暗い世界の中で。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。十分か、一時間か。それとも五分も過ぎていないのかもしれない。
ワタシは今、いきなり穴に落とされて、真っ暗な空間の中にいる。
上下感覚は非常に薄く、左右の感覚なんか全然感じられない。
かろうじて地面と天井くらいはわかるけど、一メートル先どころか、自分の身体すら見えないほどの、光が存在しない空間にいる。
「ど、どうしよう……お姉ちゃん……」
お姉ちゃんが伸ばした手/お姉ちゃんに伸ばした手。
ワタシたちの手は重なる所は触れ合うことも出来ずに離ればなれになってしまった。
ずっと感じていた温もりが、ない。寒さを感じるほどに不安が押し寄せてくる。
「どうしよう、どうしよう……」
何が起きたかもわからない。思考が纏まらない。
お姉ちゃんがいないことが、こんなにも不安になるなんて――……。
待っていれば、お姉ちゃんは助けに来てくれる。
――本当に?
「っ……また」
アルンフィードの洞窟の中で聞こえてきた声が、頭に響く。
真っ暗な空間は、頭に走るマイナスの言葉を増幅させていく。
――助けてくれる?
――都合良く捨てられるかもしれない。
――どうせワタシは役立たずだから。
「……違うよ」
――落ちこぼれ。
――お荷物。
――何も出来ないお前を、どうして愛してくれる?
「違うっ!」
ワタシは、ワタシは!
――あの人は、お前が貰うはずだった力を奪って栄光を掴んだ。お前は利用されている。最後には――
「違う! お姉ちゃんはそんなことはしない! 絶対に、絶対に!」
――本当に?
ああ、もう!
頭の中に直接語りかけられてきて、気持ち悪い!
「お姉ちゃんが、ワタシから『奪った』?」
――そうだよそうにきまっている。
「ばっっっっっっっっっっっっかじゃないの!?」
――え。
「なにそれ意味わからない! 奪うような人だったら、そもそもワタシを捨てて王子と結婚してるでしょ!」
――罪悪感とか。
「うっさいだまれっ! ワタシの心の声とか洞窟の時は感じたけど、全然違う! というかね! むしろ! 奪った挙げ句にワタシを養うとか言い出すなら、どんだけ尽くすタイプなの!? もっと好きになるよそんなの!」
――あの、ちょっと。
「そうだよ! ワタシはお姉ちゃんが大好きだ! 愛してるんだ! だから、お姉ちゃんがこの力を使ってワタシを守ってくれる――最高じゃないか! だって、だってワタシは、ワタシは愛して貰いたいんだから!」
守ってくれる人が欲しくて。愛してくれる人が欲しくて。
シアン・ソフィア――水無瀬瑠璃は転生したんだから!
転生した時の記憶なんてもうほとんど覚えてない。十数年も前のことなんて今更思い出せるか。
貰えるチートな能力だってなにがあったか覚えきれてない。俺は元から記憶力悪いの!
思い出せないことに拘る理由はない。
それに、最初っから答えは出ている。
「お姉ちゃんがワタシの力を使ってワタシを守ってくれるなら、ワタシはお姉ちゃんを幸せにするんだって、お姉ちゃんを支えるんだって――ずっとずっと決めてたんだよっ!」
――っちぇ。つまんなーいよぉー。
声色が、変わった。
見えないけど、その声だけは忘れない。忘れられない。
「テオフィラ……っ!」
――はいはーい。元気ぃー?
「気分は最悪だけどね……!」
ワタシが正体に気付くと、声は途端にテオフィラの口調で話し出す。
恐怖を感じる、不気味な声。
――そのまま仲違いでもしてくれれば、プリムに付け入って洗脳とか出来たんだけどな~。
「うるさい……。ワタシを早くここから出して!」
――いやぁ~無理無理~。分断させることに意味があるんだし~。
どうやらワタシをここに閉じ込めたのは、他ならぬテオフィラの仕業のようだ。
その目的は、お姉ちゃんとワタシを分断すること。
「その口ぶりだと……ワタシがお姉ちゃんを拒絶する、っていうのは大して期待してなかったみたいだね」
――おぉー。さすがプリムの妹ぅー。お姉さん合格点あげちゃうぞぅー。
「いらないから」
――いけずぅ~。
姿も見えない真っ暗な空間だけど、テオフィラと会話出来ているおかげでなんとか不安に埋め尽くされることはなくなった。
考えろ。考えろ。テオフィラが分断させたがったのは、本当にワタシなのか。
たぶん、違う。ワタシがお姉ちゃんを拒絶する――そこに期待してなかったのであれば。
「お姉ちゃんに何をするつもりだ!」
――ふむ。シアン、君はプリム以上に思考の回転が早いね。そして突っついてみるとどうやら君からプリムが力を手に入れたのは明白、っと。
――ふむふむ。ふむふむ。
――もしかしてシアン、君は神様に選ばれた存在とかかい?
