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お姉ちゃん、村の異常に気付く。




 がたんごとん、と、突き上げられるような激しい揺れが路面の悪さを物語っている。

 ファルシオンはこのくらいの悪路もへっちゃらなようだけど、馬車の中で揺らされているワタシは頭がふらふらしてしまう。


「シアちゃん大丈夫?」


「大丈夫だよ」


 ぎゅ、と隣に座るお姉ちゃんの腕にしがみつく。気分はちょっと悪いけど、お姉ちゃんと密着していれば気にならない。


「すりすり」


「きゃ~っ。シアちゃんシアちゃん~っ!」


 お姉ちゃんの腕に頬ずりすると、お姉ちゃんがこれ以上ないくらい喜んでくれる。

 お姉ちゃんが喜んでくれると、ワタシも嬉しい。そしてなんと、お姉ちゃんはワタシが喜ぶとさらに喜んでくれる。

 なんだこれ。幸せが無限供給だ。幸せスパイラルだ。


「は~。お姉ちゃん幸せすぎて死んじゃいそうだよ~」


「だ、だめっ。お姉ちゃんはワタシを幸せにしてくれるんでしょ? だから、死んじゃ、だめ」


「わかってるよ~~~~~っ!」


 お姉ちゃんもワタシも、お互いに幸せだってのが伝わってくる。

 お姉ちゃんの肩に頭をことん、と乗っけて、じー、っとお姉ちゃんを見つめる。


「……はぁ~~~~。シアちゃんその上目遣いはだめだよ~。お姉ちゃん暴走しちゃうよ~っ」


 どうやらこの仕草はお姉ちゃんに効き目抜群のようで、お姉ちゃんが悶えている。

 いつもいつもワタシを甘やかしてくれる、立派なお姉ちゃんが、ワタシを見て表情をコロコロ変えてくれる。

 あーもう、お姉ちゃんが可愛い!


「暴走しても……いいんだよ?」


「シアちゃ~~~んっ!」


「お姉ちゃーーーんっ!」


 飽きることのない愛の抱擁。お姉ちゃんは、最高だ!


 ………

 ……

 …


 鍛冶ギルドを中心とした工業の街、グシオン。

 その管轄を任されている領地にある、小さな村……ギレメ村。

 巨大な山の中に存在するその村は、住んでいる人も少なく、農業中心の村、とお姉ちゃんが説明してくれる。

 外部とあまり繋がっていない村らしくて、冒険者ギルドにも依頼が全然入ってこない、冒険者ですら知らない可能性がある村だそうだ。


 そこなら魔法学院が破壊された、という噂も届いていないだろうから、ほとぼりが冷めるまでは滞在しようという話になった。


 今はそのギレメ村までの道のりを、ファルシオンが頑張ってくれている。


「……ぶるるるる」


「あ、着いたみたいだね~」


 馬車が止まり、ファルシオンがうなり声を上げる。

 でも、その声はどこかいつもより緊張感を含んでいた。

 お姉ちゃんも、そんな雰囲気に気付いたのだろう。


「シアちゃんはちょっと待ってて」


「……うん」


 いくら両思いになったといっても、ワタシが足手纏いなことは変わらない。

 お姉ちゃんの邪魔をしないためにも、馬車の中で待つことにする。


「シアちゃん、出てきていいよ~」


 お姉ちゃんの声が聞こえて、馬車から出る。

 ……外は、静かだった。


「ここがギレメ村なの、お姉ちゃん」


「うん、そうなんだけど……人が、少なすぎる」


 ギレメ村は農村といった言葉通りの村だ。切り開かれた山の中で、ひっそりと小さな村が広がっている。

 家屋も十戸あるかないかの小さな村だ。あとは一面畑ばかり。

 お姉ちゃんの言葉通りに観察してみると、確かに人が、圧倒的に少ない。

 家の中にいるのかもしれないけど、全然人の気配がしない。


 村の入り口に馬車を止め、ファルシオンを休ませる。


「……いらっしゃい。旅人かい?」


「はい、そうですが――」


「ほっほっほ。すまんねぇ。この村は旅人を休ませるような施設はないんじゃよ。ギルドに依頼も出してないし、すまんが引き取ってくれんかのう」


 ワタシたちに気付いたおじいちゃんが声を掛けてくれるが、それはあからさまな拒絶だった。

 お姉ちゃんのことを知っている風ではない。だから、魔法学院の破壊が原因で拒絶されているようではないけど。

 でも、その拒絶は煙たがっているようではない。

 おじいちゃんの表情は、どこまでも辛そうなものだった。


「私はSSSランク冒険者のプリム・ソフィアと言います。依頼は受けていませんし、確かにこの村にも立ち寄っただけですが、あなたの表情を見れば、追い詰められているのは明白です。……なにか、あったのでしょうか」


