お姉ちゃん、暴露と暴走。
お姉ちゃんが魔法学院を壊してから数日が経って、ワタシたちはちょっとだけ困ったことになっていた。
ユアン王子の許可があったとしても、魔法学院の破壊自体が悪いことに間違いはない。
その連絡が王子に届き、不問とされるまでにも時間は掛かる。
つまり、その間は――お姉ちゃんが魔法学院を破壊した、犯罪者。という噂が流れてしまうのを、止めることが出来ない。
人は悪い噂ばかり広めたがる。ましてや今回は内容が内容なだけに、噂の広がる速度も凄まじいものだ。
魔法学院からサンダルフォンに戻った時にはルイスさんがゲラゲラ笑いながら逃げる事をアドバイスしてくれたくらいだし(その時は流石に噂は出回ってなかった)。
サンダルフォンの方はルイスさんが出来る限り噂が流れないようにしてくれる、と約束してくれた。
「なんならうちのレアルを貰ってくれれば嬉しいけどな!」とか言ってたけど……うん、その話は地平線の向こう側にでも投げ捨てておこう。
問題は、食事だった。
元々経由する街で確保していくつもりだったから、保存食もそこまで数があるわけではない。
噂がおちつくまでは街に寄ることも出来ないから、それらの補給が出来ないんだ。
お金はあるし、水や火はお姉ちゃんが魔法で出せる。
お風呂や身支度を綺麗にすることもお姉ちゃんがなんとかしてくれる。
でも、基本的な食料自体を手に入れることが難しい。
肉はなんとか、野生の獣を狩ればどうにかできる。お腹を壊してもお姉ちゃんが治してくれる。
でも魚や野菜は手に入らない。お米とかパンもそうだ。
贅沢を言うつもりはないんだけど――やっぱり、物足りない。
「う~ん。どうしよっか」
「そもそも、王子様がお姉ちゃんを不問にしたとして、噂がなくなるとしたらどれくらい掛かるのかなぁ」
ワタシの疑念はそこだ。
お姉ちゃんは、この国でもかなり有名人だ。それこそ山奥の村にでも行かない限り、お姉ちゃんを知らない人はいないだろう。
ましてや風の噂程度に知っている人でも、今回の件が知られれば……。
「ん~。かるーく一ヶ月は掛かるんじゃない? 貴族と冒険者ギルドへの連絡は三日くらいで出回ると思うけど、商人とか普通の人に浸透するのは時間が掛かるからね~」
お姉ちゃんはたいした事のないように言っているけれど、ワタシにとってはとても大事なことだ。
お姉ちゃんは、ワタシなんかのために罪を背負った。
ワタシを守ろうとしたために、要らないものを背負ってしまった。
改めて、事の重大さを思い知らされる。
ワタシがいなければ。
ワタシがいなければ、お姉ちゃんはもっともっと幸せになれるのに。
「……ごめんなさい、お姉ちゃん」
「え?」
「ワタシがいなければ、学院を壊すこともなかったよね。ワタシがいたから。ワタシなんかがいたから――」
「怒るよ」
「ふぇ?」
お姉ちゃんが、すっと目を細めてワタシを見ている――いや、睨んでいる?
お姉ちゃんのそんな表情は見たことがない。お姉ちゃんが、ワタシに愛情以外の感情を剥き出しにするなんて、初めてだ。
怒られる。
違う、嫌われる。
――でも、嫌われて……突き放されて、その代わりでも、お姉ちゃんが幸せになるのなら――……。
「シアちゃん」
「は、はい」
怖い。
怒られること、ではない。
嫌われることが。突き放されることが。
でも、されても仕方ないと。諦めてしまう自分もいる。
ワタシがいなければ。ワタシがいなければ――お姉ちゃんはもっと、幸せな人生を送れたはずなのに。
ワタシの所為で――。
「お姉ちゃんはね。シアちゃんのことが大好きなんだよ」
「うん。ワタシも、お姉ちゃんのことが大好きだよ」
もう何度も言葉にしてる。大切な言葉。
でも、お姉ちゃんとワタシの言葉には、近いようで全く違う感情が込められている。
ワタシは――俺は――プリム・ソフィアという女性が好きなんだ。
姉としてではなく。家族としてでもなく。
あーいや、家族になりたい、ずっとずっと、一緒にいたい。生涯を共にしたい、愛の感情。
「でもねシアちゃん。シアちゃんが思ってるよりずーーーーっと、お姉ちゃんはシアちゃんが好きなんだよ?」
「お姉ちゃんのシスコンがどれくらいかはわかって――」
「ちーがーいーまーすー。お姉ちゃんはシアちゃんを愛してるんだよっ!」
――え?