「……当たらずとも遠からず」
テオフィラの興味が、ワタシに向けられている。それならば、少しでもワタシに集中させていれば、外のお姉ちゃんがどうにかしてくれるかもしれない。
希望でも、そう縋るしかない。
こんな時だけ、歯がゆさを感じてしまう。我ながら我が儘すぎて苦笑いしちゃうよ。
――ふむふむほうほう。んん~~~~~~~~。
「どうしたんだよテオフィラ――」
――気になるなぁ。気になるなぁ。どうしてお前がキメラって単語を知っていたのか。もしかして? もしかしてなのかい?
声色だけでわかる。今のテオフィラは、ワタシに集中している。
時間を稼げ。今のテオフィラなら、たぶんワタシに危害は加えてこない。
稼いだ分だけ、お姉ちゃんが駆けつけるのは早くなる、はずだ。
でも。
――気になるなぁ。ねえシアン。血を吸わせて? なんなら解剖させて?
「――っ」
首筋に、何かが触れてきた。何かではない、テオフィラに決まっている。
「ひゃ――」
何か濡れたような何かが首に押しつけられ、すぐに鋭い痛みが走る。
何をされているかはわからない。わからないけど――なにか、ワタシから、吸われている?
身体から力が抜けていく。膝が勝手に曲がって、地面に倒れ込んでしまう。
ああ、真っ暗すぎて何も見えない。
――ぷはっ。んーーーーなんだこの味。うっま。うっま! こんな血初めてだ。ねえねえシアン。もっと飲んでいいかいむしろ解剖して全部飲んでも良い?
「良いわけ、ある、か……!」
どうやらワタシは、血を吸われてしまったらしい。
五体に力を入れて、つらくも立ち上がる。痛む首筋を抑えながら、どこにいるかもわからないテオフィラを睨む。
いつも、どこかではわかっていた。お姉ちゃんはワタシをずっと守ってくれる。だから、ワタシは戦う力なんて必要ないって。
でも、絶対にお姉ちゃんが傍にいてくれる保証なんて何処にも無い。
結果的にお姉ちゃんと分断され、ワタシはテオフィラに血を吸われてしまった。
ましてやテオフィラはなぜだかワタシの血を気に入り、興奮している。
このまま抵抗が出来なかったら、ワタシは殺される。
死ぬ?
お姉ちゃんが間に合わなかったら、ワタシは、死ぬの?
『条件が満たされました』
「え?」
――ふむ?
どこからか聞こえてきた抑揚のない声に、ワタシも、テオフィラも戸惑いの声を上げた。
条件を、満たした……?
『状況打開のためにスキルを強化します。雷神の加護をS→SSSへ。
――秘匿スキル:転生者の守護者により、空間転移を行います』
機械のような声。でも、ワタシはそれが、何を意味しているのか、すぐに理解出来た。
ピシ、とどこからか音が聞こえてきた。
どこからか、光が差し込んできた。
声が聞こえてきた。高い、女の人の叫び声。
「シアちゃんを、返してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
漆黒の世界が、目映い輝きに満たされる――。
音を立てて崩れていく世界。ワタシの前に突如として現れた、お姉ちゃん。
「おいおいおいおい僕の闇空間がぶっ壊れたぞ? どうやってこの空間に入った? 入っただけで空間を壊した? なんだよそれなんだよプリムぅ!?」
世界が明るさを取り戻す――というより、外に放り出された。
すぐにワタシを抱きとめてくれたのは、お姉ちゃんだ。
少し疲れた表情だけど、全身に雷を纏って。
最強のお姉ちゃんが、駆けつけてくれた。