 お姉ちゃんが表情を引き締めた。おじいちゃんの言動に、なにかが引っ掛かったのだろう。


「SSSランク……。ですが、ですが」


 お姉ちゃんの言葉を聞いて、おじいちゃんが表情を変えた。

 SSSランク、という肩書きはそれだけ強烈な効き目があるのだろう。

 だが、それでもおじいちゃんは言葉を渋っている。

 そんなおじいちゃんの態度に、お姉ちゃんは「なるほど」と頷いた。


「ご心配ありません。今回は冒険者ギルドを介していません。ですので報酬のことを気にせずに、ご相談ください」


「本当、ですか?」


「はい。如何なることがあろうとも、あなたに、このギレメ村に一切の請求はしません。だから教えて貰えませんか。私に、協力できることはありませんか?」


 お姉ちゃんは、冒険者の表情で、当たり前のような申し出をした。

 その言葉におじいちゃんの瞳に光が戻る。瞳からは涙をぽろぽろと流し、縋るように言葉を吐いていく。


「山の、山の奥に、村の者が連れて行かれたのです。悪魔のような、三つの顔を持った、六本腕の化け物に……!」


「化け物、ですか」


 顔が三つに、腕が六本。おじいちゃんの説明に、ワタシはすぐに思い当たる節があった。

 『俺』の記憶。前世で聞いたことがある、異形の存在。


 阿修羅と呼ばれる存在だ。


「この村は貧しい村なのです。グシオンの領主に救援を求めましたが、送られてきた兵士は全滅させられました。領主は我らを見放し、我らでは冒険者ギルドに支払う報酬も無く……う、う、う……っ」


 おじいさんの言葉に、お姉ちゃんは胸を叩いて快諾する。

 目の前に困っている人がいて、お姉ちゃんが動かないわけがない。


「魔物退治なら任せてください! 絶対に村の人を、取り戻します!」


 胸を張るお姉ちゃんは、おじいちゃんにとってどれだけ救いの存在かは、語る必要がないほどだ。

 隣にいるワタシですらお姉ちゃんに後光が差しているようだ。


「ありがとう。ありがとう、ございます……!」


 泣きじゃくってしまうおじいちゃんをなだめて、その魔物――阿修羅のことを詳しく教えて貰う。

 一ヶ月ほど前のことだった。突然聞こえてきた悲鳴に視線を向ければ、村の入り口に立つ大男。

 その大男は三つの顔と六本の腕を持つ異形であった。

 悲鳴を上げて逃げようとする村人を、次々に自由自在に動く縄で拘束し、山奥へ連れて行った。

 すぐに領主に連絡が行き、兵士が派遣されるが――結果は全滅。そしてまた、人が攫われていく。

 勇気ある冒険者が一人、阿修羅を追って山に潜った。

 だが帰ってこなかった。血に塗れた剣だけが村の入り口に刺さっており、救助は絶望的だと思い知らされた。

 阿修羅が現れるのは一週間に一度。三日前……四度目にはもう、領主からの派兵はなかった。おじいちゃんと数名を残して、村人はほぼ全てが連れて行かれた。

 「これで足りる」と言い残し、阿修羅は村人たちと共に山奥に消えた。


 貧しいギレメ村の住人では、グシオンの街に移住することも難しい。

 家族とも言える村人を連れて行かれ、気力を失ってしまったおじいちゃんは、放心状態で三日間を過ごしていたという。


 阿修羅の目的も理由もわからない。

 でも、恐ろしいほどの力を持っていることだけは明白で。


「大丈夫です。私に任せてください」


 それでも、何度でもお姉ちゃんはおじいちゃんに言葉を掛ける。

 その言葉がよっぽど嬉しかったのだろう。むせび泣きながら、おじいちゃんは笑顔を見せてくれた。


「よ~しシアちゃん! 魔物退治をしよっか!」


「そうだね。おじいちゃんや村人のためにも、なんとかしないと」


 まあワタシは戦力的に力になれないんだけどね!




 …………でも、なんか嫌な予感がするなぁ。

 こう、間違いなく褐色で一人称が「僕」で眼鏡で白衣で吸血鬼なダークエルフが関わってる気がするんだよね!

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