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お姉ちゃん、陰謀を語る。




 お姉ちゃんは、ワタシをずっと見てくれる。傍にいてくれる。その生涯を共にしてくれると、誓ってくれた。

 これ以上嬉しいことはない。ワタシは今、世界中の誰よりも幸せだ。


 ぎゅう、とお姉ちゃんの右腕にしがみついて、幸せを一層堪能する。


「すりすり~」


「あはは。シアちゃんくすぐったいよ~」


「いいの。ワタシが幸せだからー」


「お姉ちゃんも幸せだよ~!」


 起きてから昼を済ませて夜を迎えても、ワタシたちはずっとこんな甘ったるい空気で過ごしている。

 ああ、幸せだ。ずっとずっと願っていたことが、この旅の目的が、全て叶った。

 その上で、ワタシは幸福を享受しつつ――お姉ちゃんに聞かなくちゃいけない。


「ねえ、お姉ちゃん」


「どうしたの?」


「昨日言ってた……旅を仕組んだって、どういうことなの?」


 怒った、というか感情が決壊したお姉ちゃんが不意に漏らした、「旅を仕組んだ」という言葉。

 この旅の目的は、王都まで行って、王子からの求婚への返答をする、旅だ。

 その求婚を邪魔して、お姉ちゃんを独占する、というのがワタシの目的で。


「えっとね。そのね。……怒らない?」


「大好きなお姉ちゃんだもん。怒らないよ」


 むしろワタシはお姉ちゃんに救われてばっかりだし甘やかされてばっかりだし、ワタシが見放されてしまうほうが心配だ。

 とはいえ今はその心配こそ杞憂なんだけどね。っふふ。お姉ちゃんだーい好きっ。


「そもそもね、『求婚への返答』の為の旅ってのが、嘘なの」


「……え?」


 お姉ちゃんはちょっと困ったような表情をして、すぐさま「っふふ」と微笑んで誤魔化そうとする。

 可愛らしい笑顔だから、ワタシは何でも許しちゃう。


「ユアン王子から求婚されたってのは本当だけど、求婚された時点で断ってるの」


「そ、そうなの?」


 初耳――というか、お姉ちゃんが隠していたんだから当然か。

 よくよく考えればわかることではある。

 お姉ちゃんは基本的に答えを先延ばしにしない。メールなどの遠距離でやり取りする手段がない世界だから、そういう大事な話こそ即断即決する。

 だから前提として、『求婚されたから、その返事をするための旅』自体が成り立たない。


 ……お姉ちゃんのことに詳しいくせに、ずいぶんと見抜けなかったものだ。

 それほどお姉ちゃんが大切で、大事で、混乱したんだろう。


「そうなの。それでね、王子――ユアンにシアちゃんのことを話してね。『だったら、私に求婚された事実を利用するといい』ってアドバイスを貰ったの」


 …………………あのー、第一王子様。


「だから、シアちゃんから言い出さなかったら私から旅に行こう、って誘おうとしてたの。えへへ。シアちゃんから言いだしてくれて、本当に嬉しかったんだ~」


 お姉ちゃんは心の底から幸せそうに事情を説明してくれる。

 そっか……うん。


「王族に求婚された、って事実があったら、きっとシアちゃんはお姉ちゃんを意識してくれる――そう思ったから、始めた旅なの」


「……うん。見事に術中に捕まったよ」


 そもそもが、お姉ちゃんのその話によって『俺』の記憶が呼び起こされた。

 湧き上がる独占欲は、お姉ちゃんを家族ではなく、好きな人として意識したから。

 そう考えると、お姉ちゃんの作戦は大成功したわけだ。


「で、王都に行くまでに、シアちゃんをお姉ちゃんにメロメロにする――それが私の目標だったの」


 お姉ちゃんの目標を語られて、つい笑みがこぼれてしまう。

 だって、ワタシとまったく同じ目標だったから。

 ワタシはお姉ちゃんを独占するため。お姉ちゃんはワタシを独占するため。

 最初から、お互いを独占するための旅だった。


「あー、だからフラウロスとかでコスプレさせたら、普段と違う態度をしてみたの?」


 メイド服を着せられて、お姉ちゃんに詰め寄られた時――もの凄く、ドキドキした。

 見たことのない表情に心臓は脈打ち、お姉ちゃんをもっと意識してしまった。


「あ、違うの。あれはもうシアちゃんが可愛すぎて暴走しちゃったの」


「…………あはははは」


