お姉ちゃんと、ユアン王子、お互いの目的は――。
「その様子だと、きちんと想いは通じたみたいだな」
「えっへへ~。ありがとね、ユアン」
どうやらユアン王子はお姉ちゃんを探していたらしく、お姉ちゃんが使うであろうルートを想定し、行軍していたそうだ。
説明不足のまま編成された王国騎士たちだから、お姉ちゃんが無実であることを伝えきれなかったらしい。
そんなわけで、ワタシたちはユアン王子と一緒に王都に向けて進んでいる。
なぜだかファルシオンが引く馬車にユアン王子までもが乗り込んで、御者台にテオフィラ、中の椅子にユアン王子、お姉ちゃんがベッドに腰掛けて、ワタシはお姉ちゃんの膝の上、という形となっている。
でも、やっぱりユアン王子って、すっごく綺麗な人だなー。
イケメンというか、顔立ち自体は中性的なんだけど、こうオーラが凄い。
イケメンのオーラだ。行動の一つ一つに背景に薔薇が散りばめられそうな感じがする。
「しかしシアン君、今回は随分と君に辛い目に遭わせてしまったようで……申し訳ない」
「え? え? え?」
突然ユアン王子に頭を下げられてしまった。
どういうわけかわからずに、頭が混乱する。
「プリムの旅の目的は、聞いているよね?」
「あー……はい」
魔法学院を壊してからすぐに聞いた、お姉ちゃんの旅の目的。
ワタシを独占するため。そのために、ユアン王子と嘘の婚約をしたこと。
「嘘と判明したとしても、気分のいいものでは無いだろう。申し訳ない、君から姉を奪おうとして」
「い、いえ! そんなことないです!」
お姉ちゃんの我が儘を、ユアン王子が叶えてくれたようなものだ。いくらお姉ちゃんがSSSランクの冒険者だからといっても、通してはいけない難題もある。
ましてや第一王子との婚約だなんて、前代未聞すぎる。
お姉ちゃんが断る形になるのだから、むしろユアン王子の名誉に響くのではないかが不安なくらいだ。
「……ワタシも、この件を切っ掛けにして、お姉ちゃんが好きだって、自覚したから……凄く、感謝しています」
ワタシの言葉に、ユアン王子が微笑んだ。爽やかすぎる微笑みは、ユアン王子の人柄というか、器の大きさを感じられた。
「ありがとう。そう言ってもらえると、私も嬉しいよ」
「それにね、ちゃーんとユアンにもメリットはあったんだよ?」
「メリット?」
ユアン王子が一息つくと、お姉ちゃんが割って入ってくる。
お姉ちゃんが言うには、嘘の婚約をすること自体に、ユアン王子にメリットがあるようだけど……。
お姉ちゃんがちらり、とユアン王子の方へ顔を向けた。
横向きに抱きついてるから、お姉ちゃんの悪戯っぽい表情がよく見える。
お姉ちゃんの視線に、ユアン王子はこくりと頷いた。
「実はねー。その当時、ユアンはとある貴族の令嬢から婚約を申し込まれてたんだ~」
「婚約? でも、第一王子なんだし当たり前じゃ……」
いずれはこの国を継ぐ立場のユアン王子だ。婚約者がいたとしても不思議ではない。
「勿論政略結婚だから、ユアンも一応は納得してたらしいんだけどね~」
「……そうだな。だが、私には隠さなければならぬ秘密があってな。あのまま強引に婚約を成立させられていたら、危なかったのだ」
「危ない……?」
未だに首を傾げてるワタシを余所に、お姉ちゃんもユアン王子も笑い出す。
そして、ユアン王子が勢いよく上着をはだけた。
「ちょ!?」
そういう趣味が!?
「違うよシアちゃん~。ほら、よく見て。あー……見なくてもいいけど!」
「え? …………えぇ!?」
お姉ちゃんがワタシの目を各層としてきたけど、ご丁寧に指の間がしっかり開けられていた。
そこから見えたのは、はだけたユアン王子の逞しい胸元――ではなく、胸元に撒かれている、白い布。
そしてその布が、僅かにだが膨らんでいる。
膨らんで……え?
