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お姉ちゃん、離れてしまう。




「う~ん。それにしても、阿修羅、ねえ」


「どうかしたの、お姉ちゃん」


 キメラと予想した顔面三つの六本腕の魔物……名称が付けにくいことから、とりあえずワタシ発案で阿修羅、とそのまま呼ぶことにした。


「見た目、すっごい不気味そうじゃない?」


「まあ、そうだよね」


 ワタシ――というより『俺』なんかは、阿修羅のイメージが当たり前にある。

 でも、お姉ちゃんはそんなイメージを抱いたこともないだろう。だから、想像もしにくいし、不気味な印象なのだろう。


 阿修羅が消えたとされる山の奥に、二人で足を踏み入れて、小一時間。

 お姉ちゃんが周囲を警戒してくれているから、お姉ちゃんが声を上げるまでは抱きついていられる。

 今回はワタシがお姉ちゃんの身体にしがみつき、お姉ちゃんがワタシの腰に手を回して支えてくれている。

 ちょっと歩きづらいけど、いつも以上に密着していて幸せだ。


 お日様の光が差し込んでくる光景は、どことなく幻想的で。

 デートを楽しんでいるようで、ワタシとしては阿修羅に出会わず帰りたいくらいだ。


「ぎゅー」


「あはは~。シアちゃん甘えん坊だね~」


「いいの。戦いが始まるまではお姉ちゃんを独占するのっ」


「うんうんっ。どんどん独占して~。お姉ちゃんもシアちゃんを独占するからっ」


 腰に回された手に力が込められている。その分さらにお姉ちゃんと密着して、これ以上ないくらいに心臓が脈打つ。

 うぅー。嬉しいし幸せなんだけど、一向に慣れないよ。


「う~ん。魔力は感じるんだけど、まだ離れてる感じかなー」


「……ワタシは全然わかんないや」


「あはは。まあサーチの魔法だからね~」


 お姉ちゃんはワタシと密着していても周囲の警戒を怠らない。それはひとえに、事態を解決したい気持ちと、ワタシを守る想いの表れだ。

 ワタシは足手纏いだけど、あのまま馬車で待つより、お姉ちゃんが傍にいた方が安全、という理由でついて行っている。

 どこまでもお姉ちゃんと離れたくない、という想いの方が強いのは言うまでも無い。


「ねえ、シアちゃん」


「どうしたの?」


 不意にお姉ちゃんが足を止めた。ワタシも倣って足を止め、周囲を見渡す。

 肝心のお姉ちゃんは周囲に視線を向けることも無く、優しげな視線でワタシを見つめていた。


「シアちゃんは、魔法が使いたいの? お姉ちゃんみたいに、なりたいの?」


「え?」


 お姉ちゃんから、初めて言われた言葉。

 お姉ちゃんみたいになりたいか――その答えは、小さい頃に出している。

 一番身近な存在で、一番ワタシを愛してくれる、守ってくれる凄い人。

 憧れないわけがない。

 お姉ちゃんみたく、魔法を使いたい。


 ワタシが魔法学院に通う理由は、それだけだった。

 憧れの人と肩を並べる、まではいかないけど。お姉ちゃんと同じように、魔法を使いたいって気持ちは確かにあった。


 でも、今、その気持ちがあるかと聞かれたら――……。


「お姉ちゃん、ワタシは――!?」


 答えようとした瞬間、地面の感覚が消えて、ワタシの身体は落下していく。

 何が起こったかを理解する前に、落下を始める身体。すぐ傍にいたお姉ちゃんに手を伸ばしても、お姉ちゃんが伸ばした手を掴むことは出来なかった。


 どこまでも無限に落下をしているようで、でも、肌に風を感じない。

 気付けばワタシは真っ黒な空間に着地していた。

 真っ暗で、何も見えない、ワタシ自身さえも見ることの出来ない空間。


 いったいここは……どこなの……?


