶつかってきたけど、ワタシに気付く余裕は――。


「いででで……あ? んだてめぇ!?」


「げ」


 なんで気付けるの!? もっとお姉ちゃんにタゲ集中してていいのに!


「丁度いい。てめえを人質にしてあの女を黙らせてやる!」


「ちょ、ちょっと待ったワタシはただの通りすがりです!」


「うるせえ! 黙ってついてこい!」


 男に腕を強引に掴まれる。

 だめだ。

 完全に頭に血が昇っていて、ワタシが無関係だと主張しても関係ない!

 お姉ちゃんを呼べば、絶対に助けてくれる。

 でもそうすると、あの幼女が危険な目に遭うかもしれない。


「おね――むぐ」


 だから、お姉ちゃんは呼ばない。ワタシはワタシとして必死に抵抗する。

 だけど女の子の力じゃ、チンピラには敵わない。


「あー、もうっ」


 ワタシは戦うことなんて出来ない一般人以下のミジンコだってのに!

 ローブの内側に隠しておいた小さな手帳を取り出す。

 力任せにワタシを引っ張るチンピラはまだ、その挙動に気付いていない。


「雷神様に祈ります。――フラッシュ!」


「おう!?」


 ビカ、と激しい閃光がワタシとチンピラの間で炸裂する。

 いきなりの出来事に驚いたチンピラはそのまま掴んでいた手を離すが、ワタシはそれで尻餅をついてしまう。


 あいたたた……。


「てめぇ、魔法使いだったのか……!」


 ま、不味い。

 チンピラのターゲットは完全にワタシになっている。

 取り出されたナイフが鈍く輝いている。

 血走った目でナイフを舌なめずりして、幽鬼のように近づいてくる。


 こ、こわい。


「ぶっ殺してやる!」


「ひっ」


 必死に後退るけど、木にぶつかってしまって逃げられない。

 チンピラがナイフを振り下ろしてきた。両手でガードして目を瞑る。


「シアちゃんに――なにしてるのっ!」


「あげぶっ!」


 振り下ろされる直前に、お姉ちゃんが駆けつけてくれた。

 飛び膝蹴りでチンピラを吹き飛ばしたようで、チンピラはしばらく悶絶していたがやがて意識を失った。


「シアちゃん大丈夫!?」


「だ、だいじょうぶ……」


「よかった。よかったよ~~~!」


 がば、とお姉ちゃんが抱き締めてくれる。

 ぎゅう、と感じるお姉ちゃんの温もりがワタシを安心させてくれる。

 あったかい。あったかい……。

 ワタシもお姉ちゃんを抱き締め返す。助けてくれた感謝の気持ちと、大好きって気持ちを込めて。


「大丈夫だよ。怖い人たちはみんなお姉ちゃんがやっつけたから」


 あの幼女の安全が確保出来たから、お姉ちゃんはこっちに来れたのだろう。


「でもだめだよ。シアちゃんはお姉ちゃんが守るんだから、ちゃんと助けてって呼んでね?」


「……はい」


 きっとお姉ちゃんなら、幼女を守りつつワタシを守ることも出来ただろう。

 そこを信じ切れなかったワタシの落ち度だ。

 一緒に暮らしているのに、情けない。


 ……しょぼーん。


「ラン、返事をするのじゃ、ラン!」


 姉妹の抱擁は幼女の声で中断されることとなった。

 お姉ちゃんが助けた幼女は、倒れ込んだ女性騎士の手を握って叫んでいる。


「お姉ちゃん、助けてあげて」


「うんっ!」


 その声にお姉ちゃんとワタシはすぐに駆けつける。

 首を切られていてけっこう出血はしているけど、まだ呼吸はある。

 これなら治癒魔法で治せる。


「お姉ちゃん、ヒールで大丈夫。ワタシは念のために包帯を用意するから」


「任せて! 大丈夫。すぐに治すからねっ」


「ほんとか? 本当にランは助かるのか!?」


「大丈夫。ワタシのお姉ちゃんは天使だから!」


 泣きじゃくる幼女をあやす。

 ちなみに天使という言葉は比喩だけど、ワタシ的にお姉ちゃんは天使よりも女神だ。


「水の神よ、我が願いを守り給え――ヒール」


 治癒魔法がすぐに騎士さんを癒していく。

 傷は塞がり、騎士さんはぱっと目を開く。

 ヒールの魔法は簡単な治癒魔法だけど、治癒魔法は適正がないと使えない特別な魔法だ。

 まーお姉ちゃんは『水神の守護:S』スキルで完璧に扱えるんだけどね。


「……うっ」


「ラン!」


 上体を起こした騎士さんに、幼女が飛びついた。

 涙を流し喜ぶ幼女と、そんな幼女を見て微笑む騎士さん。

 まるで姉妹のようなやり取りに、ワタシもお姉ちゃんも笑顔になった。

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