「この通り、私も女性なのだよ」
「はー………………」
「もういいかな?」
「あ、はい」
自分からはだけたとはいえ、恥ずかしいのか、ユアン王子は頬を羞恥に赤らめてから上着を戻す。
第一王子が、女性?
ユアン王子は、女の人?
え、でも、王子だし……王女じゃなくて?
「ユアンは――というか、今の王族の跡継ぎって、皆女性しか生まれてないの」
「元々は弟が生まれ次第、すぐに女性であったことを明かすことを条件に、男性として育てられてきたが……まさか、弟が一人も生まれなかったのは予想外すぎてな」
ユアン王女……もとい王子は、相変わらず凛としたイケメンオーラのまま事情を話してくれる。
「父上と共に、私の事情を許せる相手を伴侶として娶ろうと決めていた矢先に、婚約を持ち込まれてしまって」
「それで私に婚約した、ってことにしたの」
……えーっと、つまり。
「ユアン王子が、女性って事を知られないために、お姉ちゃんと婚約したって言いふらして……向こう側を怒らせて、婚約を破棄させたってこと、ですか?」
「そういうことになるな。まあ、向こうには申し訳なかったが――相手の貴族はどうにも野心が強くてね。私が女性だと知られると、利用される恐れがあったのでね」
……なるほど。それならまあ、納得は出来る。
例え相手が貴族の令嬢で、政略結婚だとしても、王国にしっかりとしたメリットがある婚約ならば、断れない。
でも、お姉ちゃんなら。
SSSランク冒険者が王族と強い繋がりを得るとしたら、それは貴族との婚約以上に強いことになるだろう。
元から折り合いの悪い貴族と冒険者ギルドだから、そこにしっかりとした繋がりが出来ることはメリットしかない。
「……でも、それこそお姉ちゃんが婚約を断った、ってなったら」
お姉ちゃんは、ワタシを独占する目的を成し遂げた。
それはつまり、この嘘の婚約を続ける理由がないということだ。
お姉ちゃんが断ったとして、周囲からの風当たりは酷くなるのではないか。
「それくらい、どうにかなるさ。当面の問題であった貴族はもう私に取り入ろうとはしないし、私もその……だな」
急にユアン王子が、もじもじと頬を赤くする。
……あ、もしかして。
「そうなんだよ~。ユアンはね、騎士の一人に恋しちゃってるんだ~」
「ぷ、プリム! そこまで話していいとは言ってないだろ!?」
「うふふっ。正体ばれた上で、その騎士さんに求婚までされちゃってるんでしょ~?」
「う……う、うむ……」
お姉ちゃんとユアン王子は、お互いの立場も忘れてすっかり恋バナに夢中である。
あぁー、なるほどね。
ユアン王子はユアン王子で、お姉ちゃんが旅をしている間に、その騎士と、公に結ばれる下準備を進めていたのだろう。
つまり、ユアン王子も時間が稼ぎたかった。
「それで、国王様は納得したの?」
「……ああ。父上も納得してくれた。いずれは私が女王として国を継ぎ、あいつを夫として迎える事を、許可してくれた」
「おめでとう、ユアンっ!」
「ああ。プリムのおかげだ」
ユアン王子って、能力凄いなぁ。
性別を隠して、お姉ちゃんのサポートをして、それでいて自分の好きな人のために奔走した。
とてもじゃないが、ワタシには真似できない事である。
お姉ちゃんが魔法学院を壊したりして慌ただしくしてしまったというのに、それでも自分のするべきことを完遂したのだから、本当に、凄い人だ。
「それでだな、プリム。私から君たちに、プレゼントがあるのだか」
「プレゼント?」
「ああ。王都に到着したら、教えよう」
ふふ、と凜々しく笑うその笑顔は、女性であることを知ったからこそに、よりいっそう幸せな笑顔に見えた。
「ところで僕はいつまで放置プレイなんだよぅー僕も王子と話をさせろよー。ちゃっかり遮音結界張られちゃ盗み聞き出来ないじゃないかぁー!」
……うん。外からの声には耳を傾けないようにしよう。




