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王都緊急会議:議題『プリム・ソフィアによる魔法学院破壊事件について』




 王都グレーティアが中心に位置する王城は、騒然としていた。

 城門は近衛兵を中心とした守人が厳重に配備されており、犬一匹潜り込むことも出来ないほどだ。

 城内は執事やメイドたちが忙しなく駆け回っており、緊迫した空気が流れている。

 それもそのはずだ。

 今、この国の王を始めとする、王都に住まう七の貴族が、全て、円卓の間に集っているからだ。

 当然警備は一層厳重に。誰の耳にも聞かれてはならない会議を開くためにも、円卓の間を守る兵士は近衛兵の中でも、一際忠義の厚い者だけが選ばれた。


「揃ったか」


 王であるリンドブルム・イクセス・グレーティアが口火を開く。

 円卓に座る七人は、王国建国時から王族に近い血縁を持っている、この国の貴族の中でもトップレベルの有力者達だ。


「議題は、プリム・ソフィアの反乱……でしたかな、パラケルスス殿」


 豊かなヒゲを弄りながら、白髪の老人がこの中でも一際若い、壮年の男性に声を掛けた。

 「うむ」と答えると、パラケルスス家の当主は、円卓に両手をついて立ち上がる。


「卿らの耳にも入っているはずだ。魔法学院、その一つである魔導科の校舎が破壊されたことを。理由は詳しくは聞いておらぬが、伝統ある魔法学院の校舎破壊、だけでも十分に国家反逆罪と言えるだろう」


 パラケルススの言葉に、残る六人の貴族達がざわめきたつ。

 彼らは遠からぬ縁で誰もがプリム・ソフィアに関わったことがある。直接の面識はないものの、プリム・ソフィアの功績を知っている者達である。

 だからこそ、パラケルススの言葉を今ひとつ信用できていない。


「これは、我が娘リーザ、そして魔導科で働いている教師達からの連絡だ」


 パラケルススは椅子に座り直すと、いくつかの羊皮紙を鞄から取り出し、円卓に並べた。

 それは他ならぬプリムの冒険者としての功績であり、彼女がこれまで解決してきた高何度クエストの調査資料だ。

 貴族の一人が、その資料を手に取った。


「ふーむ。どれを読んでも……国家反逆をするなど、有り得ない、と思われますが」

「ですが事実、彼女は魔法学院を攻撃している」

「そうですね……」


 資料を手に取った貴族達が論議を交えていく。プリムの行為は明らかに国家反逆罪に相当する重罪だが――これまでの彼女の功績を考えると、追放処分までするべきか、と決めあぐねている者が大半だ。


 国王・リンドブルムもまた、考えが纏まっていないほどだ。


 それほどまでに、プリム・ソフィアという人物がこの国に貢献してきたものは大きい。


「ですが! 伝統ある魔法学院を破壊を見逃して、粗忽な冒険者たちに国家を甘く見られたらどうするつもりですか!」


 パラケルススは円卓をより強く叩き、事の重大性を説く。

 この中で、プリムを追放するべきと判断しているのは、およそ三人。まだ半数にも満たないほどだ。

 場の空気は追放処分に傾いてはいる。だが、これ以上の、実績を上回る罪状が欲しい、とパラケルススは考えている。

 それも当然だ。彼は愛娘であるリーザ・パラケルススから直接懇願されたのだ。自分はSSSランク冒険者に侮辱されたと。貴族である自分が、平民出の冒険者に蔑ろにされたこと。

 娘を溺愛しているパラケルススは、当然リーザのために動いている。


「確かに魔法学院の破壊は重罪だ」

「しかし、理由も無しに――」

「確かに理由は必要だが……だが、それでも魔法学院の破壊は庇いきれない」


 パラケルススは内心でほくそ笑む。この会議の中心である王もまた、追放の側に傾いている。もう一押しすれば、否が応でも会議は纏まるだろう。

 なにしろ、魔法学院というものはこの王国の中で最も重要な施設だ。

 そこを破壊されたことによる損失は計り知れないものだ。

 少しずつ、反対の声も沈んでいく。


 パラケルススは口角を吊り上げ、決を採ろうと立ち上がる。


「それでは決を採りたいと思います。プリム・ソフィアの追放に賛成の方は、そのまま挙手を」


 その言葉を待っていたかのように、賛成派の貴族が率先して手を挙げる。それに追従するように、中立を貫いていた貴族も手を挙げる。

 そして、国王を始めとした反対派も、ゆっくりと手を――。


「よろしいですか、パラケルスス卿」


 円卓の間に、兵士たちの制止を振り切って、金髪の、中性的な顔立ちの青年が入ってきた。その表情は僅かながら怒気を孕んでいる。


「これはこれはユアン様。今はとても重要な会議をしているので、退室を――」


「プリム・ソフィアの処分についてだろう。それならば、俺を同席させるのは当然ではないか?」


 ユアン・グレズ・グレーティア。

 国王リントブルムの子息の中で、最も王に近い人物――第一王子である。

 そして、プリム・ソフィアに婚約を申し込んだ張本人である。


 ユアンは真っ直ぐに、父であり、国王であるリントブルムを睨んだ。


「父上。何故俺の同席を認めなかったのです?」


「そ、それはだな――」


「大方、パラケルスス卿に言いくるめられたのでしょう。『ユアン王子は経験も浅い。このような場はまだ早い』とでも」


「……うむ。私もそう判断した」


 パラケルススは心の中で舌打ちする。ユアンは必ず追放に反対するのはわかっている。だからこそ、口を挟まれては困るのであった。

 平静を装いつつ、パラケルススは微笑みを浮かべてユアンに向く。


「王子、相手はSSSランク冒険者です。我でなければ判断が難しい、と」


「違うだろうパラケルスス。俺がいたら(けい)に不都合だから、だろ?」


 ぐ、とパラケルススが言葉に詰まる。予想外のユアンの言葉に、つい反応してしまった。

 どういうことだ、と追放に反対であった貴族が問いかける。


「私情を抜いて、結論を先に言わせて貰おう。俺が知っているのは、プリム・ソフィアが魔法学院を破壊した理由だ」


 その言葉に、賛成派だった貴族たちもざわめき出す。そもそもパラケルススに半ば買収されていた貴族達だ。パラケルススから知らされていない事実があるとすれば、それは不信に繋がる。