「お姉ちゃん……」


 見えない手をぎゅっと握りしめて、助けを祈る。

 大好きで、大切な、最愛の女性の姿を。

 今のワタシには、祈ることしか出来ないから。


 ………

 ……

 …


 ――シアン・ソフィアは私の、世界一可愛くて愛らしい、お姉ちゃんを気遣ってくれる、自慢の妹なんだよ!



 私は、シアちゃんに隠し事をしていた。

 それはシアちゃんを、妹としてではなく、女の子として愛している感情。

 旅をして、シアちゃんを養っている間――いえ、それよりもずっと前から、私にとってシアちゃんはかけがえのない存在だった。

 姉としてシアちゃんを守って、養えるなら、それでもいいと思っていた。

 でも、シアちゃんが魔法学院を止めると言い出して……その時からきっと私は、ネジが外れてしまったのだろう。


 大好きな、大切なシアちゃんを傷つける人は、誰であろうと、私がどんな罪を背負ってでも、許さないと。


 それが、お父さんとお母さんを失ったあの日に誓ったこと。

 ……そして、私はもう一つ、隠し事をしている。でもこれは、隠さなくちゃいけないことだから。

 シアちゃんと両想いになっても、シアちゃんにだけは教えちゃいけない、私の真実。




 今に思えば、テオがシアちゃんに興味を持ったのは、そこが引っ掛かったから、なのかもしれない。


 あいつはずっと、私に付きまとっていた。

 それもこれも、私がどうしてSSSランクに至るほどの力を持っていたから。

 テオフィラ・エリクス・ホーエンハイム――王国の歴史の中で、最も罪を重ね、長く王国の裏で暗躍してきたダークエルフ。

 あいつの本質は、研究者。

 知りたいと感じたものを、理解するまで追い続ける――狂気に塗れた存在だ。


 ――と、私の前で愉悦に顔を歪めるテオを睨みながら、そんなことを思い出す。




「はーいプリム。僕だよぅー」


「シアちゃんを、返しなさい」


「わっはー。怖い顔するなよぅー」


 シアちゃんが消えた。私の目の前から。突如として空いた穴に、消えた。

 わかっている。あれはテオが生み出した空間だ。シアちゃんはあの空間に捕まっている。

 だから、その空間自体を破壊してしまえば取り戻すことは可能だ。


 なんとしてでも、どんなことをしてでも、シアちゃんを取り返す。


「まあまあ落ち着いてくれってプリムぅー。僕はちょっと君に聞きたいことがあるだけだよぅ」


「黙りなさい。シアちゃんを返せば、命くらいは見逃してあげるから。――だからさっさとしなさい。お前の選択肢はシアちゃんを返すことだけよ」


 私からシアちゃんを奪おうとする悪魔に、私は明確な殺意をぶつける。

 SSSランクである私ならば、睨むだけで大抵の事態は解決出来る。

 でも、目の前のテオだけは、私の殺意に気圧されること無く嗤っている。

 私の嫌いな笑顔だ。


「うんうん見事に聞く耳持たずぅー。まあまあまあまあ。大丈夫だって傷は付けないし安全な空間だよぅ。なんたってこのテオフィラ様特性の空間だからねぇ」


 テオはシアちゃんを飲み込んだ穴の上に立っている。いや、正確には穴だった場所は既に埋まり、真っ黒に塗りつぶされている。

 どっちにしても、そこを介さない限りシアちゃんが閉じ込められた空間には辿り着けない。

 だからまずは、テオを排除しないと――。


「今日は確かめに来たんだよぅ。『お前がシアン・ソフィアから力を奪った』かどうか、をね?」


「――――ッ!?」


 ――頭の中が真っ白になって。


 私は、背後に迫る異形――阿修羅の振り下ろした一撃に、反応できなかった。







『いいかいプリム。お前がシアンを守るんだ』


『うん! 私はお姉ちゃんだからね!』


『良い返事だ。でもな、忘れちゃいけない』


『どうしたの、お父さん?』


『お前が守るだけではない。この子もまた、お前を守っている。それを忘れるな。姉妹仲良く支え合って、幸せになるんだ』

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