お姉ちゃんと、テオの過去。
「あー、どうにかしてテオを捨てたいよ~」
「のっけから随分酷いこというじゃないかプリムゥー」
「だって~」
ギレメ村を出てから数日ほど経って、流石のお姉ちゃんも痺れを切らしてきた。
御者台には簀巻き状態のテオフィラを寝かしている。特に問題を起こしているわけではないのだが。
……いちゃいちゃできない。
せっかくのお姉ちゃんとの旅だっていうのに、外にテオフィラがいる所為で全然お姉ちゃんに甘えられない。
声を我慢するなり、声が届かない結界を張れば解決するかな、と出発する前は考えていたけど。
そういう結界を用意してたらその時点でテオフィラにばれてしまうと気付いてしまった。
ぐぬぬ。ぐぬぬぬぬ……!
お姉ちゃんもそれをわかっているからこそ、お互いに自制して旅を続けている。
あーもう、本当にテオフィラどっかに捨てちゃいたいなー!
「ギレメ村にも思ったより滞在出来なかったし、諦めて王都を目指してるけど……」
「まあ、阿修羅の被害を食い止めただけでも十分すぎるよね」
ギレメ村にはもう少し滞在しておきたかったけど、阿修羅の被害にあった村人さんのことを考えると、あまり長居は出来なかった。
彼らは一方的な被害者だ。そんな村人さんたちに、捕まえたテオフィラの分まで食事を用意して貰うわけにはいかない。
だから、元から目的だった食料を少し貰って、ギレメ村を出立した。
このまま少し遠回りして、王都を目指す。
グシオンの街に寄って、噂の状態を確認するという手もあったけど、余計な問題が起きては到着が遅れてしまうために、諦めることにした。
「いやーしかしぃー、こうやってプリムとゆっくりするだなんて考えもしなかったよぅー」
「そうね。出会った時からずっとずっとテオは鬱陶しかったからね~」
お姉ちゃんとテオフィラが、ワタシの知らないことを話している。
それはきっと、お姉ちゃんが初めてテオフィラと出会った時の事だろう。
「お姉ちゃんと、テオフィラは……その、どんな出会いだったの?」
少し気になってたことがある。
お姉ちゃんは、テオフィラを「テオ」って愛称で呼んでいたことだ。
親しい間柄ならすぐに愛称で呼び出すお姉ちゃんだけど、テオフィラは……犯罪者だ。
だから、それなりの理由があるのだろう、とは思っていたけれど。
「おぉー。そこに気が付いたか。さすがプリムの妹だよぅー」
「あ~。気付いて欲しくなかったような、気付いて欲しかったような……」
ワタシの言葉にテオフィラは愉快げに、お姉ちゃんは困った表情をしている。
でも、絶対に聞かれたくなかったこと、ではないようだ。それはお姉ちゃんの声色でわかる。
「簡単だよぅー。プリムと出会った時は、『テオ・パラケルスス』って名前だったからねぇー」
「偽名だったの?」
「のーのー。僕の昔の名前だよぅー。今の名前が、後から付けられた名前なのさぁー」
「そうやって私を騙して、研究の手伝いをさせようとしたんでしょ?」
「当たらずとも、遠からずぅー」
それで合点がいった。テオフィラではなくテオと名乗ってお姉ちゃんと出会ったのなら、お姉ちゃんがテオ、と呼んでも不思議ではない。
あとからテオフィラって名前です、と言われても、お姉ちゃんの中ではもうテオなのだ。
テオでもテオフィラでもどちらでも同じ意味で通るのなら、無理に呼び名を変える必要はない。
「それにあれはぁー。プリムにだってちゃんとメリットがあっただろぅー?」
「…………………まあ、内容は生物を捕獲するだけだったし、私は追い込むだけだったしね」
「そうそう! そんな簡単なクエストで報酬でエリクシールあげたんだからむしろ喜んでよぅー!」
「それって詐欺?」
「詐欺じゃないよぅー! エリクシールなんて余るものだよぅー!」
「Sランクアイテムになんて言い草だ!?」
「あったり前だろぅー。僕が開発したエリクシールなんだから、増産なんていくらでも出来るよぅー」
……なんですと?