「え? え? え?」
「あーもー。信じてないでしょーっ!」
「ちょ、ちょっと待って。待って待って待って」
頭がまっしろになる。
愛してる。お姉ちゃんはそういった。ああきっと家族としてだよねわかってるわかってるわかって――違うの!?
お姉ちゃんが、顔を真っ赤にしている。
多分、ワタシも真っ赤だ。
だって、すっごく心臓がドキドキしてる。これ以上ないほどに。バクバクドキドキ。いきなり止まっちゃうんじゃないかってくらいに、激しく動悸を繰り返している。
「いいもん。だったら実力行使だもん」
「え、お姉ちゃ、んん――!?」
ぐい、と迫ってきたお姉ちゃんの顔が、さらに近づいて。
気付けば文字通り目と鼻の先というか距離がゼロというかええなにこれ柔らか――。
……ワタシ、お姉ちゃんと、キスしてる……!?
「ん、んんん。っはぁ……」
「っ……お、お姉ちゃん」
「大好きだよ」
「っ――」
頭がぼうっとする! あっつい! あっつい! 恥ずかしい!
いつも以上にお姉ちゃんの顔が近い。頬を紅潮させたお姉ちゃんがいつも以上に可愛いし、艶めかしい。
フラウロスで見た、いつもと雰囲気の違うお姉ちゃん。ちょっと怖いけど、お姉ちゃんの言葉の一つ一つに、背筋がゾクゾクしてしまう。
「シアちゃん好き。大好きなの。シアちゃんはお姉ちゃんのお嫁さんなの。ずっと、ずっと、一緒にいるの。私は悪いお姉ちゃんなの。シアちゃんのことが好きすぎて、シアちゃんを独り占めするためにこんな旅を仕組んだ悪いお姉ちゃんなの」
「お、おねえ――え?」
旅を、仕組んだ……?
「シアちゃん好き。もう我慢しない。シアちゃんが自分を『なんか』なんて言い出すから。お姉ちゃんはもう我慢の限界。お姉ちゃんにとってシアちゃんはとってもとっても大切な女の子なんだよ。大好きでずっと守りたい女の子なんだよ? 大好きな女の子が泣いて苦しんでたんだよ? 魔法学院を壊す理由なんて、それだけで十分だよ」
「ちょ、ちょっと待ってお姉ちゃん!?」
ああもう! なんかもう情報が多すぎて考えが纏まらない!
「シアちゃん好き! 大好きだもん!」
「あーもー、話を聞いてー!?」
抱きついて頬ずりしてくるお姉ちゃんはいつも以上に幼く見えて可愛いんだけどそうじゃない今したい話は旅が仕組まれたものだってことだよー!?
「言っちゃったからもう我慢しなくていいよね? お姉ちゃんシアちゃんをぎゅうぎゅうすりすりぷにぷにちゅっちゅしたいのずっと我慢してたんだよ?」
「すとっぷー、すとーーーーっぷ!?」
ああああああああもう嬉しいんだけど話をさせてぇぇぇぇぇぇぇえ!
「シアちゃん……愛してるよ……」
「あ、う……う~~~っ」
感情の高ぶったお姉ちゃんなんて中々見れるものではない。
ゆっくりと押し倒され、顔を覗き込まれる。お姉ちゃんの青空色の瞳に、吸い込まれそうになる。
…………………………あれちょっと待って。ということは、ワタシの目的も達成したってこと?
…………。
……~~っ。
「お姉ちゃん、大好きだよぉ!」
「シアちゃん大好きだよ~っ!」
難しいことは後回しだぁーっ!
お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃーーーーーーんっ!!!
抱き締め合って、お姉ちゃんとちゅーして、ぎゅーって抱き締めて貰って。
ああもう、幸せだぁーっ!