 乾いた笑いしかこみ上げてこない。自制心のないお姉ちゃんだ。


「――でも、メイドさんでもいいからシアちゃんを独占したいと思ったのは本当だよ?」


「~~っ」


 ……あー、だめだ。その切り替えに、ワタシはもの凄く弱い。

 お姉ちゃんに支配されている感じが、凄く嬉しいんだ。お姉ちゃんに支配されたがっている。お姉ちゃんの所有物になることを、心の底から望んでしまっている。

 まあ、もう支配されているようなもんだけど。


「お姉ちゃんが望むなら、いつでも着るよ。だってワタシは、もうお姉ちゃんのものだから」


「~~~~~~~~~~っ。シアちゃ~~~~~んっ!」


「きゃっ!」


 がば、ともう何度目かわからない抱擁を交わす。抱き締め合って、頬をすりあわせ、時折キスをして。いつも以上の、愛情の篭もった抱擁だ。


 えへへ。えへへ……っ!


「でもね、お姉ちゃん。……ワタシの目標も、お姉ちゃんと同じだったの」


「え?」


「お姉ちゃんを独占するために。ワタシに夢中になってもらうために。……結婚を、邪魔しようと思ったの」


「シアちゃん……」


「ワタシにはお姉ちゃんしかいないから……だから」


 素直に謝ろうとしたら、お姉ちゃんの胸に抱き締められる。

 強く、でも、呼吸は出来るくらいに、優しく抱き締めてくれる。

 お姉ちゃんの温もりと、大好きな甘い匂い。とっても落ち着く、ワタシが手に入れた、癒やしの場所。


「お姉ちゃんは幸せだよ~。もう、シアちゃん好き好き大好きっ!」


「ワタシだってお姉ちゃんのこと大好きだよっ!」


 もう何十回何百回も繰り返してきたやり取りは、これまで以上に激しいものになる。

 二人が一つになるような感覚につい酔いしれてしまう。それくらい、お姉ちゃんとワタシは密着している。


「……それでお姉ちゃん、これからどうするの?」


 ワタシたちの想いが繋がったのなら、これ以上旅を続ける必要はない。

 そもそも目的地である王都ってのも、旅をする上での名目でしかない。

 だからワタシとしては、まっすぐ家に帰ってもいいくらいだ。


「それなんだけどね。ユアンに……王子に、説明はしたいなって」


 お姉ちゃんはワタシを抱き締めながら、御者台を見つめ、外へ視線を投げる。

 ワタシたちを結ばせてくれた立役者であるユアン第一王子。

 ……そうだね。ワタシも、お礼が言いたい。


「じゃあ、王都に行くの?」


「そうだね。シアちゃんがいいなら」


 もう、どうしてそこでワタシに許可を求めるのだろう。

 ワタシはお姉ちゃんのものだ。お姉ちゃんがワタシを捨てないでくれれば、ワタシはお姉ちゃんの望むがままだ。

 それくらい、ワタシはもうお姉ちゃんにメロメロなんだ。


「いいよ。一緒に王都に行こう」


「うんっ!」


 でも、それならそれで問題はある。

 ワタシたちは誤解が解けるまでは事実上犯罪者。魔法学院が関係している街には入れないだろうし、余計な問題は起こしたくない。

 食料の問題も解決していないし……。


「そうだね……真っ直ぐ王都に向かうのは流石にリスキーすぎるから……」


 立ち上がったお姉ちゃんが地図を取り出し、だいたいの現在地を指差して、なぞる。

 目的地は、この大陸の中心部に近い――巨大な山。


「ここから数日掛けた場所にある、小さな村……管轄は鍛冶の街グシオンなんだけど、ほとんど交流のない、ギレメ村。ここなら噂も届いてないと思うの」


「じゃあそこで、食料の確保と少しの休息を取って」


「うん。王都に向かおうと思うの。山越えになるけど……ファルシオンなら大丈夫だろうし」


「ぶるるるるっ!」


 馬車の外から、力強い鳴き声が聞こえてきた。お姉ちゃんの声に、ファルシオンが応えている。


「うん。ファルシオンも任せろって言ってくれてるし、ギレメ村へ向けて、しゅっぱーつ!」


「しゅっぱーつ!」


 目的を新たにした、お姉ちゃんとワタシの、新しい旅の始まりだ!

 ……あれ。待って。これって――。


「えへへ~。新婚旅行みたいだね!」


「~~~っ」


 自分から言葉にしようと思っていたら、お姉ちゃんに先を越されてしまった。

 ああもう……っ。お姉ちゃん大好きっ!

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