「あのね、シアちゃん。テオはね、エリクシールの開発者なの」
「……えぇぇぇぇぇぇ!?」
うわ、テオフィラが馬車の中に顔を入れてドヤ顔してる。
「そうだぞぅー。僕は凄いんだぞぅー」
お姉ちゃんが言うくらいだから、本当のことなんだろう。
万能薬エリクシール。開発されたのはかなり昔だって話だけど。
開発者の名前は聞いたことがない。……よくよく考えてみれば、おかしいことだよね。
エリクシールの登場によって、冒険者たちの活動はかなり楽になったって聞いた。
それだけの功績を残した人が、名前すら残っていない。
犯罪者になった、から。
「そりゃ僕は元々王国の研究員だったからねぇー。当時のお姫様にダイナミックに求婚したらいきなり犯罪者にされちゃったんだよぅー」
テオフィラは昔を懐かしそうに思い出している。
王国のために研究に身を粉にして、手に入れた功績も全て、失って。
好きな人を求めた結果としては、かなり悲惨なものだろう。
「ちなみにテオ、そのダイナミックな求婚ってのは?」
「魔眼で洗脳して城の外に連れ出して吸血しながらちょうきょげふんげふんしました!」
一瞬でも同情しかけたワタシが馬鹿でした。
「もう少しで完堕ちするところでさー、当時の王国騎士に追い詰められちゃってさー。いやー、若さ故の過ちって怖いね!」
「それで犯罪者になったくせに、呑気だよね~」
「わっはっは。エリクシール完成して暇になったってのもあったしね~。研究するのに王国に拘るのもつまらなかったしぃー」
あっさりと言ってのけるテオフィラは、どことなくワタシたちよりも人としての器が違う……気がする。
いや、犯罪者を擁護するつもりはさらさらないけど。
でも、王国って括りに捕われずに自分のやりたいことをする、ってのは……自由だなぁって。
「だからそんなわけで、僕は自由気ままに研究してたらもっと罪が重くなったのでしたぁー」
語り終わって満足したのか、テオフィラは御者台に寝転がる。
足首まで簀巻きにされているってのに、相変わらず器用だなぁ。
とりあえず、お姉ちゃんの膝に座る。テオフィラに気付かれないように、ちょっとだけ甘える。
大好きな人のために無茶をして、追われることになった。
そこだけは、頷きそうになった。
好きな人がいて、自分にそれだけの力があるのなら……。
「ねーねーねーねー」
抱きついた途端にテオフィラに声を掛けられた。
むぅ、本当に邪魔くさい。
お姉ちゃんも不機嫌に頬を膨らませている。
「なーにテオ。私とシアちゃんのいちゃいちゃを邪魔するならまた麻痺させて意識奪うよ――」
御者台へ顔を出したお姉ちゃんが、固まった。
ドタドタと騒がしい音が聞こえてきたと思ったら――。
「「「動くな! プリム・ソフィアだな?」」」
釣られてワタシも外を見てみたら、白銀の鎧に身を包んだ兵士たちが馬車を囲んでいた。
王国兵士の大群に、いつのまにか囲まれている。
え、え。どうしてワタシたちの場所がバレたの。なるべく安全なルートになるように遠回りしてたのに!?
「落ち着けお前ら! 何度も言わせるな。プリム・ソフィアは無実だと――ええい、いいから剣を収めよ! 第一王子ユアンの言葉ぞ!」
強張っていた身体が自由を取り戻す。声の主は、兵士たちをかき分けるように歩いてきた。
ユアン……ユアン・グレズ・グレーティア。
お姉ちゃんに求婚した、ワタシたちを後押ししてくれた立役者。
その人が、兵士たちを傅かせながら、微笑みを向けてきた。
……イケメンだなぁ。お姉ちゃんの方がかっこいいし可愛いけど。