「理由、ですか?」


「ああ。魔法学院で行われていた、プリム・ソフィアの妹であるシアン・ソフィアを対象とした、陰湿な虐めだ」


「虐め!? プリム・ソフィアの妹を!?」


 ユアンが語るのは、自らが独自の伝手で調べ上げた事細かな情報だ。

 魔法学院の実力主義。実技で優れた結果を出したものが校内カーストの上位になっていること。そこに座学の成績は関係なく、ただただ『魔法が使えれば良い』だけの封鎖された世界。

 そしてその最たるモノとして、落ちこぼれた人物を集中的に追い込み、周囲の優越感を、落ちこぼれてはならないと、ある種強迫観念を植え付けていく行為。


「シアン・ソフィアは現在休学状態となっている。これの原因がその虐め・強迫が関係していることは、既に証言を得ている」


 まくし立てるユアンの言葉に、パラケルススは追い込まれていく。

 それもそのはずだ。ユアンの言葉は全て真実であり、また、パラケルススが必死に表に出ないように隠していた情報を、ユアンが握っているから。


「そして、その虐めを行っていたグループのリーダーは――パラケルスス卿のご息女、リーザ・パラケルススだと聞いている」


「出鱈目だ!」


 焦った表情でパラケルススは円卓を叩く。何故、と頭の中で絶えない疑問を強引に潰し、威嚇するようにユアンを睨め付ける。

 だがそれこそユアンは鬼の首を取ったように、手にしていた資料を円卓の上に広げる。


「これは、精霊科の主席から手に入れた資料だ。他の科からの裏付けとなる資料も用意してある」


 それは、他ならぬ魔導科、精霊科を中心とした生徒達の証言だ。

 そして、それら全てを保証する為に、裏面にはSランク冒険者――ルイス・アゴリーの捺印が押されている。


 それらを見てしまっては、他の貴族達も表だって賛成に手を挙げることは出来ない。

 プリム・ソフィアを怒らせる――それは、貴族達の中でも「してはならないこと」と明確に線引きされていたからだ。

 プリム・ソフィアを怒らせれば、それによる被害はテオフィラによるものより遙かに大きくなることは明白だからだ。プリムにその気がなくとも、それだけの力を彼女は有している。

 だからこそ、細心の注意を払い、敵意を向けられないためにも、SSSランクの地位を与え、ユアンからの求婚も認めたというのに。


 妹がいることも、知られていた。妹のために冒険者をしていることも、知られていた。

 それならば、妹に手を出せば、どうなるかくらい、結果は自ずとわかるのではないか、と。


「……パラケルスス卿、これはいったいどういうことですか?」


 賛成派であったはずの貴族の一人が、パラケルススを追求する。


「し、知らない! 私はなにも聞いていない! そうだ、きっと、きっと誰かが私の娘を陥れるために――」


「パラケルスス」


「っ! お、王――」


「プリム・ソフィアは我が国に多大な貢献をしてくれた冒険者だ。そして、彼女がそれらを成すための動機も、我々は知っているはずだ」


「で、ですが――」


「魔法学院の体質は確かに懸念されていた、が……まさか、ここまでだったとはな」


 資料を読めば読むほど、プリム・ソフィアが魔法学院を破壊した理由がよくわかってしまう。

 大切な家族を守るために冒険者となった少女だ。

 もし、大切な妹に牙を向ける存在があれば――……。


 黙り込んでしまう貴族たちをどうにか説得しようと、パラケルススが口を開こうとする。

 だがそれを、再びユアンが止める。


「俺が婚約を申し込んだ人物を陥れる為に、卿はしてはならないことをした。あなたのご息女にも罪を償わせるべきだが……彼女もまだ学生だ」


「ま、待つんだユアン王子! 私は王国の未来を憂いて――」


「くどい! 兵士たちよ、パラケルスス卿を拘束しろ!」


 ユアンの一喝に、リントブルムが頷いた。それを皮切りに兵士たちがパラケルススの両腕を掴み、引きずっていく。必死に許しを乞うパラケルススを、ユアンは哀れみを含んだ視線で見送った。


「……成る程な。これではとても、追放など出来ないな」


 やれやれとため息を吐いて、リントブルムは椅子に深めに腰掛けた。

 残された貴族達も大きく息を吐く。


「父上。この件は俺に任せて貰ってよろしいですね」


「うむ。それほど詳しいのならば、お前に任せるのが一番だろう。魔法学院の復旧についても、お前に一任する」


「承りました」


 マントを翻し、ユアンは堂々と円卓の間から退室する。その勇ましい後ろ姿を、国王は最後まで見送っていた――。

 その背中を見て、王はぽつりと呟いた。


「……ユアンよ。お前は本当に立派な、王としての気質に溢れている。だが……うむ。悔しいのう……。こればかりは、私の一存だけでは厳しいものだ」

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